FEATURE

林舞輝GMが指南!女子高生でもわかる最新戦術用語講座

2019.02.01

2018-19 WOWOWリーガール鈴木美羽の先生、わかりません!#2_前編

2018–19 WOWOWリーガールに選ばれた現役女子高生の鈴木美羽さん。現在、日々リーガについて勉強中で「チームの戦い方や特徴がわかったら、もっと試合を楽しめると思う」と意気込む彼女に、『footballista』執筆陣が奥深いリーガの魅力を“本気で”レクチャーする。

第2回は、奈良クラブを「学びの場」にしようと奮闘する24歳のGM林舞輝さんに、最新の戦術用語をわかりやすーく講義してもらった前編。

今回の講師
林舞輝先生(奈良クラブGM)

――本日はよろしくお願いします。今回の先生は、24歳にしてチームの監督よりも偉い人なんです。

鈴木「えぇっ!?」


「奈良クラブというチームで監督や選手を呼んできたり評価したり、チームの方針を決めたりするゼネラルマネージャー(GM)という役職に就いています


鈴木
「逆に、高校生まではどんなことしてたんですか? 普通に高校生しててそんなふうになれるものなんですか?」


「両親がめっちゃサッカー好きで……まぁ、そのあたりは『footballista』のインタビューを読んでください(笑)。会社で言うと取締役みたいなもので普通は50代くらいの人がなるんですけど、23歳で就任したのでニュースになったりもしました」


鈴木
「最年少だったりするんですか? すごーい! よろしくお願いします!」

「正直言って“ヤバい”のしかない」


――では、本題に入りましょう。今回は編集部で最新の戦術用語を6つほど用意してきました。


「初めに言っておきますけど、正直“ヤバい”のしかありません(笑)」


鈴木「ヤバい、ですか?」


「同じクラスにサッカー部とかサッカー好きな友達いると思うんですけど、たぶん知りません。それくらいマニアック。(今日教えるワードについて)説明できたら、一目置かれるを通り越して、もはや引かれるレベルです」


鈴木「えぇー(笑)。そう言われると逆に知りたいです!」


「じゃあ、はりきっていきましょう! どれが一番気になりますか、ぱっと見で」


鈴木「これ!」

「マジかぁー(頭を抱える)。いきなり『戦術的ピリオダイゼーション』とは……これ、どういう意味だと思います?」

鈴木「えぇっ、意味ですか?」


「予測してみてください。イメージで」


鈴木「なんだろう……」


「ちなみに英語の成績はどれくらいですか?」


鈴木
「いちおう5です!」


「おぉ、じゃあいけますよ! ちょっと自信が出てきました(笑)」


鈴木「うーん……ピリオドってことは時間的なものですよね。『この時間帯までに、絶対点を取っておかないといけない』っていうライン、とか?」


「なるほどそうきたか……実は、この単語だけ他の用語とはちょっと毛色が違っているんです。他のはピッチの中の話なんですけど、これだけピッチの外の話なんです」


鈴木「そうなんですか!?それを引いちゃったんだ」


「ピッチの外で、選手ってどんなことをしますか?」


鈴木「試合中じゃなくて試合の前ってことですよね。(試合に向けた)準備、練習とかですか」


「そうです。練習、トレーニングの理論なんです。どんな理論だと思いますか?ピリオドは合ってます。いい線いってますよ」


鈴木
「ピリオドは合ってるんですか! じゃあ何だろう?」


「ピリオドの意味はわかりますか?」


鈴木「期間とか、時代とか」


「そうです。それを動詞化したピリオダイズが『区切る』っていう意味で、ピリオダイゼーションはそれをさらに名詞化したものなので『期分けすること、区切ること』になります」


鈴木「だんだん英語の授業みたいになってきましたね(笑)」


「ですね(笑)。実はこの理論、最初に有名になったのはサッカー以外の競技でした。例えば、日曜日に試合があるとします。その時、試合から離れた水曜日と前日の土曜日って、同じ練習をした方がいいと思いますか?」


