REGULAR

「視覚の制約」はスポーツ界の次のトレンド。エコロジカル・アプローチ視点で練習メニューにどう落とし込む?

2024.03.07

トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編#1:視覚の制約①

23年3月の『エコロジカル・アプローチ』出版から約1年、著者の植田文也氏は同年に盟友である古賀康彦氏の下で再スタートを切った岡山県の街クラブ、FCガレオ玉島でエコロジカル・アプローチの実践を続けている。理論から実践へ――。日本サッカー界にこの考え方をさらに広めていくために、同クラブの制約デザイナーコーチである植田氏と、トレーニングメニューを考案しグラウンド上でそれを実践する古賀氏とのリアルタイムでの試行錯誤を隔週連載として共有したい。

第1回は、近年スポーツ界で注目を集めている「視覚の制約」について掘り下げる。

理論の次は「実践」。リアルタイムの試行錯誤を伝えたい

植田「読者のみなさん、はじめまして。サッカーコーチをしています植田です。今回、エコロジカル・ダイナミクス・アプローチ(以下EDA)というスキル習得理論の解説とそれに基づくトレーニングメニュー紹介というような内容で連載をさせていただくことになりました。

 というのも、昨年に『エコロジカル・アプローチ』という本を書かせていただき、その中で理論的な部分をあれこれと解説させていただきました。多くの競技のコーチやトレーナー、体育教師の方から反響をいただきましたが、”理論が難しすぎる”、”具体的にどう実践すればいいかわからない”というご意見もいただきました。そこで、今度は具体的なトレーニングメニューを紹介することを中心的に扱ってみようと考えました。ただ、“メニューを覚えても意味がなく、理論がわかればメニューは作れる”というのが私の基本的な主張であることには変わりありません。そこでメニューの説明から始めて、その後に“なぜそのメニューが導き出せるのか?”というような『実践→理論』という逆方向の流れで解説を試みるというのがこの連載の主旨です。

 幸い、自身のチームのFCガレオ玉島でEDAに1年ほど取り組んでいる仲間、古賀康彦くんがいるので、彼に具体的なメニューを紹介してもらったり、その中でプレーヤーがどう変化していったのかを語ってもらえればと考えています」

古賀「植田くんと大学院の同級生だった古賀です。2019年に当時指導していたJリーグクラブのジュニアユースの遠征でスペインに行った際に、ポルトガル留学中だった植田くんがわざわざスペインまで試合を見にきてくれて、その時に『おもしろい理論に出会えそうだ』という話を聞きました。帰国後にオンラインでEDAの話を聞いて衝撃を受けました。これは初めて『選手を上手くする』ことに言及している理論だなと。

 これをぜひ実践してみたくて、Jクラブでの活動にいったん区切りをつけてEDAで指導をすることに決めました。人口が多くも少なくもない、だいたい50万人ぐらいの環境制約(中規模都市)から良い選手が出ているとEDAの中で言われていると聞いて、何のあてもなく人口だけでダーツの旅のように岡山県の倉敷市を選びました。そこで人の縁もあって、FCガレオ玉島と休眠中だったジュニアユースを復活させるプロジェクトを立ち上げ、EDAを主軸に指導しようという話になりました。植田くんは倉敷市には住んでいないけれど、制約デザイナーコーチとして定期的に来てもらったり、電話で頻繁にアドバイスをもらっています」

「知覚-運動」の両方に制約をかけられる

植田「というわけで普段古賀くんと話しているようなことを毎回紹介していければと考えているんだけど、第1回のテーマは書籍では割愛した『視覚の制約』にしようかと」

古賀「特殊なゴーグルを付けたりして、目に制約を与えるやつね」

植田「実際そういう研究が増えてきていて、いい結果が出始めているんだよね。ここで1つ質問、『認知→判断→実行』ってよく言うじゃん? あれの特徴って何かわかる?」

古賀「本で読んだよ。一方向の流れに特徴がある。逆に言えば、実行は判断に影響を与えないし、判断も認知に影響を与えないってやつでしょ」

植田「そう。それとは違ってEDAは『知覚-運動カップリング』っていうのが真の運動の姿だと主張している。運動は一方向の流れではなく、『知覚→運動』『運動→知覚』という双方向の流れが絶え間なく続くと考える」

