「育成の水戸」からJ1昇格争いの主役へ。「残留争いでは感動や興奮は生まれない」水戸・小島耕社長インタビュー(前編)
【特集】水戸は一日にして成らず#1
J2第23節終了時点で水戸ホーリーホックが首位に立っている。特に5月以降は10勝1分と勢いが止まらない。小島耕社長と西村卓朗GMによる「ピッチ外の取り組み」は常に高く評価されてきたクラブだったが、「やりきる 走りきる 勝ちきる」をテーマに掲げた森直樹監督の下でついに地道な努力が花開いた。水戸は一日にして成らず――クラブ史上初のJ1昇格が見えてきた今、あらためて躍進の理由を考えてみたい。
第1回は、2020年7月にクラブのトップに就任し、陣頭指揮を執って6年目を迎える小島耕社長に話を聞いた。コロナ禍の混迷期を乗り越え、J2下位に甘んじるクラブの事業規模をいかに押し上げてきたのか。小規模予算の地方市民クラブが生き残る術をテーマに語ってもらった。
チームの結果がクラブの風景を変えていく
――今回のテーマは「水戸にあるものは何か」なのですが、やはり、現在J2リーグで首位、14戦負けなし(※インタビューは7月7日に実施)というチームの戦績について、小島耕社長がクラブのトップとしてどういう心境か、まずはその点をお聞かせください。
「そうですね。このクラブには20年以上働いているスタッフもいますが、私も含めて、こういう昇格争いの経験がほぼありません。J1に昇格できたとき、できなかったときに応じてどう対応するか。色々な準備に対する議論がまさに始まっているタイミングなんです。例えば、今朝もNHKさんのローカル局の生中継に合わせてキックオフ時間を調整するとか、注目が集まっていることで色々なイレギュラーが生まれてきている。今後、レギュラーシーズンの38試合で終わるのか、プレーオフに回ったときの選手たちの動きはどうなるのか。それに絡んだ選手会サイドとの話し合いも始まるなど、今までになかった動きや経験がまたクラブをたくましく成長させてくれている感覚はあります。
これは私も公言していますが、鹿島アントラーズさんのホームタウンである鉾田の出身なので昔はアントラーズさんのファンでした。そのアントラーズさんとは今も色々な席をご一緒にさせていただきますが、私が尊敬する鈴木秀樹副社長が『ホーリーホックさんも昇格争いに絡むとクラブのフロントサイドにも経験値が広がっていくし、チームの結果がクラブの風景を変えていきますよ』とおっしゃっていただいたんです。まさにその機運のようなものを1ヶ月ほど前から感じるようになり、この先はさらに強くなるだろうという感覚があります」
――今までは追う側だったのが、今は追われる側ですから、新しい流れですね。
「追う側というか、J2に残ろうとする側だったので。私が社長に就任したときは物珍しさもあってか、色々な取材をしていただいたのですが、この2年間は残留争いに巻き込まれる中でほとんどありませんでした。チームが残留争いしている中でも『クラブとしてはいろんな価値を作っているんです』と、チーム戦績とは違った側面からアピールする部分がありましたから、今はストレートに『チームが好調なのでぜひ応援してください!』と言える状況はやっぱり幸せだなと思いますね」
クラブの事業規模拡大の肝は「ひたすら営業すること」
――小島社長は2020年7月に社長が就任され、今月で丸5年になります。今は積み上げてきたものが花開いた状況だと思いますが、地方市民クラブの社長に就任した当時、まさにコロナ禍でしたが、どういう青写真を描かれていたのか、教えていただけますか?
「当時はコロナ禍でJクラブも4カ月ほど動きがストップし、いよいよ再開するというタイミングで社長に就任したのですが、何より、まずこのクラブを存続させないといけない状況でした。債務超過が待ったなしの状況でしたので、株主総会で株主の皆さんにご理解をいただき、第三者割当増資を実施し、色々な方にクラブの株式を買っていただくことが最初の仕事でした。なので、最初の2年間は青写真も何も、クラブを存続させることで手一杯だったのが正直なところですね」
――まずは足下を固めることに専念したと。
「そうですね。当時、フロントサイドのスタッフは12、3人ほどで少しずつ増えている状況でしたが、業務を兼務しているスタッフも少なくなかったので、私がやりたいこともなかなか実行に移せない状況でもありました。チームは急には強くできませんので、フロントサイドを強くすることが大事だと考え、まずはスタッフの数を増やすことに着手したんです。もちろん原資がなければできませんので、スポンサー営業を徹底するなど、いかに稼ぐかに重きを置いてやってきて、今現在は29人ほどに増やすことができました。そうなると各部署に血が通う状態になってくるので、これでようやくクラブとしての標準装備ができた感覚はあります。昨年度は12億4千万円ほどの決算だったので、ここから毎年110%の成長を5年間続けていくと、今年のJ2の事業規模の平均の20億円に到達するので、そこから逆算して、今年はその1年目として何とか目指そうとスタートを切っていたところです。なので、正直、現在のチームの快進撃にフロントサイドが追いつかないのが正直なところですが、とはいえ、クラブとして少しずつ結果が出始めていることは率直に嬉しいです」
――クラブのスタッフを増やすための原資はどうやって稼がれたのですか?
「それは私も含めてひたすら営業活動を強化する、それだけですね。と同時に、GMの西村(卓朗)が色々な場所で発信していますが、クラブの価値を上げる取り組みを進めてきたことも成果に繋がったと感じます。農事業、障がい者サッカーチームといった新たな取り組みなどを考えられる人材がクラブの中に入ってきてくれたことで、結果としてクラブの価値が上がり、そこにお金を供出しようとする企業さんも増え、いい循環になっていることも前進できている一つの理由だと思います」
クラブが持つストーリーの伝え方を工夫し、共感を作る
――クラブの主収入はスポンサー収入になると思いますが、それだけではなく、今言われたような取り組みも大事だと考えてやって来られられたと。
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Profile
鈴木 康浩
1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。