鈴木「しない方がいいと思います」


「なんでですか?」


鈴木「なんか聞いたことがあります。前日はあんまりしないって」


「おぉ!そうそうそれです!それがピリオダイゼーションです。試合の後ってめっちゃ疲れてるじゃないですか。でも、水曜日はそこまで疲れてませんよね。試合の前日は、準備万端にしたいから休んだ方がいいですよね。そういうふうに、日によって区切って練習を変えましょう、変えた方がいいんじゃないんですかっていうのがピリオダイゼーションなんです」


鈴木「おぉー」

なぜ“戦術的”?

「ただ、サッカーって他の競技、野球とか陸上とかとは違っています。例えば野球の場合、バッターは打ったら1塁に走るし、100m走だったら最初から走るコースって決まってますよね」


鈴木「はい」


「でも、サッカーの場合は決まってません。誰がいつどこに走ってもいいんです。だから、選手は考えないといけないですよね。これは困ったぞと。だったら、サッカーではピリオダイゼーションに戦術的な要素も入れないとダメだよね、ってことでできたのがこの『戦術的ピリオダイゼーション』なんです。

 マラソンだとコースが決まっていて、ゴールに向かって走っていくだけです。でもサッカーって、今いる位置から別の位置へ移動するのに、どういうコースを通ってもいいんです。じゃあどうやって行くの、行ったらいいのっていう共通の地図、ガイドブックを頭の中に作りましょうと。どうやって攻めましょう、守りましょうっていうのを決めておかないといけないですからね」


鈴木「そんなことまで決めてるんですか!? 相手がどうくるかわからないのに」


「相手がどうくるかはわかるかもしれないですけど、最低限、自分たちがどうするかは決めておかないといけません。もう一つ例を出しましょう。どこか知らないところに行く時、地図を使って道順を検索しますよね。そうしないと迷っちゃいますから。ただサッカーの場合はその時に、11人みんなで行かないといけない、全員が同じ道順を選ばないといけないんです。そうじゃないとバラバラになっちゃいます」


鈴木
「じゃあ、選手みんなの頭の中にその共通の地図が入っているんですか?」


「いいチームは入っています。例えばバルセロナって、選手全員がサッカーっていうスポーツを同じように考えているなって感じがしませんか? コンビネーションとかって言いますけど」


鈴木「感じます! 焦りがないなって」


「焦りがないのは、どう攻めてどう守るか決まっているからです。サッカーは『判断のスポーツ』って言われます。どこに行って何をするか、その時どきに判断しないといけない。いわゆる、台本がない状態。でも、それだとお芝居になりませんよね。だから台本=戦術が必要なんですけど、ピリオダイゼーションには戦術が含まれていませんでした。そこで、このピリオダイゼーションに戦術をつけ加えたもの、それが戦術的ピリオダイゼーションです」


鈴木「へぇー」


「この、戦術とピリオダイゼーションを初めて組み合わせて発明したのがビトール・フラデという人なんですけど、僕はこの理論を勉強するためにポルトガルに行ったんです」


鈴木「凄い! 私が今知ったこの一単語、これを勉強するために海外まで行ったなんて! この一つの単語に、大学でずっと研究するくらいの意味が詰まっているんですか?」


「そうです。さっき『サッカーは判断のスポーツだ』ってお話しました。その判断っていうのを人間はどのように行うんだろう、っていう脳科学や学習学であったり、人間の体ってどうできているんだろうっていうバイオメカニクスの分野など様々な学問を学んで、従来のピリオダイゼーションと組み合わせたわけです」


鈴木「このピリオダイゼーションっていうのは、この試合と試合の間のサイクルのことなんですか?」


「基本的には1週間のサイクルです」


鈴木
「大きく言うと、シーズンごとのサイクルもピリオダイゼーションになるんですか?」


「それもピリオダイゼーションです。例えば、テニスにもピリオダイゼーションがあります。テニスは見ますか? WOWOWで中継してますから見てください(笑)。テニスの場合、1年間に4回大きな大会があります。サッカーみたいにオフがあって、プレシーズンがあってシーズン、とはサイクルが違います。なので、区切り方が違ってきます」