古賀「知覚は次の運動に、運動は次の知覚に影響を与えるということね」

植田「その通り。ただ、『知覚→運動』という“知覚した情報をもとに運動する”というのはわかりやすいと思うんだけど、逆方向の『運動→知覚』、“運動が次なる知覚につながる”というのはしっくりこない人が多いと思う。まさにここが伝統的アプローチ(以下TA=Traditional Approach)との大きな違いなんだ。だから、ここの説明から始めるね。例えば、経験豊富なゴルファーなんかはパッティングする前にボールとホールの周りをうろうろと移動しているよね。あれは何をしていると思う?」

古賀「パッティングのコースを見定めている?」

植田「そうだね。パッティング動作に必要な情報(芝の切れ込み・流れ、パッティング面の輪郭・凹凸といった重要な特徴)をピックアップするために、ウロチョロしているんだ。つまり、動くことでパッティンググリーンからより豊かな情報を得ようとしている」

図1 動くことでパッティンググリーンからより豊かな情報を得ている例¹

1.Button, C., Seifert, L., Chow, J. Y., Davids, K., & Araujo, D. Dynamics of skill acquisition: An ecological dynamics approach. Human Kinetics Publishers. (2020).

古賀「確かに。動くことでより利用可能な情報を増やして、そしてその情報に基づいてより良いパッティングをするという『知覚→運動』という流れに聞こえるね」

植田「そうそう。この例は知覚の中でも視覚に関するものだね。では、バスケットボールのフリースロー前にその場でドリブルしたり、右手、左手とボールを持ち替えたり、やたらとボールに触るのはなんでだと思う?」

古賀「同じく動くことで知覚できる情報をリッチにしている?」

植田「そういうことだよね。これはボールの重さ、大きさ、表面のグリップなんかを再確認してより良いシュートにつなげようとしている例だね。つまるところ、動けば利用可能な知覚情報が増える。だから、『知覚→運動→知覚→運動』という途切れないループがより人間の運動を表現できている、というのがEDAの主張だよ。そして、書籍で紹介したような多くの研究はどちらかといえば『運動』の方に制約をかけている考え方なんだよ。例えば“逆足限定でプレー”という制約はどう思う?」

古賀「まぁ、端的に運動に関する制約に聞こえるね。もちろん逆足でプレーしているから、その時に知覚されるものも変化するだろうけど」

植田「運動を制約し変化させることで、知覚を変化させ、それに続く運動を変化させるという具合に、まずは運動を制約することで『知覚―運動カップリング』全体を変化させるという趣旨の研究が多いと思う。ただ、今日はその逆を紹介したい」

古賀「つまり、知覚を重点的に制約するってこと?」

植田「うん。その中でも今日は『視覚の制約』だね」

熟練者は何を見ているのか――“注意の教育”とは?

古賀「ガレオでも目隠ししてサッカーをやらせたり、視界の一部を奪うような特殊なゴーグルでプレーさせているけど、そんな感じ?」

植田「もうやってるのね(笑)。そう。それを今日は整理して伝えたい。というのも、視覚の制約をしているトレーニングって見たことある?」

ゴーグルをつけてプレーする子どもたち(Photo: FC Galeo Tamashima)

古賀「一般的にはあまり見ないね」

植田「今、サッカーにかかわらず視覚の制約は注目され始めていて、MLBのトレーニングにも取り入れられている。動作の制約と同じように『知覚-運動』の連鎖全般を変化させることができるんだ。しかも、パフォーマンス向上系の用具、機器、テックは急速に進化しているからね。僕らが大学院生だった頃はGPSの値段も高かったし、精度も悪かった。さらに言えば、FIFAの取り決めで試合中のGPSの使用は禁じられていたしね。だから、映像から選手の位置データを推測するしかなかったんだけど、僕らの頃は早慶戦90分間の全選手の位置データを取得するのに最低1カ月はかかったよね(笑)」

