FEATURE

複雑怪奇なVAR制度、日本の審判トップが解きほぐす

2019.09.11

VAR特集#1】小川佳実 日本サッカー協会 審判委員長インタビュー

「なぜあのプレーでVARについて介入しないんだよ!」

「おいおいVARで試合の流れ止めるなよ!」

上記のように、我々も慣れていないせいかVARで逆にストレスが溜まってしまうようなところがある。しかし、それはVARのルールや制度についてあまりにも我々の知らないことが多いからでもある。本インタビューでは日本サッカー協会審判委員長を務める小川佳実氏に複雑なVARの運用や、現在の日本の状況について話を聞いた。


人間の限界をテクノロジーで補完

――まず初めに、なぜサッカー競技でビデオ判定が行われることになったのでしょうか。

 「歴史の流れを振り返ると、FIFAの前会長は一貫して『テクノロジーはあり得ない』と明言していたんです。しかし、2010年のW杯ですべてが変わりました。ドイツ対イングランド戦で、ランパードのシュートが入ったか入らないかという問題になりましたよね。あれでゴール・ライン・テクノロジー(GLT)の導入が一気に進みました。

 いまは映像ですべてが確認できますし、確かにあれは100%入っていましたよね。ただ1966年のW杯決勝戦でも同じようなことがあって、当時はまだわからなかったので、今でもあれはずっと議論されています。その違いは何かというと、確認できる映像があるかどうかです。ただ一度テクノロジーを使うと、今度は次の段階に行くんですよね」


――「もっと正確なものが欲しい」と思いますね。

 「サッカー競技の精神には“公平公正”というものがあります。けれどレフェリーは人間なので見えないこともあります。それがどうなの?ということになるわけです。そこで『映像からわかれば……』となった結果がVARです。いまではいろんな角度から映像を見られますが、レフェリーは同じ角度から一度しか見られません。その中で“公平公正”というものを保つため、人間がカバーできないところをテクノロジーでカバーするという狙いです。

 特に“事実”に関する判定が重要です。得点が入ったかどうか、オフサイドがあったかどうか、これらは“事実”ですよね。ただサッカーの場合、判定には“主観”的な事象も含まれます。押したのか押していないのか、蹴ったのか触ったのかだけでなく、そのような事象が相手選手にどの程度インパクトがあったのか、どのくらいの強さだったのか、最終的にどのような影響があったのかに関係します。“事実”からもう一つ踏み込んで、“主観”的に判定を下すのです。これらをすべて映像で判定するのは難しいですよね」


――“事実”の場合は一般的にはVARの助言だけで判定を変える「VARオンリーレビュー」が行われる一方、“主観”の場合はピッチ脇モニターの情報で主審が判断する「オン・フィールド・レビュー」を行うという違いにも表れていますよね。そのあたりもサッカーのビデオ判定の特色でしょうね。

 「他の競技を見てみると、バドミントンのシャトルは初速が500km/h近いとも言われますが、映像があれば入ったかどうかはすぐにわかりますよね。テニスも卓球も、また野球も同じです。つまりどれも“事実”の判定ですよね。しかし、サッカーの場合はコンタクトスポーツなので、フットボールコンタクトの一環なのか、それを超えたコンタクトだったのかが基準になります。触っただけで倒れる選手もいるし、いくら引っ張られても倒れない選手もいます。それをどう整理して、どう判断するのか。サッカーのビデオ判定ではそうした“主観”にも踏み込んでいます。

 だからこそ、サッカーのVARはあえてすごく大きな制限をしています。限定的な4つの事象:

①得点
②PK
③一発退場
④人違い

 この4つのみ介入できる仕組みで、またその中でも『はっきりとした明白な間違い』があった場合だけです。英語では『clear and obvious error』ですね。ここで気を付けないといけないのは、VARが介入する際は“主審が正しい判定をしたか”ではなく、“主審がはっきりとした明白な間違いを犯したか”が基準になるということです。しかし『はっきりとした明白な間違い』と言った時、たとえば10人のうち何人くらいの人が間違いだと言える場合だと思いますか? 英語では『Almost everyone』と言いますが」