鈴木「どんなスポーツにも使えるんですね」


「ピリオダイゼーションというのはもともと、筋トレとか体を作るトレーニングの理論だったんです」


鈴木「へぇー」


「筋トレはしますか?」


鈴木「腹筋はしてます」


「毎日ですか?」


鈴木「はい!」


「毎日やったらダメになるって知ってますか?」


鈴木「そうなんですか!?」


「毎日はやらなくていいんです、3日に1回くらいで」


鈴木「3日に1回、どれくらいの回数やればいいんですか?」


「それは人によります(笑)」


鈴木「へぇー面白いし凄くわかりやすいです。スポーツの基礎なんですね。ということは、他のスポーツの場合は単にピリオダイゼーションになるんですか」


「そうです。ピリオダイゼーションは他の競技でもよく言われます。サッカーでそれを発展させたのが戦術的ピリオダイゼーションです」


鈴木「ピリオダイゼーションすら知らなかったのに、こんなプレミアなの覚えちゃいました!」


「今度、サッカー部の顧問の人に『このチームは戦術的ピリオダイゼーション使ってるんですか?』って聞いてみてください(笑)」

「ピリオダイゼーションとは◯◯すること」


鈴木
「そういえば、これを使っているサッカーチームはどんなふうに1週間を過ごすんですか?」

「じゃあ、簡単に見てみましょう。例えば、日曜日が試合だったとします。次の日、月曜日どうしますか?」


鈴木「うーん、休みたいです」


「素晴らしい! 休みたいよね? 休み!」


鈴木
「1日休みでいいんですか?」


「大丈夫です! じゃあ次、火曜日どうしますか?」


鈴木「そろそろ動いた方がいいですかね?」


「そうですね、サッカー選手なんで。どれくらい練習しましょうか?」


鈴木「えーと……めちゃめちゃハードじゃない方がいいです」


「おー素晴らしい! 人間の筋肉って、めっちゃ頑張った後って回復に48~72時間必要だって言われています。なので、1日だとちょっと足りないんです。なのでこの日は、ちょっとジョギングや軽い運動やボールタッチ、ストレッチとかに充てます。これは『アクティブリカバリー』って呼ばれます」


鈴木「ジムに行って軽い運動をしたりする感じですか?」


「そうですね。ただ、戦術的ピリオダイゼーションでは基本的に、ジムには行きません」


鈴木「えっ、なんでですか?」


「『サッカーはサッカーでしかうまくならない』って考えだからです。ピアニストがピアノの周りを走らないように、サッカー選手はピッチの周りを走る必要がない、って言うんです。だから、ジムには行くなって言われちゃいます。ジムに行ってバーベルを上げても、バーベルを上げるのがうまくなるだけでサッカーはうまくならないから」


鈴木「とにかくボールを触らないといけないと」


「そうです。なるべくサッカーに特化したことをするんです。コーンドリブルってありますよね?」


鈴木「私、授業でやりましたよ!」


「コーンドリブルをやってもコーンドリブルがうまくなるだけで、サッカーはうまくならないって。だって、それこそ陸上競技みたいに進むコースが決まってて、判断の要素がないじゃないですか。ビトール・フラデが見たら『これはサッカーじゃない』って言われちゃいます」


鈴木「そんなぁ。どうしよう」


「でも、コーンドリブルが間違いだって言っているわけではないです。戦術的ピリオダイゼーションの考え方だとそうですよっていうだけで、コーンドリブルを絶対やっちゃダメだとは僕は思いません。ただ、戦術的ピリオダイゼーションによる練習かと言えば、そうじゃないだけで」


