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欧州サッカーでもブーム到来。最高峰プレミアリーグで「ロングスロー」が流行る必然

2025.11.26

【特集】25-26欧州サッカーのNEXT戦術トレンド#4

5レーンを埋める攻撃は5バックで、立ち位置を変えるビルドアップは前線からのマンツーマンプレスで封じる。逆に、相手のハイプレスを誘引して背後を狙う攻撃もすっかりお馴染みの形となった。ポジショナルプレーを起点にした「対策」と「その対策」はすでに一巡した感があり、戦術トレンドは1つの転換点を迎えている。この後に続くのは個への回帰なのか、セットプレー研究の発展なのか、それとも……。25-26欧州サッカーで進化への壁を乗り越えようとしている「NEXT」の芽を探ってみたい。

第4回は、プレミアリーグを中心に欧州サッカー全体で増えてきている「ロングスロー」というトレンドについて考えてみたい。一昔前は日本の高校サッカーでも議論になったように“邪道”と見なされることもあったロングスローが、なぜ流行しているのか? 再評価の背景、ロングスロー自体の分析とその対策、そして未来の予測についてディープに考察してみたい。

 ここ数年の欧州サッカーシーンで一際目を引くのは、セットプレー戦術の目覚ましい発展である。あくまでオープンプレーで仕留めきれなかった場合のボーナストラックのような意味合いも強かった十数年前とは打って変わり、セットプレーそれ自体をチームの方向性だと定めているように見受けられるチームも少なくない。

 中でも今シーズンのプレミアリーグを象徴するのはロングスロー戦術である。

 データを紐解けばその採用率の伸びは驚異的で、24-25シーズンが1試合あたり1.52本であったのに対し、今シーズンは現時点(第12節時点)で約4.0本と2倍以上の成長を記録し、ゴール数で比較してみても、今シーズンは折り返し前にすでにロングスローからリーグ全体で6~8点(ロングスローの扱いは媒体/データ会社によって違いがある)を記録しており昨シーズンの倍以上のペースで得点を積み重ねている。この実情を踏まえると、まさしくロングスローが今季の戦術トレンドとして躍り出たと言っても過言ではない。

 これらの得点を牽引するのはブレントフォードやクリスタルパレスではあるが、昇格組のサンダーランドや首位をひた走るアーセナルといったクラブでも採用されていることから、一昔前のような「弱者の戦術」としてのロングスローはもはや影も形もなく、邪道だとも切り捨てられないメジャーな戦術の1つになっているのではないだろうか。

 こうしたロングスローの再評価にはどのような要因が絡んでいるのか、そして中長期的な戦術トレンドの中でどのような運命を遂げるのかについて本稿では考察を巡らせていくことにしよう。

「崩せない」課題+サッカーの均質化=セットプレー増加

 ロングスローの再興はセットプレーの再興という、より大きな枠組みの中で捉える必要があるのは先述した通りであるが、そもそもセットプレーがこうもサッカーにおいて重要だと位置づけられたのにはいくつかの要因がある。

 最も直感的でわかりやすいのは、ペップ・グアルディオラらによる戦術的発展の応酬の結果、ゲームダイナミクスは(少なくともここ10年くらいのタイムスケールでは)局所最適に落ち着いてしまっており、何らかの暴力的な方法で勝負を決着させる必要が増したという理由である。つまり配置優位性やサッカーの原理に基づく戦術的アプローチでは徹底的に訓練されたローブロックを崩し切るのにあと一歩力不足であるという事実に、アーセナルやマンチェスター・シティのようなビッグクラブですらも直面してしまっているということである。

 直近で印象的なのは個人単位での守備能力の向上であり、守れるスペース量や一度振り切られても戻し切るアジリティ能力やスプリント能力、オールコートマンツーマンのような一昔前であれば考えられなかったような戦術が遂行可能なエネルギー供給系能力の向上はここ数年の戦術的発展を大きく上回っており、いわゆるポジショナルプレーのような、「局所的に形成される優位性を連鎖させることで複利的な効果を狙う」戦略では、そもそものわずかな優位性をフィジカル能力で埋め合わせされてしまう(相手のブロックの崩れた価値の高いスペースで待っていても、素早いプレスバックによって戻りきられてしまう/タイミングを外してパスをつけようとしても一瞬の方向転換力で触られてしまう)事態が増えている。

 無論、だからと言ってすぐにセットプレーが採用されることになるとも限らず、ウイングの打開で解決したり、押し込みすぎずに奥のスペースを確保し続けたり、あるいはミドルサードから早めにスピードアップするなどして崩しの破壊力を担保しようとする試みは各リーグ、各クラブで行われている。現にプレミアリーグでも1シークエンス内のパスの数が減少傾向にあり、よりダイレクトなプレーが選択される傾向にあることは、試合とデータを見れば定性的にも定量的にも明らかになっている。

 一方でこうしたダイレクトな傾向により、「崩せない」という課題が上位クラブ特有の問題から下位クラブへと流入している点も見逃せない。

 勝手に押し込んでくれるチームに対してはカウンターと守備を先鋭化させれば勝ち点をもぎ取れる見込みのあった数シーズン前と違い、上位でもダイレクトな攻撃が主流となり、片方のチームが一方的にボールを保持する試合が少なくなりつつある。これは視点を変えれば下位チームが能動的に「崩す」必要性が一昔前よりも増えていることを意味する。

 詰まるところ、特定のクラブが何かの局面を先鋭化させ、それに対応した局面を先鋭化させればいいという考え方自体が揺らいでおり、リーグテーブル内でのフットボールスタイルの均質化が(大局的に見れば)進んでいると捉えられる。

 こうした事情から、テーブル下位のチームはもちろん、上位のチームであってもセットプレーのトレーニングに力を入れているのがここ数年のトレンドである。セットプレーはオープンプレーに対してxG(ゴール期待値)の観点で見ればそれほど高くはないものの、非常に再現性が高く、それに伴ってデータ解析がしやすいので、トレーニング効果が試合にどう影響を及ぼしたのかが非常にわかりやすいという点もこの流れを後押ししている。

ロングスローは費用対効果が高い

 ロングスローの流行もこうしたトレンドの1つと見て良いだろう。

……

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Profile

高口 英成

2002年生まれ。東京大学工学部所属。東京大学ア式蹴球部で2年テクニカルスタッフとして活動したのち、エリース東京のFCのテクニカルコーチに就任。ア式4年目はヘッドコーチも兼任していた。

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