――「ほとんど全員」というと、だいたい8、9人くらいでしょうか。

 「8人。もし8人だとすれば、2人は違う意見だということになります。それで『Almost everyone』だと言えますか?(笑)」


――そう言われると厳しい気がしてきます(笑)。

 「それで『10%?それ未満?』という話になるんです。実際、そのあたりが一つの線引きになっているのですが、とても感覚的な話ですよね。なのでVARで難しいのは“事実”よりも“主観”の判定です。

 また『はっきりとした明白な間違い』の場合に加えて、『見逃した重大な事象』にも介入できます。英語では『serious missed incidents』ですね。これはたとえば、ロシアW杯決勝のハンドがそうです。要するにレフェリーが見えなかったんだ、と。実は僕らも勘違いをしていて、『あれははっきりとした明白な間違いとは言えないんじゃないかな?。だから入るべきじゃないのかな?』と思っていたんですが、そもそもあれは『見逃した重大な事象』で入っていたようです」


――それは知りませんでした。混戦のハンド判定でしたが、他の選手がブラインドになっていたんですか?

 「まさにボールに手が触れたこと自体が見えていなかったようです。そういう中で重大な判定が行われていた場合は、もう一度モニターを見るチャンスを与えましょうということになっています」

VAR「介入しすぎ」問題

――見えなかった部分をテクノロジーで補完しましょうということですね。ただ、先ほどの「ほとんど全員」にも言えることですが、コパ・アメリカや女子W杯では10人のうち8人どころか、6、7人くらいしか誤審と言えないようなケースにも介入が行われていたようにも思います。この流れをどう捉えていますか?

 「たとえばサッカーってA対Bのスポーツですよね。そこで際どい判定があった場合、だいたいA側は100%正しいと言い、B側は100%正しくないと言います。そこで、VARが入る場合はAとBの人たちを5人ずつ集めて『どうですか?』という基準になるわけです。コパ・アメリカ、女子W杯、U-20W杯でいろいろありましたが、そこでどうだったかは僕があまり言うべきことではないとは思います。ただ現実として、VARの介入が多かったということはみなさん感じていますよね」


――個人的にはVARが出てきて盛り上がる部分もあるとは思いますが、本来あるべきサッカーの楽しさとは違う気がします。

 「興味が違うところにいっちゃいますよね。それってサッカーを楽しめているって言えますかね?」


――誤審もサッカーの一部とは言いますが、そこばかりに目が行くのは違うと思います。

 「VARが何度も入ってくると、選手のみなさんもとにかくアピールしようって思いますよね。それだとやっぱり楽しくない。もちろん、VARをネガティブにばかり捉えるべきではないと思います。テクノロジーを使える環境にあるリーグや大会に関しては“公平公正”を突き詰めようということで、世界のトップレベルではこれだけ主流になっていますから。ただ、その代わり介入は限定的にしようということになっています」


――そうした望ましくない運用も行われている中で、国際的にはどういったフィードバックがなされているのですか?

 「ブンデスリーガは導入当初、VARが何度も入ってしまい、混乱しました。あれは“ベストな判定”を探しに行ってしまった、と聞いています。VARもレフェリーなので、何とか審判を助けようと思ってしまいます。その際、何回見てもわからないから、まずはレフェリーに見せようってなってしまったんです。しかしサッカーはそういう場面がたくさんあるので、試合が何度も止まってしまいます。ところがこれが昨季のブンデスリーガでは、オン・フィールド・レビュー(OFR)がだいたい5試合に1回の割合しかなかったんです。ちなみにIFABは3試合で1回を目安としていて、ロシアW杯もグループリーグは多かったけど、決勝トーナメントでは整理されたことで3試合に1回ペースでした」
※オン・フィールド・レビューとはピッチ脇で主審が映像を確認すること


――64試合で21回だったので、ちょうどそれくらいですね。

 「それがブンデスリーガは5試合に1回。つまり1年目と2年目では全然違ったんです。2年目はすごく安定して、選手も集中してプレーできるようになったと担当者から聞いています。プレミアリーグも昨季のカップ戦で50試合くらいやっていて、介入があったのは10試合くらい。つまり5試合に1回くらいで安定していたようです。

 もちろんテクノロジーなので、入るべきところでは入らないといけません。ただ『確定しないからもう一度見てもらおう』『説得力を高めたいからもう一度見たい』というのはダメです。原則は常にレフェリーが1回見て判断すること。2回目は『はっきりした明白な間違い』があった場合だけ。ドイツもそれを徹底したことで、2年目に安定しました」

「疑わしきは罰せず」?


