「綺麗な選手」から「ファイター」へ。トッテナム移籍の高井幸大、「顔つきも目つきも変わった」川崎Fでの成長秘話
【特集】旅立ちの時。夏の海外移籍#5
高井幸大(川崎フロンターレ→トッテナム)
欧州サッカーがシーズンオフとなる夏は、Jリーグからの海外移籍が佳境となる季節だ。ベルギー、オランダ、ポルトガル、デンマーク、チャンピオンシップ(英国2部)に渡った逸材たちが高確率で活躍することで、近年日本人選手への評価がさらに高まっている。この夏、Jリーグ経由で新たに羽ばたく挑戦者たちにフォーカスする。
第5回では、川崎フロンターレからトッテナムへと完全移籍した高井幸大。「綺麗な選手」から「ファイター」へと変貌を遂げた成長物語を振り返る。
「小さい頃から見てきた憧れの場所。その中でやれてよかったです」
川崎フロンターレでのラストゲームとなるJ1第23節・鹿島アントラーズ戦(○2-1)を控えた囲み取材でのこと。慣れ親しんできたホームスタジアム「Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu」に対する思いを尋ねると、高井幸大はそう短く語った。
川崎Fのアカデミー育ち。幼い頃からこのスタジアムのピッチに立つことに憧れ、Jリーグデビューをこの地で飾り、ここでラストマッチも戦って勝利を置き土産にした。試合後のセレモニーではMr.Childrenの名曲「星になれたら」をBGMに自身の軌跡が映像で紹介された後、少しだけ緊張した面持ちで別れの言葉を丁寧に紡いでいる。そして自らの強い覚悟を口にした。
「これから、僕は小さい頃からのもう1つの目標であったヨーロッパでサッカーをすることに決めました。これから今までよりも、高い壁が待っていると思うんですけど、今までの経験だったり、ここで培ったものを存分に生かして、このクラブを代表して頑張っていきたいなと思います」

視線の先にあるのは、イングランド・プレミアリーグだ。その3日後の7月8日、トッテナム・ホットスパーへの完全移籍が発表されている。移籍金は約10億円と言われており、Jクラブから海外クラブに渡る日本人選手では歴代最高額となった。
Jリーガーの欧州挑戦は今夏も活発だが、プレミアリーグクラブへの直接加入は異例である。近年では川崎Fから板倉滉がマンチェスター・シティ、三笘薫がブライトンに完全移籍した例もあったものの、2人は同時に他国クラブへとレンタル移籍している。今回の高井はその予定はないと言われており、トップチームの新戦力としてオファーを受けたと見られ、15日には労働許可証取得とともにチーム練習合流も伝えられている。過去にJリーグからそのままプレミアリーグでプレーした日本人選手となると、奇しくも同じトッテナムに移籍した2003年の戸田和幸まで遡らなければならない。
その新天地はビッグ6の1つに数えられる強豪でもある。昨季はリーグ下位に沈んだものの、ELを制覇し、新シーズンはCLにも出場する。192cmの恵まれた体格を誇り、速さ、高さ、強さ、そして技術の4拍子を兼ね備えている現代CBの申し子は、世界最高峰の舞台に挑むことに興奮を抑えきれないようだった。
「シーズン途中ですし、申し訳ない気持ちもありますが、ワクワクしている気持ちもあります」
そんな高井は、いかにして川崎Fで成長を遂げてきたのか。その歩みを振り返ってみよう。

冨安級の伸びしろを秘めた「スケールが違う選手」
現在20歳。U-12から川崎Fの下部組織で過ごし、プロ契約を結んだのは高校2年生時の2022年2月。クラブ史上最年少記録を更新した。当然ながら周囲の評価も高く、高井が前年夏から練習参加していたトップチームを率いる鬼木達監督は、「サイズ感で言ったら他の人にないものですし、ポテンシャルという意味でもおもしろいものがあるんじゃないかと思います」と、17歳の伸び代に太鼓判を押していた。
2種登録選手だった2022シーズンにACLで公式戦デビューを果たしているが、本格的に試合に出始めたのは、高卒1年目となる翌季から。リーグ戦14試合出場。実質的なプロ初年度の出来としては立派な数である。
高井の成長を語る際、触れておきたいのがそのめぐり合わせだ。サッカーは実力の世界とはいえ、若手が出場機会をつかんでいくには、運も少なからず必要になる。その意味でこの2023年は、キャプテンを務めていた谷口彰悟がカタールW杯後に海外移籍を果たした直後のタイミングだった。それによって最終ラインの絶対的な存在がいなくなり、CBのポジションが1つ空いたのである。
もちろん、そこでチャンスをモノにしたのは高井の実力に他ならないのだが、もし谷口が残留していたら、それほど出番に恵まれなかった可能性が高い。日本のトップリーグで実戦経験を積めなければ、本人の成長速度にも影響が出ていたはずで、わずか3年半でプレミアリーグまでたどり着けていたかどうかはわからないだろう。
なお、2人はすれ違うようなタイミングになったが、それぞれの場所で活躍。高井は日本代表デビューを飾った北中米W杯アジア最終予選第1節・中国戦で、谷口と3バックに並んでいる。この共演も感慨深いものがあった。
そんな高井をチームメイトたちはどう見守っていたのだろうか。日本代表経験者で在籍8年目を迎えている現主将、脇坂泰斗もその成長ぶりに目を細めていた1人である。練習で初めて見た日から鮮烈な印象を抱いていた。
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Profile
いしかわごう
北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago
