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紺野和也が見据える初速の先、安藤智哉の爆走に隠れた伸びしろ。アビスパ福岡・野田直司フィジカルコーチとたどる「サッカー×走り」の現在地(後編)

2025.10.30

「サッカー×走り」の最前線#6

「今日の試合でプレーしなければならないとしたら、私はプロサッカー選手になれていなかっただろう」――そう冗談交じりにペップ・グアルディオラが語った理由の1つは、現役時代の自身に欠けていた走力にある。事実、彼がマンチェスター・シティの監督として10年目を戦っているプレミアリーグでも2021-22シーズンから2024-25シーズンにかけて年々、1試合平均のトップスピードとスプリント回数が右肩上がりとインテンシティは高まるばかりだ。欧州全体を見渡しても悲願のCL初優勝へとパリSGを最前線から牽引したウスマン・デンベレの爆走が脚光を浴びたように、ハイプレスからトランジションにロングカウンターまで立ち止まる暇のない現代サッカーで求められる「走り」とは?フィジカルコーチやテクニカルコーチ、そして日本代表選手らと再考する。

第5&6回は、連載「サガン鳥栖フィジカルコーチが教えるGPSデータ活用ガイド」でお馴染み、今季からアビスパ福岡に活躍の場を移している野田直司フィジカルコーチに、ジェイこと沖永雄一郎記者が直撃。後編では福岡でも「野田トレ」として親しまれつつある、「加減速トレーニング」の実践編を教えてもらった。

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体幹=プランクではない。選手に四股を踏んでもらう理由

——今季から野田コーチがフィジカルコーチとして働かれている福岡での取り組みについても、教えてください。連載当時に指導されていた鳥栖は、1試合平均スプリント回数が2022シーズンは208回でJ1首位、翌季は131回で4位タイでしたが、今季の第34節時点で福岡は意外にも1試合平均スプリント回数が最下位タイの107回です。チームが変わって、求める走りも変わったのでしょうか?

 「金監督とは鳥栖の時も一緒にやっていますから、監督が求めている趣向や強度、量は当時と大きく変わっていません。(前編で)お話した通り、サッカーがどんどんフィジカル化しているのが世界の主流ですし、それは変わらないです。アビスパの選手もそこを目指していくところから逆算すると量と強度は必要なので、ボリュームを下げようという発想にはなっていなくて、スプリント回数ももっと出せればという想いはあります。ただやはりそこには順番があって、今いる選手たちの特徴やチームの戦術のなどの組み立てを大切にしています」

――野田コーチの役割や指導そのものは鳥栖時代と同じなんですね。

 「変わってないです。だから自転車に一度乗れるようになったらいつでも乗れるように、動き方、コーディネーションや神経系の話である走り方も1回体得すればある程度継続的に出せるはずなので、今は『ランニング・エコノミー』のような『効率的な走り』をマスターしていくことにフォーカスしています。そして代謝系も並行して少しずつ増やしていく。フォームがぐちゃぐちゃな状態で代謝系のことをやる日もあるのですが、そっちばかりを進めていくと、例えばコンディションを上げたいのに夏場は暑くて疲れてフォームも崩れていくという悪循環に入っていってしまいます。できるだけ良いフォーム、効率的なフォームで、筋力や神経をそこに循環させてマスターしていって、さらに循環器系のことを上乗せしていくという状態に持ち上げていきたいんです。

 そのベースの上にみんなの最高速度を少しずつ上乗せしてあげていくイメージで、全力の走り方じゃなくて、90~95%くらいのやや余力がある中でも速く走れる状況を作ろうとしています。実際、今季開幕から最初の3節くらいまで、最高速度のチーム平均が時速29.5kmぐらいだったのが、5月以降くらいからは時速30.5kmと時速1kmほど上げられました。今は最高速度が時速30.5kmくらいにあるのを時速31kmくらいまで持っていきたいですが、ただやっぱり、最低限のところを担保しながらという感じです」

Photo: ©avispa fukuoka

——お話に出てきた谷川先生も『フットボリスタ第92号』でアドバイザーとして携わっている原口元気選手と対談する中で、「足を速くすること自体は簡単だったんです。ただ一気にスピード上がると大腿直筋、ハムストリングスやヒラメ筋が肉離れしやすい。そういう負荷に耐えられる体を作りつつ、一人のアスリートとして体を動かしたいように動かせるよう、まずは腹筋をやったり懸垂をやったり鬼ごっこをしたりと、基礎的なトレーニングから始めました。それは陸上でもどの競技の選手でも同じで、もともと足の速い選手ほど足の速くなる練習から始めない方が結果良くなる。本当はクライアントに求められている結果をすぐに出した方が納得してもらえるんですけど、足が速くなって肉離れや膝をケガしないための身体制御の優先順位があるので、僕は人によってはすぐには足が速くならないことを教えるんです」と言っていたのを思い出しました。野田コーチは具体的に、何を福岡の選手に教えているのでしょうか?

 「走りに限らず方向転換やボディコンタクトもそうですけど、立った状態の深い姿勢でお腹とお尻に同時にスイッチが入れられるかどうかを大事なポイントとして見ています。ずっと入っているんじゃなくて、動作が切り替わった瞬間に0から100へと入れることができるかどうかですね。いわゆる体幹を鍛えるわけですが、そう聞くと肘立て(プランク)がよく連想されますけど立った状態、縦軸に重力がかかっている状態で腹筋が効いているかどうかがポイントになるので、僕はよく選手に四股を踏んでもらいます。力士の方は四股の際にお腹に力を入れていて、すり足で進んでいく動作もお腹とお尻にうまく力を入れた状態が取れているから、張り手しながら体を押していける。よくお腹を叩いているのも腹圧を高めているんですよね。ところがサッカー選手に10kgくらいの重りを抱えて四股のようにスクワットをさせてみると、よく背中で受けてしまうんですよ。深く沈んだところで一瞬ぐーんと止まってしまいがちで、まずはお腹でぴたっと止められるように改善していくのが基本です。

 谷川先生のおっしゃっていた懸垂にしても、背筋のトレーニングというイメージが強いですが、実は腹筋のトレーニングなんです。走りの中でも脚を上げるんじゃなくて骨盤が上がってこないといけないので、寝た状態から体を起こす腹筋じゃなくて、懸垂で体を持ち上げたまましっかりお腹に力が入った状態で左右前後に骨盤を引き上げていくトレーニングをします。それができると、疲れてもお腹が伸びても返ってくるので足が流れにくくなりますね」

——谷川先生もお腹と背中の使い方について、過去のインタビューで「サッカー選手にウェイトを持たせて腹筋をさせると、数回しかできない選手もいたりする。懸垂をさせても、背中とお腹をうまく緊張させられずに骨盤が前傾してしまう選手が多いんです。それができないと、試合の中で何十回も方向転換を繰り返すうちに少しずつ背中が丸まって膝が崩れて、方向転換で体にかかる体重の4、5倍の力を逃がせなくなる。うまくお尻を使って止まれなくなって方向転換が遅くなってしまうのはもちろん、捻挫したり膝の傷害も起こりやすくなってしまう」と指摘されていました。

……

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Profile

ジェイ

1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。

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