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『どっちがどっち?』は『Which is which?』。IDPの鍵はアトラクターにあり!【エコロジカル・アプローチ視点のIDP①】

2024.04.18

トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編#4

23年3月の『エコロジカル・アプローチ』出版から約1年、著者の植田文也氏は同年に盟友である古賀康彦氏の下で再スタートを切った岡山県の街クラブ、FCガレオ玉島でエコロジカル・アプローチの実践を続けている。理論から実践へ――。日本サッカー界にこの考え方をさらに広めていくために、同クラブの制約デザイナーコーチである植田氏と、トレーニングメニューを考案しグラウンド上でそれを実践する古賀氏とのリアルタイムでの試行錯誤を隔週連載として共有したい。

第4回は、「エコロジカル・アプローチ視点のIDP」について。岡山県FAの神戸昌宏氏を招いてIDPについて解説してもらった上で、個の育成において重要な「アトラクター」という概念から個人差が生まれる仕組みについて掘り下げてみたい。

岡山県FAコーチに聞く「そもそもIDPって何?」

植田「今回は、エコロジカル・ダイナミクス・アプローチ(以下EDA)の視点から個別育成プラン(Individual Development Plan/以下IDP)について考えてみよう。古賀君はいくつかのJクラブでIDPをやっていたようだけど、どんなものか説明してくれる?」

古賀「2010年の南アフリカW杯でのイングランドの敗退後にプレミアリーグは、エリート・プレーヤー・パフォーマンス・プラン(以下EPPP)というイングランド出身のトッププレーヤー養成のための計画書を作成し、2012年に本格的に育成改革をスタートしたんだ。イングランドは2017年にはインドで開催されたU-17W杯、ジョージアで開催されたU-19欧州選手権、韓国で開催されたU-20W杯の主要3大会を制覇して育成改革の成功を世界に印象づけた。そこでJリーグは2019年にEPPPの設計・発動などに携わっていたテリー・ウェストリー氏とアダム・レイムズ氏を招聘し、PROJECT DNAという育成改革をスタートさせたんだ。様々な項目からなるPROJECT DNAだけど、その中でも重要視されたのが個別育成プラン、即ちIDPだった――というのがIDPが日本に入ってくるまでの大まかな流れだね」

植田「なるほど。IDPに携わるスタッフとしては具体的にどんなことをするの?」

古賀「自分自身はJリーグのアカデミーでIDP担当をしていたけれど、仕事の内容としては、クラブのフットボールフィロソフィの体現に必要な個人(選手)に求められる要素を抽出し、選手は指導者との面談を通じて、双方同意の下で求められる要素から選び出された個別の課題や伸ばしたい要素に関するアクションプランを作成する。各カテゴリー指導者と連携しながら、トレーニングやゲームを通じて選手のプレーをモニタリングし、映像での分析や定期的な面談を繰り返し、課題解決をサポートするという仕事をしていたね。

 この点に関しては岡山県でFAコーチとしてIDPを実践されている神戸さんに登場していただき、質問できればと思います。神戸さんよろしくお願いします」

神戸「岡山県FAコーチをしています神戸です。よろしくお願いします」

古賀「数年前からJクラブでもIDPの取り組みが始まっているようですね。IDP導入の経緯や、実際にIDPに取り組んでみての感想もお聞かせください」

神戸「2015年頃にJリーグクラブへのダブルパス社の評価システム、フットパスの監査結果から、いくつかの課題が明らかになりました。将来的に数多くのタレントを輩出するリーグアカデミーを目指す過程で、国際的な基準から著しく不足していた項目の1つとして『個の育成』がありました。そこで、Jクラブアカデミー各々が、それぞれ持つリソースを活用しながら解決策を模索したことが始まりです。

 IDPに関しては、実際にカウンセリングから個別指導、そして進捗管理をすることで選手が力をつけ目標とするプロファイルに着実に近づくことを目的としています。選手自身で目標達成への学習プロセスをコントロールできるので、自分をプロデュースできる力や自己効力感も育むことができ、人間的成長への手応えも感じています」

古賀「今現在、岡山県で行われているIDPの取り組みに関して教えてください」

神戸「数年前から岡山県サッカー協会では、ポテンシャル選手に対するIDPトレーニングを岡山県トレセン内で実施しています。2年前には植田さんや古賀さんをゲスト講師にお招きしてEDAについてオンライン講義と実技研修会を開催しました。また、サウスウェールズ大学の大学院でコーチングを学び、プレミアクラブのアカデミーでインターンをされている木村暁さんに本場のIDPや選手評価の方法を共有いただきました。新たな理論やアプローチ方法を先取りし、共有するためにリフレッシュ研修会をFA独自でカスタマイズ開催しています。

