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音楽、映画、そしてカルチョ:スクデットに沸くナポリに見る「南部の復権」

2023.06.04

【ナポリ特集】待ちわびたスクデット奪還の意味 #6

2022-23シーズンのセリエAを制したSSCナポリ。第6節以降一貫して首位をキープすると、2月の時点で2位に18ポイントの差をつけ、その後もリードを維持したまま独走。時間の問題だと思われていた優勝決定の瞬間を迎え、世界中のサポーターたちの歓喜が爆発した。ディエゴ・マラドーナ在籍時代以来となる、実に33年ぶり、3度目のリーグタイトル。このイタリア南部のクラブにとって待ちわびたスクデット奪還は、どのような意味を持つのだろうか。

#6は、カルチョにおける偉業とともに今、国内のみならずヨーロッパ、さらに世界で注目されているというナポリの社会的、文化的な「復権」について。

「ナポリの覆面アーティスト」

 Queenの『We are the champions』をスタジアム中が大合唱、派手な花火の演出が終わり、スタジアムの照明が点灯される。現地時間5月7日、スタディオ・ディエゴ・アルマンド・マラドーナ。18時キックオフのフィオレンティーナ戦の後、クラブ主催のスクデット記念イベントはフィナーレを迎え、時刻は22時になろうとしていた。

 「みなさん、まだ帰らないで! そのまま残ってください! まだサプライズが残っています!」

 ぞろぞろと席を立つ人々を慌ててマイクで呼び止めたのは、お馴染みのスタジアムDJ、デチベル・ベッリーニさんだ。まさにゲートを出ようとしていた私と友人はそのアナウンスを聞いて、戻ってみることにした。何か期待をするというよりは、急ぐ用もないのだしという態度で。長丁場となった「お祝い」に少々疲れてもいたので、硝煙の匂いが残るゴール裏1階席に腰かけ、ぼんやりとピッチを眺めていた。ほどなくして再び照明が落ち、メインスタンド正面がスポットライトで照らされる。スタジアムのディスプレイに、ピアノの前に座った人の姿が映し出された。ゴーグルとマスクで顔を隠している。友人が興奮した様子で叫んだ。

 「LIBERATOだ!」

スクデット記念イベントでのLIBERATOのサプライズ出演の様子

 LIBERATO(リベラート)は現在のナポリ、そしてイタリアの音楽シーンで存在感を放つ、正体不明のシンガーソングライターである。フードとゴーグルで顔を隠し、ナポリ語を中心に、イタリア語、英語、フランス語、スペイン語の単語を混ぜた歌詞を書き、歌う。2017年にYouTubeで最初の楽曲ビデオ『Nove Maggio』(「5月9日」の意)をアップロード。その後も次々に楽曲をYouTubeで発表し、これまでにソロアルバムを2枚発表している。友人いわく、LIBERATO以降、それまで見逃されてきたナポリ発の音楽がイタリア国内で注目されるようになり、全国的に売れるアーティストが増えているそうだ。

 LIBERATOのビデオはいずれもナポリで撮影され、ローカルな人々とローカルな風景、街のアイデンティティであるベスビオ山だけでなく、SSCナポリに関連するモチーフが多く映される。ナポリ生まれのナポリファンであることを公言しているのだ。『ローリング・ストーン』誌の電子メールインタビューでは、私のガールフレンドは1926年生まれである、と語り、ライブ前にはOpusの『Live is life』を流すことからもそのサポーターとしての苛烈さがうかがわれる。故ディエゴ・マラドーナの有名な動画で流れている、あの曲だ。

1989年UEFAカップ準決勝、バイエルン戦前のウォーミングアップにて。独特なステップは今もマラドーナの代名詞の一つだ

 楽曲やビデオを通してナポリへの愛情を示してきたLIBERATOだが、マラドーナ・スタジアムでライブをするのは初めてだ。これは彼自身、そして彼のファンにとっても大きな意味を持つことだった。ナポリの街と文化にフォーカスしたスタイルで全国的な人気を獲得したこのミュージシャンは、今やセリエAの強豪となったSSCナポリと同じように、地元の若者が誇るアイコンである。

 セレモニーの後、彼はライブで披露したアレンジを収録し、新たに撮影したビデオをYouTubeにアップロードした。スペイン地区に描かれたマラドーナの壁画がフィーチャーされた動画では、今季の所属選手全員の背番号と名前も歌っている。

『1926 mix』と題されたビデオは、ナポリの歴史中心地区にほど近いスペイン地区を空撮して制作された

 『O CORE NUN TENE PADRONE』――「私の心は服従しない」という意味のナポリ語のタイトルのバラードは、“3D”こと、マッシブ・アタックの中心メンバーであるロバート・デル・ナジャと共同で制作されたものだ。3Dはイギリス・ブリストル出身だが、父親がナポリ出身であり、かねてより大のナポリファン。過去には自身とナポリの関係を語ったショートムービーも公開されている。

『Why I love Napoli』と題されたビデオでは、現地の有名アナウンサーであるラファエレ・アウリエンマ氏の名実況も挟まれている

 マッシブ・アタックの3Dと言えば、世界的に有名な覆面ストリートアーティストであるバンクシーの正体、あるいは関係者ではないかと疑われている人物でもある。覆面アーティストとしてのLIBERATOの活動をバンクシーがプロデュースしているのではないか……と深読みしたくもなる。いずれにせよ、ともにルーツ・地元愛があふれるナポリファンであり、優れたミュージシャンでもある2人による曲がスクデットを祝福する場で披露されたことは、現地におけるフットボールと音楽の密接な関係を象徴している。

「南部の復権」

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Profile

大田 達郎

1986年生まれ、福岡県出身。博士(理学)。生命情報科学分野の研究者。前十字靭帯両膝断裂クラブ会員。仕事中はユベントスファンとも仲良くしている。好きなピッツァはピッツァフリッタ。Twitter:@iNut