「育成の水戸」+「水戸から世界へ」。ハノーファー96との育成業務提携を軸にしたオリジナルな海外戦略
【特集】水戸は一日にして成らず#3
J2第23節終了時点で水戸ホーリーホックが首位に立っている。特に5月以降は10勝1分と勢いが止まらない。小島耕社長と西村卓朗GMによる「ピッチ外の取り組み」は常に高く評価されてきたクラブだったが、「やりきる 走りきる 勝ちきる」をテーマに掲げた森直樹監督の下でついに地道な努力が花開いた。水戸は一日にして成らず――クラブ史上初のJ1昇格が見えてきた今、あらためて躍進の理由を考えてみたい。
第3回は、ハノーファー96との育成業務提携についてプロジェクトの中心メンバーの1人である瀬田元吾執行役員/事業統括本部長に話を聞いた。ハノーファー96のトップチームに完全移籍した松田隼風、そしてU-23チームに期限付き移籍した碇明日麻が続いたプロジェクトの背景にある狙いとは何なのか、当事者たちの言葉から掘り下げる。
6月19日、2023年7月からハノーファー96のU-23チームに期限付き移籍していた松田隼風の同トップチーム(ドイツ2部)への完全移籍が発表され、1週間後の26日に碇明日麻の同U-23チームへの期限付き移籍が発表された。
先駆者・松田隼風、「3年目の結実」
水戸ホーリーホックがハノーファー96と育成業務提携を締結したのは23年7月。「両クラブの発展と人材育成を主目的とした育成業務提携」として交わされた契約は「2023年7月1日から3年間、水戸に所属する若手選手が毎年1名、ドイツ・ブンデスリーガ2部所属のハノーファー96のU-23チーム(レギオナルリーガ所属:ドイツ4部リーグ相当)へ期限付き移籍し、そこでトレーニングや試合を通じてトップレベルへのステップアップを目指す」ことをはじめ、多岐にわたって両クラブの持つノウハウやネットワークを共有しながら、ともにさらなる発展を目指していくという内容が記されている。
その第一号として、選ばれたのが21歳の松田だった。スピードを生かした突破力と正確な左足のキックを武器とする左SBの松田は、22年にJFAアカデミーから水戸に加入。1年目から12試合に出場し、2年目も6月までに8試合に出場して、1ゴールを決める活躍を見せていた。また、U-20日本代表にも選出され続け、23年に開催されたFIFA U-20W杯にも出場した。将来、日の丸を背負う選手としても期待されている選手の1人だ。

その能力がハノーファー96側にも認められて、U-23チームに期限付き移籍を果たした。4部リーグでの戦いとなった1年目からレギュラーに抜擢されて、26試合に出場して2得点を挙げる活躍を見せて、チームの3部昇格に大きく貢献した。最も注目を集めたのは、3部昇格を懸けたプレーオフ決勝第2戦。延長戦でゴールを決め、さらにPK戦でもPKを成功させて勝利を引き寄せた松田は「昇格のヒーロー」の1人として集まった3万人のサポーターから大きな喝采を浴びた。
3部リーグでの戦いとなった2年目のシーズンは苦しんだ。松田自身は34試合に出場したものの、チームは下位に低迷。そして、最終的に1年での4部降格が決まってしまった。
「3部でプレーすることは初めての挑戦でした。シーズン通してプレーしましたが、降格という結果に終わってしまったことはすごく残念だった」
そう唇を噛んだ。
だが、松田自身のプレーに対する評価はハノーファー96内でさらに高まり、シーズン中にはトップチームのトレーニングに参加することもあり、背番号も与えられていた。そしてシーズン終了後、トップチームへの昇格と完全移籍での獲得が決まったのだった。
「日本とはまた違ったハードでスピーディーな環境に身を置きながら、日々成長を目指して取り組んできて、その結果を完全移籍という形で報告できることを大変嬉しく思います。期限付きではなく、完全移籍となるので、結果を残さないといけないという覚悟はより強くなりました。ここからが本当の勝負だという覚悟を持ってやっていきたい」
ドイツの地での新たな戦いに松田は気合いを入れ直した。
これまで水戸で活躍した選手がJ1チームを経て、海外チームに移籍するケースはいくつもあったが、水戸から直接ヨーロッパのクラブに完全移籍をするのは初めてのケースとなる。
育成業務提携を締結から2年。クラブとして掲げた目標である「水戸から世界へ」を実現させたことは、大きな成果と言えるだろう。

2年目・碇明日麻の新たなる挑戦
そして、2人目の若武者をドイツに送り出せたことも、大きな一歩だ。
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Profile
佐藤 拓也
1977年生まれ。神奈川県出身茨城県在住のフリーライター。04年から水戸ホーリーホックを取材し続けている。『エル・ゴラッソ』で水戸を担当し、有料webサイト『デイリーホーリーホック』でメインライターを務める。
