REGULAR

人口5万人弱の街からセリエAの台風の目へ。フロジノーネを変えた「持続可能な経営」とアルビーニの攻撃哲学

2026.09.26

CALCIOおもてうら#76

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。 

今回は、セリエA第5節で昨季4位と躍進し今季はCLにも参戦するコモを2-0で下したフロジノーネ。人口5万人弱の小都市をホームタウンとするプロビンチャは、20年にわたって堅実な経営基盤を築きながら、今夏には外資を受け入れ、次なるステージへと踏み出した。クラブの成長を支えるのは、長期的な視点に立った経営戦略と、マンツーマンハイプレスから縦へと一気に加速するアルビーニ監督の攻撃的なフットボール。限られた資源をどう活かし、セリエA定着という壁に挑むのか。小さなクラブの現在地は、変わりゆくカルチョの姿を反映している。

コモ撃破で見えた、フロジノーネの「勇気」

 「次のフロジノーネ戦は、今シーズン最も難しい5試合のうちの1つになるだろう。全員が前へ前へと出てくるとても勇気あるチーム。彼らの試合を見るのはとても楽しかった。そこには監督の手腕がある。流動性が高いし、すごくポジティブなメンタリティを持っている。彼らに勝つためには今シーズン最高の試合をしなければならない」(セスク・ファブレガス/コモ監督)

 セスクがこう語ったのは、セリエA第5節フロジノーネ対コモの前日会見のこと。昨シーズン4位に入る大躍進を見せ、今シーズンもつい10日前のCLデビュー戦でライプツィヒを4-1と一蹴して、国内外から大きな注目を集める「時の人」が、セリエBから昇格したばかりの“弱小チーム”を評する言葉としては、やや社交辞令が過ぎるようにも聞こえたものだ。

 ところがこの試合、蓋を開けてみればフロジノーネがファブレガスの言葉通りのサッカーで互角以上に渡り合って2-0の完勝、コモに今シーズン初黒星をつける波乱を起こした。ボール支配率は35%ながら、ボールを奪うたびに前方のスペースに素早くパスをつないで一気に敵陣深くまで攻め入る場面を作り、シュート数(22対27)やゴール期待値(2.18XG対2.12XG)ではほぼ互角。コモが作り出した大きな決定機は、これがセリエAデビューシーズンとなる22歳の生え抜きGKロレンツォ・パルミサーニ(U-21イタリア代表)がスーパーセーブを連発してことごとく食い止めた。

コモ戦後にプレーヤーオブザマッチのトロフィーを手にするロレンツォ・パルミサーニ

 この勝利で開幕5試合の成績を3勝1分1敗(勝ち点10)としたフロジノーネは、他でもないコモ、そしてユベントスと肩を並べて6位タイに進出。4勝1敗(勝ち点12)で4位にいるカリアリと並んで、セリエA序盤戦最大のサプライズとなっている。順位的にはカリアリの方が上であるにもかかわらず、あえてフロジノーネを取り上げたくなるのは、クラブとしてもチームとしても、もっと注目されていいだけの戦略性と魅力を持っているからだ。

20年の安定を築いた、スティルペ会長の「サステナブル経営」

 フロジノーネはラツィオ州南部、ちょうどローマとナポリの中間あたりに位置する人口5万人弱の小都市。街としては、セリエC(3部リーグ)のクラブがあれば上出来、というくらいの規模である。実際フロジノーネも、20年前まではセリエBにすら上がったことがなかった。しかし、2003年に地元の実業家マウリツィオ・スティルペが当時セリエC2(4部リーグ)にいたクラブを買収すると、翌年にはセリエC1、その2年後にはセリエBに昇格、それから20年間、ただ一度のC降格(2011年)を除き、常にセリエBを主戦場として戦い続け、2015年、2018年、2023年、そして今シーズンと4度にわたってセリエA昇格を成し遂げている。

 過去3回はいずれも1シーズンで降格しているが、それでも数年で態勢を立て直してまた昇格してくるのは、クラブとしてきわめて強固な経営基盤、そしてそれを支える哲学と戦略を持っているがゆえ。その点では、成功の度合いでは及ばないにしても、同じ黄色をシンボルカラーとするスペインのビジャレアルを想起させるところもある。

 クラブの経営基盤を支えているのは、2003年以来会長を務めてきた68歳のマウリツィオ・スティルペ。自動車のバンパーやグリル、オートバイのカウリング、白物家電のボディなど大物パーツを製造するプラスティック加工メーカーを大きく成長させた二代目経営者で、「サステナビリティ」という言葉が流行するはるか以前から、常に目先の勝利以上に長期的な視点に立った「持続可能な」堅実経営を進めてきた。

 即戦力の補強に資金を投じるよりも育成部門を安定的に強化するという方針を早くから打ち出したのもその1つ。育成カテゴリーで2つのスクデットをもたらしたロベルト・ステッローネをトップチーム監督に内部昇格させ、生え抜きを主力とするチーム編成で2015年のセリエA初昇格につなげたのは、象徴的なエピソードだ。今シーズンのメンバーでも、前述のGKパルミサーニに加えて、積極的な攻撃参加を繰り返す左SBガブリエーレ・ブラカリアがアカデミー育ちの生え抜きである。

9月23日にフロジノーネから2029年夏までの契約更新が発表されたガブリエーレ・ブラカリア。2日前のコモ戦翌日にはロレンツォ・パルミサーニとの契約期間を2031年夏まで延長したこともクラブ公式SNSで発信されていた

 2017年には、1980年代に市営スタジアムとして建設が始まったものの途中で中断され、30年近く放置されてきた施設を市と共同で整備、わずか1年あまりで全周屋根付き、1万6000人収容の「スタディオ・ベニート・スティルペ」として完成させた。自前のスタジアム(所有者は市だが管理運営権は2061年までクラブが取得)としては、2012年に完成したユベントス・スタジアムに次いでイタリアで2番目、ウディネーゼやアタランタよりも早かった。

 2018年に2度目のA昇格を果たした時には、既存戦力主体のチーム構成でセリエAに歯が立たなかった前回の反省から、他チームの余剰戦力をかき集める典型的な昇格クラブの強化戦略でシーズンに臨んだものの、またも降格に終わり、しかも補強に資金を投じ過ぎた反動で財務的な困難に陥るというネガティブな経験もあった。だがその教訓を受けて、近年はトレーニング施設とアカデミーの充実、スタジアム付帯設備の拡大に重点的に資金を振り向け、セリエB降格がクラブの存続危機につながらない経済構造を確立することを最重要課題と位置づけてきた。

 ただし、人口5万人弱のホームタウンでは、マーケットの規模にどうしても限界がある。

……

残り:4,274文字/全文:7,067文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

RANKING

TAG