文 寺沢 薫
うつ(鬱)は心の風邪、という言い方がよくされるが、実際は「脳の病気」である。何かしらの心理的ストレスが原因になるのは間違いないが、そこに「大小」はなく、人それぞれのきっかけによって“ガス欠”のように脳機能が低下し、仕事はもちろん、場合によっては生活そのものが困難になるほど動けなくなってしまう。単なる“気持ちの問題”ではなく脳の障害だから、それは体を鍛え、大きな重圧の中で日々戦うプロフットボーラーであっても起こり得る。
昨年、現役時代にうつ状態だった過去を明かしたマイケル・キャリック(現マンチェスターUコーチ)の場合は、08-09のCL決勝でバルセロナに敗れたことを「自分の責任だ」と思い詰めてしまったことが発症のきっかけだった。通常の状態なら落ち込んでも数日で回復するものだが、彼はそこから2年間もどうにもしがたい意欲の低下と戦いながら、通院をしつつ現役を続けたことで「自身はうつ状態だった」と自覚したという。

同じく昨年にうつ病を明かして世間に衝撃を与えたダニー・ローズ(トッテナム)のように、様々な要因が不運にも重なり合ったケースもある。彼の場合は膝の負傷とリハビリの苦悩、さらに親族の自殺や私生活で見舞われたトラブルなどが重なって苦しみ、精神科に通い、抗うつ剤を処方されるようになった。不幸中の幸いと言うべきか、彼はイングランド代表の心理カウンセラーが“合っていた”こともあり最悪の状態を脱することができ、今もプレーを続けている。
メンタルヘルスをめぐる問題に対しては今もまだまだ偏見があり、カミングアウトしづらい空気があるのは世界共通だ。そんな中で、現役選手であるローズの勇気ある告白が持つ意味を、フットボール界は重く受け止めるべきだろう。他の選手たちも自分の状況を告白しやすい環境になれば、経験を共有することでストレスを緩和できる状況を作れれば、そして周囲のうつに対する理解が高まれば、自ら命を絶ってしまったエンケのような悲劇を減らせるかもしれないからだ。

関連記事
- ロベルト・エンケ。隠された心の病との闘い、その途中【生前インタビュー】
- 仮説:ビクトル・バルデスの引退を早めたGKの重圧と孤独
- イニエスタが告白した「うつ」。強靭な肉体も精神も、発症を防げない
- イニエスタは「うつ病」か「うつ状態」か? 報道する側からみる「鬱」を伝えることの難しさ
- サッカー選手の38%がうつ、不安障害。数字が示すストレスと心の病の関係
- スポーツ選手は“強く”あるべき?メルテザッカーの“独白”への賛否
- 『うつ病とサッカー 木村浩嗣の場合』。私はサッカー監督業に助けられた
- 川島永嗣への“総叩き”で感じた、日本でGKが育たなくなる危機感
「コパ・アメリカ」を大特集!『フットボリスタ』最新第69号、5月11日(土)発売!
Photos: Getty Images