 さらにIDP JAPANを立ち上げ、古賀さん、松永英機さん(元横浜Fマリノス監督)、川原周剛さん(JFAコーチ女子中国地域担当)などの仲間とIDP運用を整理し、AI電子ノートBuildとの連携を国内で展開する活動を始めています」

古賀「EDA×IDPについてどう思われますか? 制約主導アプローチ(以下CLA)のような内容で個人のトレーニングをされて感じられた効果はありましたでしょうか?」

神戸「個別の選手に対し、課題克服のための制約と難易度をトレーニングの中で最適化していくと、選手が認知→決断→実行のどこにどのような課題を抱えているのか明らかになります。また、異なる状況に対するユニークな適応力の開発と各自のプレースタイルの中に、自然に無理なく技術習得を促がすことができると感じています」

古賀「これから先の取り組みはどんなことを構想されていますか?」

神戸「まだまだ私たちの身体やフットボールに関して未知なる領域や研究段階の理論などは様々あると思います。EDAやIDPに限らず、また国内外のコンテンツも問わず、フットボールと親和性の高いAIやテクノロジー活用も含めた、フットボール指導者のためのグローバルな学習戦略やキャリアを発展させられる実践的なアプローチを模索しています。形になったらまたお話しさせてください」

古賀「神戸さん、貴重なお話をありがとうございました。ぜひ今後ともIDPを一緒に模索・発展させていければと思います」

個の育成の鍵を握る「アトラクター」

古賀「というわけで、大まかな流れとしては、日本では不足していると評価された『個の育成』、それを補うための方法としてイングランドからIDPが導入されたという経緯だね」

植田「一般的にかなり軽視されてきている個別性に着目している点が素晴らしいと思うよ。例えば、カウンセラーとかライフコーチは大集団に対するワークはあまりやらないよね? スポーツの領域でも理学療法士、スポーツ心理学者、パーソナルトレーナーもマスに対する指導とか講義は補助的に行うだけだと思う」

古賀「確かに。クライアントが抱える問題は千差万別だから、大集団ではなく個人へのアプローチがより効果的だからね」

植田「そう。個人差の大きい領域への指導は本来1対1が最も個別性に着目しやすいと思う。そして、運動学習は学習者によって異なる方法と速度で成長する領域。2人として同じ成長パスは示さない個人差に満ち満ちた領域なんだ。だけど、サッカーもそうだけど、チームから提供するトレーニングのほとんどはグループベースのセッションが一般的。個別化されたトレーニングは人的資源・時間・費用の面で難しいことが多いからね」

古賀「だからIDPを導入してアカデミー全体で取り組んだり、専門的なスタッフの配置を推奨するJリーグのやり方には価値があるよね。IDPを通じて丁寧に自分と向き合った選手が大きな成果を上げたという印象はいまだに残っているし、今後もアカデミーの中で重要な取り組みになっていくと思う」

植田「そうだね。EDAでは人間の運動行動はパフォーマー、タスク、環境の3制約によって出現すると考えるんだけど、運動学習において個人差が出る理由のうち代表的なものをそれぞれの制約に関してこんな風にまとめてるよ(表1)¹」

表1 学習に個人差が生じる要因

1. Button, C., Seifert, L., Chow, J. Y., Davids, K., & Araujo, D. (2020). Dynamics of skill acquisition: An ecological dynamics approach. Human Kinetics Publishers.

植田「この中からかいつまんでいくつか解説すると、まずは最も学習の個人差に影響与えるものの一つは先行経験だと思う」……

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Profile

植田 文也/古賀 康彦

【植田文也】1985年生まれ。札幌市出身。サッカーコーチ/ガレオ玉島アドバイザー/パーソナルトレーナー。証券会社勤務時代にインストラクターにツメられ過ぎてコーチングに興味を持つ。ポルトガル留学中にエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、ディファレンシャル・ラーニングなどのスキル習得理論に出会い、帰国後は日本に広めるための活動を展開中。footballistaにて『トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編』を連載中。著書に『エコロジカル・アプローチ』(ソル・メディア)がある。スポーツ科学博士(早稲田大学)。【古賀康彦】1986年、兵庫県西宮市生まれ。先天性心疾患のためプレーヤーができず、16歳で指導者の道へ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングの研究を行う。都立高校での指導やバルセロナ、シドニーへの指導者留学を経て、FC今治に入団。その後、東京ヴェルディ、ヴィッセル神戸、鹿児島ユナイテッドなど複数のJリーグクラブでアカデミーコーチやIDP担当を務め、現在は倉敷市玉島にあるFCガレオ玉島で「エコロジカル・アプローチ」を主軸に指導している。@koga_yasuhiko(古賀康彦)、@Galeo_Tamashima(FCガレオ玉島)。

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