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分析官視点で見る「原則」との向き合い方――分析の階層構造とは?

2022.07.24

『ナーゲルスマン流52の原則』発売記念企画#3

6月30日に全国発売となった、小社刊『ナーゲルスマン流52の原則』。史上最年少28歳でのブンデスリーガ監督デビューから6年、当代屈指の名将の一人に数えられるところまで上り詰めた指揮官の「 “6番”の場所で横パスしてはいけない 」「ドリブル後のパスは、ドリブルで移動した距離より長くする」といったピッチ内でのプレー原則はもちろん、組織マネジメントの方法論や価値観に至るまで彼が実践している52の“原則”に迫った一冊だ。その発売を記念して、東大ア式蹴球部で分析官を務めるきのけい氏に、分析官の視点から「原則」との向き合い方について記してもらった。

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 「パターン練習を好む監督もいるが、ピッチにいる22人がまったく同じ配置にいるなんて状況は起こらない。もし相手が0.5m左横に立ったら、もはや選手は何をすればいいかわからなくなってしまう。だからどんな状況でも成り立つ原則を持つことが大事なんだ。それは幾何学的な配置に依存せず、適用されるものだ」

 木崎伸也氏の『ナーゲルスマン流52の原則』の冒頭に記されたナーゲルスマンのこの言葉は、近年のサッカー界の発展を端的に示していると言えるだろう。複雑系であるサッカーを要素還元主義的に捉える従来のやり方に疑いの目が向けられ始めると、その複雑系をマネジメントするための戦術的ピリオダイゼーションと呼ばれる理論が注目を集め、構成要素である各選手の自己組織化を促す意思決定基準としてのゲームモデルを設定することが世界のトップレベルでは一般的になってきている。自然な自己組織化を阻んでしまう恐れのある固定的なパターン練習は徐々に淘汰され、併せて[4-4-2]や[4-3-3]といった「幾何学的な配置」の持つ意味は相対的に希薄になりつつある。

 このゲームモデルのフォーマットはもちろんそれぞれのチームによるものだが、基本的には攻撃、守備、ポジティブトランジション(守備→攻撃の切り替え)、ネガティブトランジション(攻撃→守備の切り替え)といった局面ごとに、主原則→準原則→準々原則のように階層的に「原則」が定められていくことが多い。主原則は各局面におけるチームの目的を示し、準原則以下(≒プレー原則)は具体的な意思決定基準を示す。これにより選手間の局所的な相互作用を引き出し、複雑系の創発性とレジリエンスが高まることを期待する。

 本書ではナーゲルスマン本人やその周辺の重要人物への取材、また過去の記事・文献・映像の調査をもとに、第1章では戦術的原則と呼んで彼の30のピッチ内における原則を紹介し、第2章では指導・人生の原則と呼んで22のピッチ外における原則を紹介している。本稿のテーマは

・分析官視点で見る「原則」との向き合い方

であるため、ここでは第1章の戦術的原則にフォーカスして掘り下げることとする。ただしチームや監督の数だけゲームモデルが存在し得るのと同様に、日本の中だけを見ても多数の分析官が今この瞬間も「原則」と向き合っているはずで、その向き合い方に正解はなく、分析官によって様々であると予想する。以下分析の手法を一部述べるが、あくまで現場に携わる者の見解のうちの1つであることを断っておきたい。

ナーゲルスマンの原則に見る注意すべき視点

 ナーゲルスマンが原則を「どんな状況でも成り立つ」ものと述べて背後にゲームモデルの存在を匂わせていることを考慮すれば、この戦術的原則に一通り目を通した時、そのほとんどが先に述べたゲームモデルの階層構造におけるプレー原則に該当するものだとわかるはずだ。あるいはらいかーると氏の書評で触れられているように、プレー原則とはやや趣の異なるコンセプト主義のように捉えることもできるかもしれない。ただ、選手の意思決定を支えるという意味ではおおよそ同じ階層に位置付けられるものと言って良いだろう。

 現場で対戦チームの分析を試みる際、基本的にはこのプレー原則を、その目的である主原則は何なのかと思考をめぐらせながら抽出することが主要な作業となる。ゲームモデルやプレー原則の存在を仮定し、局面ごとにピッチ上で起こる現象からそれらを予測して対策を立てる。しかし、ここにはいくつかの注意すべき視点が存在する。30の戦術的原則のうち、特にナーゲルスマン独自の思想を読み取ることのできる原則1〜5を具体例としてピックアップし、その視点について説明する。……

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Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。栄東高校から1年の浪人生活を経て東京大学に入学し、ア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務める。工学部所属のスキルを活かしサッカーのデータ分析にも力を入れている。また、テクニカルスタッフとしての活動の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter:@keigo_ashiki