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「他クラブが獲得に二の足を踏む伊藤涼太郎のような選手を成功させたい」STVV長島大スカウトに聞く、欧州でのリアルな日本人評(前編)

2025.10.15

【特集】これからのJスカウトに求められる視点#6

今や「欧州組」「日本人対決」という言葉が陳腐化するほど、数多くの日本人選手が海を渡って活躍している。欧州各国からの評価も年々向上し、10代の選手たちのキャリアプランに夢ではなく、リアルな選択肢として「欧州クラブ」が加わるようになった。日本でも秋春制の導入、U-21 Jリーグの創設など大きな改革が進む中で、才能の原石を見つけるプロたちは何を考えているのか?――これからのJスカウトに求められる視点について様々な角度からフォーカスしてみたい。

第6&7回は、長年欧州サッカーの最前線で働いてきたシント・トロイデンVV(STVV)の長島大チーフスカウトに、欧州でのリアルな日本人評について聞いてみた。前編では、ベルギーでの評価向上のきっかけとなったSTVV一期生の影響、求められている選手像、そして日本人の「可能性」を重視するSTVVのスタンスについて語ってもらった。

欧州サッカーのスカウトの仕事とは?

――まずは長島さんのキャリアについて教えていただけますか?

 「はい。小学校から高校まで愛知FCというアマチュアクラブで、その後は早稲田大学ア式蹴球部に入って4年間プレーしました。卒業後はサラリーマンを1年やりましたが、サッカーの夢を捨て切れず、オランダへ指導者の勉強に行きました。そして6~7年、オランダで指導者をしていたとき、STVVをDMMが買うという話を聞き、たまたま縁のあったCEOの立石敬之に連絡を取って、アカデミーでコーチをできないかと話をさせてもらいました。

 ただ、当時はクラブに日本人のスタッフがそれほど多くはなく、いきなりアカデミーに入るのは難しいと。でも『トップチームの強化部なら枠が空いている』ということで、最初は強化部に入りました。その半年後にチームのスカウトに欠員が出て、『スカウトをやってみるか?』というきっかけで今の仕事を始めました。その後、3シーズン目からはチーフスカウトを担当させてもらっています」

――STVVでのスカウトはどのような仕事をしていますか?

 「役割は選手スカウトなので、主に欧州のマーケットを中心にビデオスカウトとデータスカウト、ライブスカウトを行っています。その結果をCEOや監督、テクニカルダイレクターにプレゼンすることが主な仕事です」

――ライブスカウトというのは、実際に現場で試合を見るということですか?

 「そうです。スタジアムへ行って試合を見ます」

――思わぬ流れで指導者からスカウトの仕事に移ったと思いますが、実務は性に合っていると、感じることはありますか?

 「どうでしょうか。作業的には地味だと思います。朝オフィスに来て、選手の移籍情報がどうとか、メディアをチェックし、時間があればトップチームのトレーニングを見ます。その後はビデオスカウティングで、ハイライトやフルマッチを2~3試合、毎日チェックし、夜はスタジアムへ出かけます。これを繰り返すので、仕事は地味といえば地味です」

――なるほど。スカウトの仕事は、外からは想像できないところがあります。

 「私は代理人とよく連絡を取ります。主に欧州の選手と契約している欧州の代理人ですね。そういう人たちと密に連絡を取り、移籍金や給料がいくらとか、簡単な交渉をします。この金額だとうちは出せないから、もうオファーはしないねとか、本格交渉の一歩手前までは私自身がやらせてもらっている形ですね。選手獲得のディシジョンメイキング(意思決定)に関わることもでき、貴重な経験をさせてもらっています」

――長島さんの仕事は、Jリーグの選手より欧州の選手が対象になっていますか?

 「メインはそうですね。Jリーグの日本人選手に関しては、CEOの立石がアビスパ福岡で役員を務めていることもあり、彼がJリーグを毎週見ています。そこがファーストフィルターというか、立石が『日本にこういう選手がいる』と連絡をしてくれます。その上で僕もその試合を見たり、選手を追うなどして分析を行い、この選手なら私たちのクラブに、ベルギーに合うのではないかとディスカッションを始めます。代表に関しても、U-17やU-19など、欧州遠征に来る日本代表に関しては基本的に見に行っていますね」

立石敬之CEO(右)

「もう日本人どうこうではなく、純粋に選手としての価値で見られている」

――STVVでも日本人経営に変わった最初の頃と今では、だいぶ状況が変わったと思いますが、ベルギー国内での日本人選手の評価にはどういう変化がありますか?

 「僕がクラブに入ったのは、遠藤航選手や冨安健洋選手、鎌田大地選手を獲得した後なので、その前のことは聞いた話になりますが、『日本人経営だから日本人選手を入れるんでしょ。どうせ活躍できないよ』というのがベルギー国内の評判でした。その後、彼ら一期生と言われる選手が大活躍し、各クラブでステップアップしてから、『日本人選手は意外にベルギーリーグに合うかもしれない。戦えるじゃないか』と国内の他クラブが日本人選手を見始めた。それが最近の流れですね。

 もう日本人どうこうではなく、純粋に選手として価値があるかどうかで見られている印象です。日本人選手はいわゆる規律があって、大きな問題を起こさないとか、一般的な教育水準も含めて、その辺りの社会的評価があるという前提で、選手として個々に評価をつけられている感じですね。今は各クラブ、日本人の良い選手は常に探していると思います」

――ベルギークラブのスカウトが重視している数字や評価ポイントなどはありますか?

 「他のクラブがどういう数字を追っているのかは、私も把握していませんが、ベルギーはフィジカル的なリーグだと言われているので、まずはインテンシティが高い選手でなければ難しいというのは、評価基準になります。

 一例ですが、今うちにいる伊藤涼太郎は私たちが獲得交渉をしている段階で、ベルギーの中堅より上の大きめのクラブから興味を持たれていました。僕はそのスカウト担当者からも意見を求められ、客観的な分析を伝えさせてもらいました。最終的に、伊藤涼太郎がうちを選んでくれたのですが、交渉が終わった後に相手クラブのスカウト担当者と話をしたら、伊藤涼太郎がベルギーリーグで活躍できるとは信じきれなかったようです。インテンシティやフィジカルに課題があると見られていた選手なので、首脳陣を説得できなかったと言っていました。やはりその点はかなり重要視されるのでしょう。ベルギーに限りませんが、欧州は攻守の切り替えのスピードが速く、いわゆるピンポン玉のようなサッカーになりがちです。日本とはサッカーが違うので、フィジカル的に強い選手やスピードがある選手でなければ獲得に勇気がいる、という感じはあると思います」

伊藤涼太郎

――なるほど。でもSTVVの場合は伊藤選手を獲得し、しかも彼はすごく活躍していますよね。何か確信があったんですか?

……

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Profile

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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