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挑発まで計算された「先行逃げ切り型」。エミリアーノ・マルティネスに学ぶ、PKをめぐる駆け引きの奥深さ

2026.03.25

【特集】“もう一つのサッカー”PK戦の深層#4

90分で決着がつかなくても、試合は終わらない――2026年の百年構想リーグでJリーグは、リーグ戦としては異例のPK戦導入に踏み切った。W杯過去2大会で日本のベスト8を阻んだ壁。それがPK戦だった。Jリーグの日常に新たな景色が加わったこのタイミングで、“もう一つのサッカー”とも言えるPK戦の深層を多角的に考える。

第4回では、カタールW杯決勝を含む全4度のPK戦でアルゼンチン代表の勝利を手繰り寄せた絶対的守護神エミリアーノ・マルティネスに注目。「先行逃げ切り型」に学ぶ、PKをめぐる駆け引きの奥深さとは?

 フットボールはピッチ上の11人で戦う“チームスポーツ”だが、時には1人の存在がチームの歴史を動かすこともある。

 長らくタイトルから遠ざかっていたアルゼンチン代表にとって、その転機となったのがGKのエミリアーノ・マルティネス だった。

 その証拠に、彼が正GKとして出場した主要国際大会のすべてでアルゼンチン代表は優勝している。

 代表デビューからわずか10日後に開幕したコパ・アメリカ2021で母国に28年ぶりのタイトルをもたらすと、続く2022年のカタールW杯、さらにコパ・アメリカ2024も制覇。全3大会で最優秀GKに輝いた。

 マルティネスの何が凄いのか。彼のことを簡潔に言えば、「チームを勝たせることができるGK」である。

 至近距離のシュートやミドルレンジからの強烈な一撃を止めるセービング能力、両足で手前も奥も狙える正確なパスなど、GKとしての技術面の高さは言うまでもない。

 だが、それ以上に印象深いのが、ふてぶてしいほど強靭な「メンタル」だ。彼の勝負強さが最も際立つのが、トーナメントを勝ち抜く上で避けて通れない「PK戦」である。

 マルティネスはアルゼンチン代表で4度のPK戦を経験している。2021年のコパ・アメリカ準決勝、カタールW杯準々決勝と決勝、そして2024年のコパ・アメリカ準々決勝。いずれも国の命運が懸かった大一番だった。

 そして彼は、そのすべてで勝利を収めている。クラブも含めればPK戦は現在6連勝中。キャリアで唯一敗れたのは2019-20シーズンのリーグカップ4回戦リバプール戦の一度のみだ。

 なぜマルティネスはPK戦で無類の強さを誇るのだろうか。その秘密は、相手の心理を揺さぶる“駆け引き”にある。

「試合中のPK」と「試合後のPK戦」は別物

 しばしばPK戦は「運」の要素が強いと語られる。しかし細部まで見ていくと、GKとキッカーによる駆け引きの連続によって勝敗が決まっているケースも少なくない。

 ここで重要なのが、「試合中のPK」と「試合後のPK戦」はまったく別物だということ。

 GKの視点で見れば、試合中のPKは「1人のキッカー」との一発勝負だ。その上でこぼれ球が生まれる可能性もあるため、弾く方向や強さまで考える必要がある。

 マルティネスは「PKストップが得意」と自ら語るほど、PKには自信を持っている。

 今季も所属するアストンビラでアントワーヌ・セメンヨ(当時ボーンマス)の豪快なPKを完璧に止めており(プレミアリーグ第11節)、相手が蹴るタイミングに合わせての細かなステップと瞬間的な爆発力で腕を伸ばしてのセーブは世界でも屈指の技術の高さだろう。

 このPKストップの技術をベースにPK戦は、約5人のキッカーを相手に何本止められるかという戦いになる。味方の成功率にも左右されるが、一般的には2本止めることができれば勝利に近づくと言われている。

 PKの本数、つまり“母数”が増えることで、GKは心理的な伏線を張ることも可能になる。

 極端な例を挙げれば、すべてのキックに対して右へ飛び続ければ、キッカーの頭の中には「次は逆に来るのではないか」という疑念が生まれる可能性がある。そうなると、4人目や5人目のキッカーには必然的に大きなプレッシャーがかかる。

 一方のマルティネスのPK戦におけるスタイルは、上記の伏線を張るやり方とは真逆。超積極的な「先行逃げ切り型」である。

PK戦を支配する「先行逃げ切り型」戦術

……

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Profile

安 洋一郎

1998年生まれ、東京都出身。高校2年生の頃から『MILKサッカーアカデミー』の佐藤祐一が運営する『株式会社Lifepicture』で、サッカーのデータ分析や記事制作に従事。大学卒業と同時に独立してフリーランスのライターとして活動する。中学生の頃よりアストン・ヴィラを応援しており、クラブ公式サポーターズクラブ『AVFC Japan』を複数名で運営。プレミアリーグからEFLまでイングランドのフットボールを幅広く追っている。

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