SPECIAL

英首相アンディ・バーナムは「フットボールの敵」なのか?シティ財務規則違反で揺れる、アブダビ投資に支えられた元マンチェスター市長の二面性

2026.10.25

英国の政界をも巻き込む大騒動へと発展している、9月29日にプレミアリーグが正式認定したマンチェスター・シティのアブダビ・ユナイテッド・グループによる買収後、2009-10シーズンから2017-18シーズンまでの9年間にかけて総額9億ポンドにおよぶ会計操作が行われていたとする財務規則違反。その渦中に立たされている1人が、元マンチェスター市長で現英首相のアンディ・バーナムだ。かつて同じくUAE資本の支援を受けて都市再開発を成功させた経歴を持つバーナムの「まあ、彼ら(オーナー)を失うことになったら本当に心配です。彼らは現代のマンチェスターを築く上でとても大きなパートナーでした。もちろん、マンチェスター・シティを今のような世界的な勢力に育てる上でも」という発言は瞬く間に世界中へと拡散され、今や「フットボールの敵」というレッテルすら貼り付けられている。しかし、彼は本当に味方ではないのだろうか?むしろフットボールによって形作られてきたその知られざる人生に、10月9日に初著書『EFL プレミアリーグの下に息づくもうひとつの英国フットボール』(カンゼン)を上梓したEFL解説者、秋吉圭(EFLから見るフットボール)氏が迫る。

 時流を逃さぬ男は選曲センスも完璧だった。彼に総理大臣となる資格を与えた6月の補欠選挙、そのキャンペーンビデオのバックグラウンドに流れる『Some Might Say』。あの難儀な兄弟から楽曲の使用許可を取りつける、そんなお手柄もアンディ・バーナムの手にかかれば朝飯前だ。

 リアム・ギャラガーはこの秋、よりバーナムに心酔した様子である。普段からさしたる言葉が並んでいるわけでもない、(少なくともフットボールにおける)識者として扱うにはあまりにも心許ない彼のX(旧Twitter)ではあるが、9月30日のタイムラインでは世にも珍しく、形はどうあれ「政治家への称賛」が躍った。

 言うまでもなく、ギャラガーはバーナムが展開する政策の数々に対して激賞したわけではない。多くの人が軽薄と見たこの日の『BBC』のインタビューに対する彼の発言に、心からのマンチェスター・シティ愛をもって「彼しかいない」と一段と軽々しく言っただけだ。もちろんここには不幸な問題があり、今の状況でギャラガーに手放しで称賛される発言というのは、概ねその他大勢の世間から反感を買う発言なのである。実際政治機関とは思えぬ迅速さで、英国政府は翌日にはバーナム発言の火消しに奔走することになる。

 『Some Might Say』、つまり「そんなことを言う人もいるだろう」。皮肉なことに、6月に彼の補欠選挙の応援歌として華々しく使われた時よりも、この10月初頭のイギリスを含む世界各地でのバーナムへの論調に対してのほうが、この曲のタイトルはよりふさわしいように感じられる。これぞ英国首相たる者の先見の明である。せっかく著書(『EFL プレミアリーグの下に息づくもうひとつの英国フットボール』(カンゼン))に彼の前歴についてがっつり書いてみせたのに、その遅筆ぶりのせいで発売日を1週間ほど「旬の時期」に間に合わせることができなかった私などとは大違いだ。

『Some Might Say』のBGM再生は2:59から

 「アブダビと癒着した元マンチェスター市長」、「スポーツを政治利用する国賊」、「フットボールなど何も気にかけていない腐敗した政治家」。フットボールと政治の二語を掛け合わせて出てくる全てのステレオタイプが、彼のパブリックイメージに投げつけられている。「政治家なんてそんなものだ」、この群衆心理を共有しえない国など、今や世界のどこにもない。

 では果たして本当に、バーナムは「フットボールの敵」なのだろうか?

