「サッカーはいつも再起のチャンスを与えてくれる」W杯の失意を越えて、40歳のGKムスレラがたどり着いた場所
EL GRITO SAGRADO ~聖なる叫び~ #35
マラドーナに憧れ、ブエノスアイレスに住んで35年。現地でしか知り得ない情報を発信し続けてきたChizuru de Garciaが、ここでは極私的な視点で今伝えたい話題を深掘り。アルゼンチン、ウルグアイをはじめ南米サッカーの原始的な魅力、情熱の根源に迫る。
footballista誌から続くWEB月刊連載の第35回(通算194回)は、5大会連続出場を果たした北中米W杯での痛恨ミスから4カ月、引退を考えるほどの精神的ショックから立ち直り、エストゥディアンテスのコパ・リベルタドーレス決勝進出の立役者となった、ウルグアイ人GKの再起の物語。
ベロン会長「君ほどの選手が、このような形でサッカー界を去るべきではない」
「誇りと喜びを感じている。個人的なことになるけれど、サッカーはいつも再起のチャンスを与えてくれる。クラブで働くすべての人たち、スタジアムまで足を運んでくれた人たち、そして来ることができなかった人たちに感謝しているよ。この夢を実現するために、僕たちは精一杯戦ってきたんだ」
10月22日、アルゼンチンの古豪エストゥディアンテス・デ・ラプラタが史上6度目となるコパ・リベルタドーレス決勝進出を決めた夜、チームの守護神フェルナンド・ムスレラは高まる感情を抑えながらそう語った。聖地マラカナンで行われたフラメンゴとの準決勝第2戦、PK戦で3本のシュートを阻止する活躍からチームを決勝に導き、MVPに選ばれた40歳のGKにとって、この躍進はその言葉のとおり「個人的な再起のチャンス」となった。
約4カ月前、北中米W杯にウルグアイ代表の正GKとして出場したムスレラは、グループステージ最終戦のスペイン戦で致命的なミスを犯し、失点を招いてしまった。マルセロ・ビエルサ監督(当時)がのちに「計画どおりのプレーを展開して主導権を握ることができた」と評価したこの試合で、ウルグアイはその1失点から惜敗。0勝2分1敗の成績でグループステージ敗退という失意の結果に終わり、ムスレラは「戦犯」の一人としてウルグアイ国内で厳しい批判にさらされることとなった。
スペイン戦でのあのミスは、彼の心に深い傷跡を残した。失点後、ハーフタイムに控室でビエルサ監督に自ら交代を申し出たという事実からも、その精神的ショックの大きさがうかがえる。大会後はエストゥディアンテスでのプレーを続けることにも自信を失い、同クラブの会長を務めるフアン・セバスティアン・ベロンに第一線を退く意向を伝えたという。だが、ベロン会長の答えは明確だった。
「君ほどの選手が、このような形でサッカー界を去るべきではない」
かつてプロ生活から一旦身を引きながらも復帰を果たし、42歳まで現役を続けたベロンはムスレラにこう諭した。
「選手というものは、ピッチの上で引退できるならそれが一番。君のように輝かしいキャリアを築いた選手なら尚更のことだ」
ベロンをはじめとするクラブのスタッフ、ウルグアイ人のアレクサンデル・メディーナ監督、チームメイト、そして最愛の家族から励ましと支えを受けたムスレラは、エストゥディアンテスでの挑戦を続ける決断を下した。もしあの時、トップレベルでのプレーを諦めかけた彼を引き留める者がいなかったら、クラブが2009年以来17年ぶりとなるコパ・リベルタドーレス決勝進出を果たすことはなかったかもしれない。
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Profile
Chizuru de Garcia
1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。