鈴木「なるほど」


「じゃあ、水曜日はどうしましょう?」


鈴木「そろそろ本腰入れないとマズいんじゃないですか? 水木は頑張んないといけなそう」


「そうなんですよ。だからここは頑張ります。水曜日はストレングスの日って言って、方向転換とかが多いメニューをやります。木曜日は持久力。マラソンとかそういった系統のメニューになります」


鈴木「あれ、でも走るだけはダメって……そうか、ピッチの中でやればいいのか!」


「そういうことです。持久力をつける練習をピッチを使ってやるとしたら、どういう方法が考えられます?」


鈴木「時間をかける?」


「いいですね。他には?」


鈴木「ボールを使いながら長い距離を走る……試合をする!」


「かなり近づきました。つまり、(試合をするような)大きいコートでトレーニングすればいいんです。大きいコートであれば、走る距離は自然と長くなりますよね。逆に、この(ストレングスの)日は小さいコートでトレーニングします。小さいコートでは、方向転換が多くなりますよね。バスケとかを考えてみたらわかりやすいです」


鈴木「確かに。くるくるくるーって動きます」


「同じ練習をするにしても、コートの大きさを変えるだけで練習の質と体の鍛え方を変えることができるんです」


鈴木「なるほど」


「金曜日はスピードって言われるパワー系の練習の日です。パワーとストレングスって似ているようなんですけど別の用語です。ざっくり言うと、あるものを自分から動かすのがパワーで、動いている何かを受け止めるのがストレングス。基本的には、ストレングスの方が力を使うんです。だから試合から遠い方がいい。そういうことを、すべて理論的に考えてトレーニングを組み立てていくんです」


鈴木「逆算してるんですね」


「まさにその通り。ピリオダイゼーションって逆算することです。試合から逆算して、科学的に考えてこの日にこういうことをした方がいいよねっていう理論なんです。最後、試合の前日はどうしましょう?」


鈴木「もう休みましょう(笑)」


「休むんですけど、ちょっとだけやりましょう(笑)。よくアクティベーションって言い方をするんですけど、ちょっと頑張ります。よく取り組むのがセットプレー、CKとかFKの練習です。サッカーだけど、あんまり疲れないようなことをやる日です」


鈴木「すごい」


「この練習に、チームとしてどういうふうに戦うかという地図でありガイドブックである『ゲームモデル』と呼ばれるもの、そしてそのガイドブックの目次である『プレー原則』というのを取り込んでいくんです。以上、鈴木さんが今後、普通に生きていく限りは絶対に使わない戦術的ピリオダイゼーションの説明でした」


鈴木「(笑)。逆算が大事ってことはわかりました。それに、選手もその方がうれしいですよね」


「そうです、そうです。テスト勉強する時も、逆算した方が良いじゃないですか。3日前だから文法の仕組みを見直そう、2日前だから単語を頭の中に詰め込もう、前日は勉強時間はそこそこで今までの総ざらいをサッとして早く寝よう、音読は毎日やろう、みたいな。サッカーもその方がチームとしてもうまくいくよねって。だって試合の次の日に『オラァ走れぇ!』『この動きとあの動きとこれを覚えろ!』ってやっても、もう走れない、頭に入らないってなりますから」


鈴木「リーガのチームはどこでもやっているんですか?」


「必ずしもこの通りやっているわけではありませんけど、勉強はしています」


鈴木「こういう考え方があるってことは知ってるってことですか」


「そうです」


鈴木「こういうことって、選手は知ってるんですか?」


「将来指導者になりたいような選手は知ってるかしれませんが、選手は知る必要はないですね」


鈴木「じゃあGMさんとか、監督さんは?」


「知っています。GMとか監督が知っていれば大丈夫なんです。どんな練習するかを決めるのは監督さんなんで。よし! 最大の難関を乗り越えました。次行きましょう、次!」


1つ目の説明を終えた時点で取材時間はすでに40分を経過。林GMはあと何個の用語を説明することができたのか――後編へ続く


Photo: Takahiro Fujii

Profile

久保 佑一郎

1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。