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15歳で戦火を逃れた「ウクライナのハーランド」アルテム・ステパノフがドイツ、オランダで切り拓く自分の道

2026.10.17

フットボール・ヤルマルカ 〜愛すべき辺境者たちの宴〜 #9

ヨーロッパから見てもアジアから見ても「辺境」である旧ソ連の国々。ロシア・東欧の事情に精通する篠崎直也が、氷河から砂漠までかの地のサッカーを縦横無尽に追いかけ、知られざる各国の政治や文化的な背景とともに紹介する。

footballista誌から続く連載コラムの第9回(通算89回)は、エールディビジ第2節からの5戦連続ゴールで一躍注目を浴びた19歳の成長物語。ロシアによるウクライナ侵攻で故国を離れ、ドイツへ行き着き、今オランダ・ユトレヒトの地で飛躍する大型ストライカーの軌跡をたどる。

 イングランド・プレミアリーグで3度、UEFAチャンピオンズリーグで2度得点王に輝き、今年の北中米ワールドカップでも世界最高のストライカーの1人であることを証明したアーリング・ハーランド。「○○のメッシ」や「○○のロナウド」などを無数に生み出したこれまでのスーパースターたちと同様に、今や世界各地で有望な大型FWたちが「○○のハーランド」と呼ばれるようになっている。

 そんな中で現在、頻繁にハーランドと比較されているのがウクライナ人FWアルテム・ステパノフだ。19歳になったばかりの「ウクライナのハーランド」はプレースタイル以上に、まずその容姿が似ていることで注目を集めた。ユトレヒトでの期限付き移籍を延長して迎えた今季はエールディビジで5試合連続得点を記録し、単なる「そっくりさん」にとどまらない才能を示し始めている。そして、ドイツやオランダでチャンスをつかんだ彼のキャリアの背景にはウクライナを襲った戦争の影響があった。

リーグ第2節〜第6節のAZ(●1-4)、スパルタ(△3-3)、PSV(●1-6)、ゴー・アヘッド・イーグルス(△3-3)、エクセルシオール(○1-2)戦で決めた5戦連発ゴール集

父ロマンと二人三脚、13歳の誕生日に“即”シャフタール入り

 時計の針を2019年に戻そう。ポーランドで開催されたU-20ワールドカップでウクライナ代表はアンドリー・ルニン(現レアル・マドリー)、ダニロ・シカン(現トラブゾンスポル)、バレリ・ボンダル(シャフタール・ドネツィク)らを擁して初優勝を果たした。この快挙はウクライナの育成力を世界に印象づけ、同国の若手選手たちにもスカウトの目が向けられるきっかけとなった。

 当時11歳だったステパノフは、もちろんこの大会のメンバーではない。それでも、ウクライナ西部の古都ルツィクに生まれ、6歳から地元の名門FCボリンでプレーしていた少年もまた、こうした育成環境の中で野心を抱きながら成長していくことになる。

 ステパノフの成功物語には父ロマンの存在が欠かせない。ロマン・ステパノフもまたFCボリンの育成組織で育ち、U-17やU-19ウクライナ代表経験があるサッカー選手だった。2003年にボリンでプロデビューし、その後はウクライナとベラルーシでプロやアマチュアのクラブを行き来しながら2018年まで現役を続けた。父の練習や試合によく連れられていたアルテムは自然とサッカーに興味を持ち、父と同じボリンに入団。父は息子の試合に欠かさず駆けつけ、二人三脚で息子の練習に付き合った。学校の勉強は「多少犠牲にした」が、テニスボールでのサッカーを一緒に楽しみ、プールやフィットネス、陸上競技にも取り組ませるなど、スポーツ漬けの生活だったという。

 ハーランドばりの恵まれた体格も父譲りだ。アルテムが17歳だった2024年、ロマンはウクライナメディアの取材に次のように答えている。

 「私たちは体格が似ています。今では息子のほうが私より背が高くなりました。私の身長は190cmですが、彼はすでに192cmあります。体格もポジションも、父と息子でよく似ています。私はFWで、彼も同じくFWです。アルテムにはスピードがありますし、体の使い方も優れています。ボールを扱う技術については私よりも上です。彼は同年代の子どもたちの中でも、いつも体格の大きさが目立っていました。そのため、6歳でボリンに連れて行った時から、すぐに1歳年上の子どもたちと練習するようになりました」

 2020年、ちょうどアルテムの13歳の誕生日に、知人からシャフタール・ドネツィクのアカデミーでセレクションがあることを聞きつけていたロマンは息子を連れて行った。初日の練習を終えると、クラブはすぐに加入を打診。ロマンは予想外の展開に即答をためらったものの、育成環境の充実ぶりを確認し、息子をアカデミーに残すことにした。アルテムはそのまま家に戻らず、ロマンは後からスーツケース2個分の荷物を送った。

ボリンからシャフタールへ、2020年8月のInstagram初投稿

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Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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