――逆に「なぜ介入しないのか」という批判は出てきそうですね。もちろん、先ほどの『はっきりとした明白な間違い』基準に照らせば、的外れな批判だと言えるのかもしれませんが。

 「的外れと言い切るのもなんですが、VARの仕組みを理解していただければと思います」


――Jリーグでは無事に導入できますかね?

 「9月のルヴァン杯から初めて導入しますが、各国のケース同様、VARのミスがないかと言えば可能性としてはあり得ます。レビューがある場合は12台、多い試合では16台のカメラで最善のシーンを抜き出さないといけないのですが、2番目にいい映像を出してしまうとその場面が見えてこない可能性もあります。

 また、テレビのアングルではたまたまわかるケースもわからないケースもあります。ただVARはカメラ台数分はすべて見ることができて、ベストなものを見て決める仕組みです。その映像で『ほとんどすべての人が間違い』と言えるようだったらレフェリーに伝えるという流れになっていて、そうでない場合には介入しません。

 片方のファン・サポーターから見ると『絶対PK』という場面でも、相手のファン・サポーターが『絶対違う』って言うことがありますよね。そこで大事なのは『ほとんどすべての人』が主審の判定を間違いだと言えるかどうかです。もしVARが確証できないのならば介入はしません。そこで『一度見せておこう』となると何回もオン・フィールド・レビューをすることになってしまいますから。ファン・サポーターは『なんで?』と思うかもしれませんが、間違いを特定できない場合は介入しないのが原則です。少し表現が違うかもしれないんですけど、『疑わしきは罰せず』なんです」


――「疑わしきは介入せず」的な感じですね。

 「そう、証拠がないと入れないんです。ただVARの心理としては、ドイツでもあったように証拠を探しにいってしまいます。だからまず1回目はノーマルスピードで見るんです。VARが見る画面はライブ映像の下に、3秒遅れの映像があるんですが、ファーストインプレッションはライブ映像、おかしいと思ったら3秒遅れの映像でセカンドインプレッションを確認します。それで『絶対に違う』となった時に、もう一回オペレーターにいい角度の映像をもらって確認し、そこで確証を得た場合に限り主審にリコメンドするという流れですね」


――裁判の三審制みたいですね。そういった流れは積極的にファン・サポーターに伝えていったほうが理解が得やすいように思います。

 「そこはJリーグとの協力になりますね。ただまずはテクニカルな話をしていかないと、ディベートみたいになってしまうと混乱させるだけです。やっぱり、まずはVARがどのような考えのもと、どんな手順で進められるのかを伝えていくべきです。ドイツでさえ半年間は大変であったようですし、僕ら後発隊としては混乱をより最小限にしないといけません。これは決して『ミスを許してください』というわけじゃなく、まだスタートしたばかりですから」

2020年の導入へ、急ピッチで準備中


――日本でVARを導入するための審判員に対する準備はどういった手続きで行われていますか?

 「いまのところ最終テストの現場はユースの大会ですね。それまでに理論を何時間も勉強して、シミュレータートレーニングを機械を使ってやって、15分間の映像を何回も見て、そういった取り組みの映像をIFABに送るという流れです。するとその次はピッチ半面を使ったトレーニングマッチで、状況ごとのプレーを設定してもらいます。VARとカメラを設置して、エリア内でユニフォームを引っ張ったりとか、後ろから倒したりとか、そういった場面を15分か30分で何セットもやります。それでようやくライセンスを承認してもらえます」


――VAR一人当たりにライセンスが出るんですね。

 「そうです。あとAVAR(アシスタントビデオアシスタントレフェリー:VARを補佐する役割)、そしてVARのもとでレフェリーを務める人も同じ手続きを受けます。昨年は18人がその課程を修了してライセンスが下りたので、ルヴァン杯は彼らを中心にやっていきます。また、いまは規模を広げている最中で42人がその最終段階にいます」


――その42人は急いで集められたのですか?

