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クロップ率いる「スペシャリスト集団」。リバプール優勝を支えた専門家4人に迫る

2020.07.31

ファンと振り返るリバプール優勝5つの理由】#2

「君たちが我われを王者にしてくれた」――トロフィー授与式でユルゲン・クロップが口にしたのは、5年間で「疑う者」から「信じる者」へ変貌を遂げたサポーターへの感謝の言葉だった。悲願のプレミアリーグ初制覇。歓喜の瞬間を夢見てリバプールを信じ続けてきたファンにとって、30年ぶり国内リーグ戴冠の理由は何なのか。経営、専門家、SNS戦略、ブランディング、データ……独自の視点で名門復活に迫る!

今回は、 リバプール・サポーターズクラブ日本支部代表の田丸由美子氏に、優勝の陰の立役者である「4人の専門家」を紹介してもらった。

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 リバプールがプレミアリーグを制した最大の理由が、ユルゲン・クロップであることに間違いはない。一瞬で人の心をつかみ、ポジティブな思考を植えつけ、クラブを一つにする――彼のようなカリスマがいなければ、選手たちが“メンタリティ・モンスター”に化けることもなかっただろう。

 そんなイメージに反して、彼は人の話に耳を傾ける謙虚な「リスナー」だと大勢のスタッフが証言している。「好奇心が旺盛で、頭が柔らかく、自分に新しい知見をもたらしてくれる」――そんな人材を常に求めているというのだ。逆に大嫌いなのは「イエスマン」。正直に疑問をぶつけてくれるスタッフを周りに置きたがるのだ。

 では、実際にクロップはどのようなスタッフを周りにそろえているのか? 30年ぶりの国内リーグ優勝の影でクロップを支えてきた4人のスペシャリストの仕事を見てみよう。

1. 抜け目ない商売上手な敏腕SD:マイケル・エドワーズ

 クロップのサッカーを実現する上で、「偽9番」として重要な役割を果たしているロベルト・フィルミーノ。彼はクロップの前任者であるブレンダン・ロジャーズの下でリバプールに加わった選手だが、前指揮官が創造力あふれるブラジル人アタッカーの獲得を希望していたのかというと、そうではなかった。当時ロジャーズが求めていたのは、むしろ強靭なフィジカルを誇るクリスティアン・ベンテケだったからだ。

 それでもクラブがフィルミーノの獲得に踏み切った背景には、当時テクニカルディレクターに昇進したばかりのマイケル・エドワーズの存在がある。2011年からリバプールでデータアナリストとして仕事をしてきた彼は、「フィルミーノが真っ赤なユニフォームを着て輝ける」という分析結果を提示。ロジャーズはそのデータを信じなかったが、エドワーズは彼にこう約束してまで獲得を勧めた。

 「フィルミーノの獲得に反対しないのであれば、ベンテケも獲得する」

 こうして2015年夏、ベンテケとフィルミーノの2人がリバプールに加入した。監督が希望していたわけでもない選手を元データアナリストの一存で獲得したという事実は、エドワーズのデータ分析に基づく補強戦略が上層部に評価され、クラブ内で影響力が増していたことを物語っている。

 事実、その3カ月後にロジャーズは解任されてしまったが、フィルミーノは新たにやってきたクロップの指揮下でエドワーズのデータが正しかったことを証明している。フィルミーノの獲得とロジャーズの解任。コインの表と裏のような2つの出来事の背後には、リバプールを今日の成功へと導くことになるエドワーズの台頭があったのだ。

練習でボールを奪い合うフィルミーノとベンテケ

 2016年、エドワーズはスポーツディレクターに就任する。当時のCEOイアン・エアーに代わって移籍交渉も担当するようになると、リバプールは補強で失敗することがほとんどなくなった。そればかりか、圧倒的な低コストに抑えることに成功している。

 『The Athletic』によると、リバプールの過去5年間における移籍金の収支は-9240万ポンド(約120億円)。これより少なかったのはクリスタルパレス、シェフィールド・ユナイテッド、サウサンプトン、ノリッチだけ。ブライトン、アストンビラ、ニューカッスルでさえ、リバプールの2倍以上の金額を費やしている。一方、ライバルのマンチェスター・シティは-5億560万ポンド(約657億円)、マンチェスター・ユナイテッドは-3億7890万ポンド(約493億円)の大赤字。エドワーズはシティの5分の1以下の予算でクロップのサッカーにフィットする選手たちを集め、昨季はCLそして今季はプレミアリーグを制するチームを作り上げたのだ。

 2018年には、インテルから850万ポンド(約11億円)で獲得したフィリペ・コウチーニョを1億4200万ポンド(約185億円)でバルセロナに売却。いわゆる「コウチーニョ・マネー」を手にしたばかりか、「今後2年間にわたりバルセロナはリバプールの選手を獲得する際、移籍金に加えて1億ポンド(約130億円)を支払わなければならない」という条項を設定し、引き抜きを防止する如才なさも見せている。

当時のDF史上最高額でファン・ダイク(手前)を獲得できたのはコウチーニョ(奥)放出で得た巨額の移籍金のおかげなのかもしれない

 19-20シーズン、シティがチェルシーに敗れリバプールのプレミアリーグ初優勝が決まった時、会長のトム・ワーナーが最初にお祝いの電話をかけた相手はクロップではなく、エドワーズだったことからもその貢献度の大きさがわかるだろう。

 ロジャーズとはうまくいかなかったエドワーズだが、クロップとは厚い信頼関係を築いている。エドワーズのオフィスは廊下を挟んでクロップのオフィスの向かいにあり、扉は常に開け放たれたまま。彼らはしょっちゅうお互いのオフィスを行き来し、意見を交わしているという。食い違った時も「建設的な議論の末に着地点を見つけられる」極めて健全な関係を築いており、ランチタイムには2人でパドルテニス(小型版のテニス)を楽しんでいる姿が頻繁に目撃されているくらいだ。

2. 名将就任とエース獲得の陰に天才物理学者:イアン・グラハム

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ファンと振り返るリバプール優勝5つの理由

Profile

田丸 由美子

ライター、フォトグラファー、大学講師、リバプール・サポーターズクラブ日本支部代表。年に2、3回のペースでヨーロッパを訪れ、リバプールの試合を中心に観戦するかたわら現地のファンを取材。イングランドのファンカルチャーやファンアクティビストたちの活動を紹介する記事を執筆中。ライフワークとして、ヨーロッパのフットボールスタジアムの写真を撮り続けている。スタジアムでウェディングフォトの撮影をしたことも。