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“民設民営”スタジアムの黒字化は可能か?地域創生の新たな形に挑む【矢野将文社長インタビュー後編】

2024.02.25

なぜ、新プロジェクトが続々発表?サッカースタジアムの未来#11

Jリーグ30周年の次のフェーズとして、「スタジアム」は最重要課題の1つ。進捗中の国内の個別プロジェクトを掘り下げると同時に海外事例も紹介し、建設の背景から活用法まで幅広く考察する。

第11回となるインタビュー後編では、“民設民営”スタジアムの黒字化という困難なミッションに挑むFC今治の実情にフォーカス。矢野社長は「地域創生」にその可能性を見出している。これからのサッカークラブの先行事例の理想と現実に迫る。

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最大の負担は減価償却費、水道光熱費、芝生の維持費

――スポーツクラブが自前でスタジアムやアリーナを保有する場合、スタジアム運営での黒字化が求められます。FC今治はこれをどのように実現することを目指していますか?

 「しっかり取り組めば黒字経営を実現できると考えています。とはいえ、今治里山スタジアムを作ってから1年が経過していない現時点では、まだまだドキドキしながら運営しているというのが正直なところですね。

 例えば、費用の中で大きいのが電気代です。私たちは昨年6月にナイターの試合を行ったのですが、電気代の基本使用料はピーク月が基準になるため、ナイターゲームを開催した月以降はピーク月の基本使用料が適用されます。私たちは2月から5月は低い基本料金で運営できていましたが、6月以降は高い基本料金を支払うことになりましたので、2024年のスタジアムの電気代は2023年と比べて高くなります。よって、水道光熱費は2024年度の私たちの予算は50%アップになっています。このように、1年間で何にどれだけの費用が必要になるのか、正確なところはまだわからないところも少なくありません」

――スタジアムの減価償却費についてはいかがでしょうか?

 「減価償却費は一番お金がかかります。これは少し複雑な話になりますが、例えば、今治里山スタジアムを所有しているのは、FC今治の100%子会社である『株式会社今治. 夢ビレッジ』で、FC今治の運営会社である『株式会社今治夢. スポーツ』は、夢ビレッジに対してスタジアム利用料を支払っています。スタジアム運営会社が収支について考える時には、『スタジアムを建てることによる利益とは何か?』がテーマになります。その答えの1つがVIPルームの使用料やスタジアムの命名権利用料です。

 そういった取り組みを私たちなりに1年間進めてきましたが、2年目はまた違う収支になってきますので、まだまだ模索の途中です。人件費も全体の予算に対して大きな割合を占めますが、感覚としては『減価償却費』『水道光熱費』『芝生の維持費』の3つが恒常的に要する費用としては大きいです。しかし、その費用増を、このスタジアムという資産を活用した事業から得られる収入増によって、賄っていかないといけないと考えております」

写真提供:FC今治/撮影:川澄・小林研二写真事務所

――以前、バスケットボールのBリーグでチェアマンを務められていた大河正明さんにインタビューした時、彼はバスケットボールのアリーナであればおそらく黒字化できるだろう、と話していました。大河さんはJリーグのクラブライセンス制度にも関わっていた方ですが、Jクラブがスタジアムを保有・運営して黒字化していくのは相当難しいという認識でした。今治は指定管理という形ではなく、スタジアム運営の黒字化という難易度の高いミッションに挑戦されていると認識していますが、実際やってみた感想をぜひ聞きたいです。

 「日本政策投資銀行が2020年にスタジアム収支に関する本(『日本政策投資銀行 Business Research スマート・ベニューハンドブック スタジアム・アリーナ構想を実現するプロセスとポイント』/ダイヤモンド社)を出しました。この本では、稼働率が高く、天候リスクがないぶん収支が読みやすいアリーナであれば、なんとか黒字化に持って行けるが、スタジアムの黒字化は難しいと結論を出しています。

 しかし私は、建設コストを抑えることはもちろんのこと、運営してはじめてわかることだらけですので、机の上での計算とは異なることも多々あります。売上増と費用減を徹底すれば、スタジアムでも黒字化がきっと実現できると考えております」

――芝生が痛むリスクはありますが、コンサートなどのイベントを誘致して使用料を得るといった予定はありますか?

 「おっしゃる通り、芝生は非常にデリケートです。そのため、音楽イベントを開催するためには、芝生の損傷を防ぐためのシートを引かなければなりません。実は、そのシートを用意して設置するだけで、1000万円ほどの費用を要します。それほどの投資をしても十分な売上が見込めるイベントであればやりますが、我々のスタジアムの収容人数は今のところ5000人で、音響もそこまで高性能のものではありません。例えば5000人の観客に1万円を払ってもらっても売上は5000万円しか上がりませんから、アーティストの出演料や人件費をはじめとする様々な費用を支払うと、支出が売上を超えてしまうでしょう。そのため、ピッチを利用したコンサート等を主たる事業にする計画は、今のところありません」

――ピッチの外で運営する里山サロン(カフェ)など、様々な人の賑わいを創出する取り組みから、安定的に利益を上げていくことは可能なのでしょうか?……

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。