REGULAR

“ラストダンス”を終えて。メッシが残したメッセージ

2026.10.13

EL GRITO SAGRADO ~聖なる叫び~ #34

マラドーナに憧れ、ブエノスアイレスに住んで35年。現地でしか知り得ない情報を発信し続けてきたChizuru de Garciaが、ここでは極私的な視点で今伝えたい話題を深掘り。アルゼンチン、ウルグアイをはじめ南米サッカーの原始的な魅力、情熱の根源に迫る。

footballista誌から続く連載コラムの第34回(通算193回)は、リオネル・メッシ(39歳)のアルゼンチン代表引退によせて。

世界中のアルゼンチン人が、最後の勇姿を目に焼き付けて

 「今日はいつになくたくさんしゃべってしまっているね。本当はここを去りたくない。ピッチを離れたくない。ただ伝えたいのは、君たちを愛していて、君たちのことが恋しくなるだろうということ。アルゼンチン人として生まれたことを神に感謝し、アルゼンチン人であること、君たちと一緒に夢を叶えられたことを誇りに思っていることだ。本当にありがとう。愛しているよ」

 エスタディオ・モヌメンタルを埋め尽くした8万5000人の観衆の前で、21年間に及ぶアルゼンチン代表でのキャリアを終えるにあたり、リオネル・メッシは代表のキャプテンとしての最後の挨拶を締めくくった。「いつになくたくさん」は、時間にして約10分間。口下手で知られるメッシにしては珍しく長いスピーチだったが、そこで語られた内容は単なる別れの言葉ではなかった。

 メッシにとってアルゼンチン代表での最後の試合が行われた10月6日、国民的英雄との別れを前に、開催地ブエノスアイレスは特別な装いに包まれた。前夜から市内のモニュメントやランドマークがアルゼンチンのカラーである水色と白にライトアップされ、街中には“Gracias Capitan”(ありがとう、キャプテン)と書かれた野外広告が登場。当日は会場に足を運ぶサポーターのため、モヌメンタルの最寄駅を走る地下鉄D線が通常より2時間遅い午前1時半まで運行された。テレビではどの局も終日「メッシのラストダンス」を大きく取り上げ、SNSでも著名人から一般人まで、多くの人が偉大なキャプテンに惜別と感謝の言葉を綴った。

 私が暮らす地区でも、この日は朝からアルゼンチン代表ユニフォーム姿で行き交う人々があちらこちらで見られた。W杯期間中でもない限り、滅多に目にすることのない光景だ。ウルグアイに住むアルゼンチン人の義弟からは「本当はそっちに行きたかったのに」と、渡航できなかったことを悔やむメッセージが何度も送られてくる。代表でのメッシを見るのは、泣いても笑っても今日が最後。その姿を目に焼き付けておきたい――世界中のアルゼンチン人が、そんな切実な想いで「ラストダンス」を待っていることが自ずと感じられた。

 対戦したベナン代表は、FIFAランキング93位という格下の相手。流暢なスペイン語を話すコートジボワール出身のDFモハメド・ティジャニが「メッシをマークするなんて不可能。試合を楽しみたい」と語った一方、GKマルセル・ダンジヌーはメッシに対する敬意を表しつつ「簡単には得点を許さない。我々は本気でプレーする」と宣言していた。

 コイントスの際、ベナン代表の主将セッシ・ダルメイダは、メッシに彫像をプレゼントした。かつてベナン南部に栄えたダホメ王国の女性戦士たちを讃える「アマゾン像」のレプリカで、同国の海岸都市コトヌーにそびえ立つ実物は高さ30mという巨大なモニュメントだ。勇敢さと不屈の精神の象徴とされる女性戦士の姿は、逆境に屈せず、最後まで戦い抜いたメッシの代表での歩みにも重なって見える。

 ダルメイダはチーム全員による温かい手書きの手紙も渡し、偉大なキャプテンへの深い敬愛の意を示したが、勝負に臨む姿勢は別物。実際、強気のベナンを相手に、アルゼンチンはいつものように試合を進めることができなかった。メッシにボールを集めようとするあまり、攻撃はどこかぎこちなく、決定的なチャンスを作りながらもゴールに至らない。前半は無得点のまま終わり、期待されたような華々しい幕開けにはならなかった。

 だが後半、試合の流れを変えたのはやはりメッシだった。コーナーキックからニコラス・オタメンディの先制点をお膳立てしたあと、ニコ・パスによる2点目もアシスト。68分にはPKを決め、拍手喝采とメッシ・コールが巻き起こる中、「ラストダンス」を自らの決勝点で飾ったのである。

ベナン戦のハイライト動画。2005年8月にデビューしたアルゼンチン代表で21年、いずれも歴代最多の通算208試合126得点68アシストを記録した

父のこと、仲間たちのこと、W杯のこと

……

残り:2,786文字/全文:4,700文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

Chizuru de Garcia

1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。

RANKING