 「J1、J2の主審と副審が対象で、今シーズンの始めから取り組んでいます。彼らは通常の割り当て試合をやりながらなので、試合をした翌日に講習に来たり、講習を受けてから試合に行ったりしていて大変でしたね。またVARを使うスタジアムでも、それぞれの会場単位でシステムがちゃんと動くかどうかというスタジアムテストをしないといけません。今年はルヴァン杯に向けて、すでに8クラブでやりました」


――J1リーグでも2020年の導入が報じられていますが、ズバリ来年から導入できそうですか?

 「あくまでもJリーグの判断ですが、IFABが示したプログラムに則って進めないと許可を取れないので、そこに注力しています。やるかやらないかはJリーグの判断です。今はそのための最善の準備をしています」


――審判員のライセンス規模は、J1リーグをカバーできるということですか?

 「できています。審判は忙しくなりますけどね」


――主審の負担は避けられなさそうですね。

 「副審もAVARを務めることになるので忙しくなります。あとはリプレイオペレーターをどうするかですね。テクノロジーの業者によって異なりますが、その業者からの派遣か、またこちらで準備をしていくのか。僕らも連携を取って情報を共有しているところです」


――ただ現状では先行組から約3年遅れです。その間に世界はさまざまなトライ&エラーをしてきましたが、このタイミングになったのはなぜでしょうか。

 「Jリーグ側の都合もありますし、何より日本人は慎重な部分があります。決して遅れをとっているとは思っていませんし、混乱が一番良くないという考えです。その分ちゃんとした準備をしてきました。IFABのトップであるデイビット・エラリーさんを昨年から年4回呼んできましたが、『日本ほど組織として準備をしている国はなく素晴らしい』と言ってくれています」


――その中で取り組みが加速しようとしている背景には、今季のJ1リーグ戦で誤審が相次いだ影響があるのでしょうか。

 「審判関係者としては残念な事象でしたが、影響はあったのではないかと思います。5月の浦和対湘南戦は、サイドネットに当たったのが映像を見れば100%わかりますよね。また7月の横浜FM対浦和戦、あれも誰が最後に触ってゴールに入ったのかは現場ではわからなくても、映像では間違いなくわかります」


――そうした導入を進めていく中、ファン・サポーターへのルールの周知が不可欠だと思います。どのような手段を考えていますか?

 「Jリーグで始まらないとなかなか自分ごとにならないので、始まってからメディアのみなさんやファン・サポーターのみなさんに伝えていきたいです」


――たとえば動画などですか?

 「サッカーの試合ではまったく同じ事象はほとんどありませんよね。したがってケースバイケースで話すのはすごく難しいです。ならば、まずは原則論を伝えていく形になると思います。たとえばアタッキング・ポゼッション・フェーズ(APP)という言葉があって、例えば得点につながる攻撃が始まり、結果として得点となった、またPKを得た、という場合、VARは攻撃が始まり、その結果に至るまでにそのチームの選手によって反則がなかったかを確認します。その間がAPPとされ、もしその間に反則があったと確認されれば、得点やPKが取り消され、相手チームのフリーキックなどで再開されます。もし、このような手順を知らなければ『何で入るまでに時間がかかったのか』『何であんなにプレーを巻き戻したのか』という話になります。そういったものをしっかり説明しないといけません。あとはやはり『はっきりとした明白な間違い』『見逃した重大な事象』という定義を整理することですね。どんな事象の時にVARが介入するかを理解してもらうことが大切です」


――そういった説明は試合前のスタジアム内で見られると便利だなと思います。ルール説明ということを考えると、映画館で流れる『映画泥棒』のような形がわかりやすそうです。

 「試合前はスポンサーをはじめとするプログラムによって時間がすべて設定されていたりするので難しい部分もあるかもしれませんが、実現できるならば、親しみやすいものも良いですね。JFAも将来的に天皇杯などで(VARが)始まれば、何らかの形で伝えないといけないと考えています」

Photo: Norio ROKUKAWA

Profile

竹内 達也

ゲキサカ記者。元地方県紙。大分県豊後高田市出身。普段はJリーグ、日本代表、育成年代を取材しています。関心分野はVAR、チャント、法規範、ビリヤニ、大森靖子さんの楽曲。好きな声優は新谷良子さん。欧州サッカーではFulham FCを応援しています。かつて書いていた仏教アイドルについての記事を超えられるようなインパクトのある成果を出すべく精進いたします。