「切り抜き」だけでは読み解けない、一問一答の裏にある複雑な事実関係

 プレミアリーグの独立委員会がシティのスポンサー収入の大半をオーナー自身が払っていたと認定し、その仕組みに “Disguised Funding Scheme(偽装資金スキーム)”という命名までした歴史的な日の翌日、バーナムは自らの政治活動において常に大きな役割を担ってきたフットボールに手を噛まれることになる。生まれながらのエバートンファンとして知られるバーナムはヒル・ディキンソン・スタジアムで『BBC』のインタビューに答えた。元マンチェスター市長で「ミスター・マンチェスター」と自称する彼には、当然国中の関心事となった一件に関する質問が提起された。

 “Well, I would be really concerned to lose them. They’ve been such a huge partner in the building of modern Manchester. Obviously, the building of Manchester City into the global force that it is(まあ、彼らを失うことになったら本当に心配です。彼らは現代のマンチェスターを築く上でとても大きなパートナーでした。もちろん、マンチェスター・シティを今のような世界的な勢力に育てる上でも)”

 “I can’t intervene more in the process. It would be wrong for me to do that. It would be wrong, I think, to jump to a conclusion before having really studied all of the detail, but obviously it’s ongoing, and because it’s still contested by Manchester City, then I think it’s right that I don’t say much more(手続きにこれ以上介入することはできません。そうするのは間違いでしょう。細部まできちんと検討しないうちに結論に飛びつくのも間違いだと思います。ただ、明らかに進行中の案件で、シティがまだ争っているのですから、私がこれ以上多くを語らないのが正しいと思います)”

 “I do actually thank the City Football Group and the wider ownership for the money that they didn’t just put into the Etihad and the campus around it but also into the city(実際、私はシティ・フットボール・グループと、より広いオーナー陣に感謝しています。エティハド・キャンパス全体だけでなく、街自体に投じてくれたお金について)”

 先にこの記事の本筋をあえて書くことにするが、これらの言葉が私による「切り抜き」であることにはぜひとも注意されたい。長々と語っていた彼の言葉は、まさしく同様の「切り抜き」として全英中、いや全世界中へとすぐさま駆け出していった。翌日の夕方、危機感を覚えた官邸による59語の釈明ですら有罪認定の後に「if」という言葉を使うとは何事かと叩かれて、1時間ほどで “wherever(いかなる場合でも)”に差し替えられた。

 バーナムの発言は批判されて当然のものである。それは「切り抜かれるリスク」に対してあまりにも無頓着で、また自身の中で矛盾を起こす様々な利害関係を開けっぴろげにしすぎている発言だった。いち政治家(まして首相だ)のものとしてはえらく呑気で、性善説に基づきすぎている。処分が決まっていないのだから何も言うべきではないというのは完全に正しく、結局のところそれすらも言うべきではなかった。彼本人のスタンスとしてはむしろ可能な限り慎重であろうとしていたのだろう。しかし結果的に、そのインタビューは明らかに彼の本意ならざる形で広まってしまった。

 別の言い方をすれば、批判されるべき点はそこに尽きるということでもある。質問は「オーナーが売ったら心配か」で、答えは「心配だ」。何が心配なのかを勝手に邪推したのは、頼まれてもいない周囲が果たした役割に過ぎない。質問のどこにも「処分」はなく、答えのどこにも「処分」はなく、そもそも処分を決めるのはプレミアリーグの委員会で、オーナーを追い出せるのは独立フットボール規制機関(IFR)で、その規制機関がオーナー審査で政府の外交や通商に配慮するという悪名高き初期案の条項を削ったのは2024年の労働党自身である(ボリス・ジョンソンのポピュリズム的発想から機関の設置を推進し始めた保守党は、野党になるや規制機関そのものを市場への過剰介入と呼び始めた)。任命当時労働党との関係を厳しく問われたIFR初代会長デイビッド・コーガンは、10月の下院でこう毅然と言い放っている。

 “Any form of political interference on the way we operate is going to result in my resigning from this role(我われの運営にいかなる形であれ政治的な介入があれば、私はこの職を辞します)”

 そんな複雑な事実関係など気にとどめられるはずもない。怒りを増幅させるだけの偉大なアルゴリズムに乗って、バーナムを好まれざる人物とみなすフットボールファンがこの世界に何人と生まれた。

“huge partner”の真意。マンチェスター自体が「財務ドーピング」対象に

……

残り:4,101文字/全文:8,102文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

秋吉 圭(EFLから見るフットボール)

1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72

関連記事

RANKING

関連記事