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ベネズエラ代表、新監督就任。その背後にある不可解な経緯

2020.02.08

 ラファエル・ドゥダメルがベネズエラ代表監督を突然辞任したのは今年1月2日のこと。それから約1カ月後、ポルトガル人指導者ジョゼ・ペセイロが新監督に就任することが決定し、同国初のFIFAワールドカップ出場を目指すという大役を任されることとなった。

 ベネズエラ国内だけでなく、南米で知名度の低いペセイロが選ばれたことで、同国の人々はSNS上で驚きと戸惑いの入り混じった複雑な反応を示しているが、ペセイロの就任に至るまでにベネズエラサッカー連盟(以下FVF)の周辺で起きた不可解な経緯についてもメディアが鋭く指摘している。以下は主要メディア及び著名ジャーナリストたちによる報道内容だ。

副会長はサンパオリと合意したが……

 ドゥダメルの辞任後、まずFVFのラウレアーノ・ゴンサレス会長が1カ月間の休職に入った。健康上の理由とされたが、それ以上の詳しいことは明らかにされず、その間、ヘスス・ベラルディネリ副会長がFVF責任者代行として代表チームの次期監督選びを始めることになった。ベラルディネリ副会長はドゥダメルとの折り合いが悪く、辞任の大元となった人物である。

 ベラルディネリ副会長が最初に代表監督の適任者として抜擢したのは、かのホセ・ペケルマンだった。FVF側がペケルマンの代理人とコンタクトを取り、正式なオファーを提示して返答を待ったが、数日間にわたる検討の末にペケルマンサイドから出された返事は「ノー」だった。

 またこの頃、ちょうどディエゴ・マラドーナが友人であるベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を訪問していたため、マドゥロ大統領自らがマラドーナに代表監督の座を勧めるのではないかという情報も流れたが、これは単なる憶測に終わった。

 続いてベラルディネリ副会長が後任候補に考えたのは、ペケルマンと同じアルゼンチン人のグスタボ・アルファロとフアン・アントニオ・ピッツィだったが、名実ともに国際的な功績を持つ指導者にこだわるベラルディネリ副会長はホルへ・サンパオリに照準を絞ることに。サンパオリはFVFからのオファーを聞き入れるも金額面での折り合いがつかず、4度にわたって拒否した末にようやく合意。契約成立前のステップとしてベネズエラにスタッフを派遣し、細かい条件の話し合いを行うことになっていた。

突如、会長が復職し、新監督を紹介

 ところが、サンパオリのスタッフがベネズエラ入りする予定日の前日にあたる1月27日、それまで休職していたゴンサレス会長が職場に復帰。そしてFVFの公式ツイッターアカウントがアルゼンチン人記者による「サンパオリがFVFからのオファーを拒否」というツイートをリツイートし、公式声明は出さないという不可解な手順を踏んだ後、ゴンサレス会長がペセイロの就任を正式に発表した。つまり、ゴンサレス会長は休職中に水面下でペセイロとの交渉を進めていたことになる。

 ベネズエラ国内ではマドゥロ大統領支持派と反政府派の激しい対立が続いているが、ゴンサレス会長もベラルディネリ副会長も同じ大統領支持派でありながら、今回の新監督選びでは互いが勝手に交渉を進めていたこととなり、最終的に政府機関でもあるスポンサー企業の後ろ盾をつけたゴンサレス会長が「勝つ」形となった。FVF幹部内の権力争いが明るみに出てしまった今、政府をバックにつけた会長派とそれに対抗する副会長派の間に修復困難な亀裂が入ってしまったことは確かである。

 なお、ドゥダメルが監督を務める間は代表でプレーしないと宣言していたストライカーのジョセフ・マルティネスは、ペセイロ監督就任の報に祝福のメッセージを送り、再び代表入りすることへの意欲を明らかにしている。


Photo: Getty Images

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Profile

Chizuru de Garcia

89年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。