古賀「今ならGPSデータをパソコンに送るだけだから数十分だよね。MLBのスタット・キャスト(ボールの飛びやスピンが測定できる解析システム)もすごいし、フォースプレート(力を測定するマット)も持ち運びできるし、データを解析できるスマホアプリとかも無数にあるね」

植田「この流れの中で知覚に制約をかけるようなツールも出始めているし、それはEDAの哲学と親和性があるものなんだ」

古賀「光の点滅を目で追っかけてタッチするようなビジョン・トレーニングとか?」

植田「正直、ビジョン・トレーニングがスポーツパフォーマンスを向上させるという証拠は弱いかな。アスリートの優れた知覚能力っていうのは一般的な視覚能力(視力、奥行き知覚、広い周辺視野など)ではないようだね。むしろ、スポーツに特化した視覚能力が優れている結果だと言われているよ」

古賀「いわゆる”競技特異性”とか”競技のコンテクスト”と言われる実践的な環境で獲得された視覚能力みたいな?」

植田「そうそう。EDAでは“代表性の高い練習環境”とかいうよ。それに高価な機器は導入が難しいし。何より実際のスポーツ動作を伴わないもの(ビジョン・トレーニングでは光を手でタップするだけ)はさっきの『知覚-運動カップリング』の哲学に反する。だから、今日は導入が可能で、なおかつそのスポーツをプレーしながら用いることができるものを紹介するよ」

古賀「練習によって運動が上手くなるのと同じで、知覚も向上するという話は聞いたことがあるよ。プレー中に選手が拾い上げる視覚情報がより洗練されていくみたいな」

植田「そうそう。ギブソン(※)はこれを“注意の教育”と呼んでいたよ。サッカーの試合中には膨大な情報があるから、どこに注意を向けて情報を拾い上げるかが大きな問題になるんだ。よりパフォーマンスにつながるような意味のある物体、レイアウト、イベントをピックアップできるように、注意する矛先も練習を通じて洗練させていく必要があるということ」

※ジェームス・ギブソン:アメリカの心理学者で、EDAの親学問である生態心理学(エコロジカル・サイコロジー)の中心的研究者。アフォーダンスなどの概念を提唱し、運動に対する知覚の重要性を説き続けた。

古賀「じゃあ、熟練者は初心者とでは違う知覚をしているってこと?」……

残り:5,072文字/全文:9,528文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

植田 文也/古賀 康彦

【植田文也】1985年生まれ。札幌市出身。サッカーコーチ/ガレオ玉島アドバイザー/パーソナルトレーナー。証券会社勤務時代にインストラクターにツメられ過ぎてコーチングに興味を持つ。ポルトガル留学中にエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、ディファレンシャル・ラーニングなどのスキル習得理論に出会い、帰国後は日本に広めるための活動を展開中。footballistaにて『トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編』を連載中。著書に『エコロジカル・アプローチ』(ソル・メディア)がある。スポーツ科学博士(早稲田大学)。【古賀康彦】1986年、兵庫県西宮市生まれ。先天性心疾患のためプレーヤーができず、16歳で指導者の道へ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングの研究を行う。都立高校での指導やバルセロナ、シドニーへの指導者留学を経て、FC今治に入団。その後、東京ヴェルディ、ヴィッセル神戸、鹿児島ユナイテッドなど複数のJリーグクラブでアカデミーコーチやIDP担当を務め、現在は倉敷市玉島にあるFCガレオ玉島で「エコロジカル・アプローチ」を主軸に指導している。@koga_yasuhiko(古賀康彦)、@Galeo_Tamashima(FCガレオ玉島)。

RANKING