ビエルサ最後の会見に残る虚しさ。“TikTokのスワイプ文化がそのまま持ち込まれた”ウルグアイGS敗退の必然
【特集】北中米W杯注目国の敗因 #1
ウルグアイ代表(グループステージ敗退)
北中米W杯では数々の注目国が志半ばで大会を去った。勝敗を分けたのは、個の力か、戦術か、それともピッチ外の要因か。彼らの敗因は「世代交代」や「決定力不足」といったステレオタイプでは片づけられない。戦術の進化、過密日程、ルール変更、選手層、育成、チームマネジメント――その背景には、日本サッカーが学ぶべき課題も潜んでいる。本特集では各国の戦いを深掘りし、彼らがなぜ敗れたのかを検証する。
第1回は、サウジアラビア、カーボベルデ、スペインを相手に0勝2分1敗でまさかのグループH敗退となったウルグアイ代表について。1時間半に及ぶ帰国後の会見で、70歳のアルゼンチン人監督は何を語ったか。
ウルグアイには「私が知っていることに関心を持つ人はいない」
「私がウルグアイのサッカーに残したものは何もない」
6月30日、ウルグアイ代表監督として最後となる会見で、マルセロ・ビエルサはそう言い切った。
「自分が(サッカーについて)どれだけのことを知っているのかはわからない。でもこの3年間、私は知っていることのすべてをあらゆる組織や個人、専門家たちに惜しむことなく伝えてきた。それでも絶対的に確信しているのは、私が知っていることに関心を持つ人は(ウルグアイには)いない、ということだ。W杯予選を4位で通過し、コパ・アメリカ(2024年)を3位で終えても、具体的な成果が伴わなければ意味はない」
その言葉を聞いた瞬間、私はなんとも言えないやるせなさを覚えた。もしそれが事実だとしたら、私の期待は完全に的外れだったことになるからだ。
一昨年の3月、ウルグアイ代表が国際親善試合(対バスク選抜と対コートジボワール代表)に向けてトレーニングを行っていた際、公式SNSで1枚の写真が公開された。そこに写っていたのは、大きな作戦シートを何重にも貼り付けたボードを使って説明するビエルサ監督の話に、選手たちが熱心に聞き入る様子だった。投稿に添えられた言葉は“Escuchar, aplicar”(聞く、そして実行する)。私はそれを見た時、この選手たちの中から「ビエルサの教え子」として秀逸な指導者が続々と誕生する近未来を思い描き、アルゼンチンで起きたような現象がウルグアイでも起きるのではないかと胸を躍らせたのだ。
「私の知っていることに誰も関心を持たない」というビエルサの言葉が本当なら、選手たちはあれほど真剣な表情を見せただろうか。常に最近の会見ではうつむき加減で話すことが多かったビエルサが、この時だけは記者たちを前に大きく目を見開いて「それだけは絶対的に確信している」と断言する姿――それは私の目に、今回のW杯でのグループステージ(GS)敗退そのものよりも虚しく映った。
「2組に分ける練習をやめてほしい」「ミーティングを減らしてほしい」を承諾
会見は、ビエルサ自身による統括から始まった。質疑応答に入る前、彼は次のように語っている。
「私たちはサポーターを失望させてしまったと感じている。最終順位があのようなものになるとはまったく予想していなかった。これは到底受け入れ難い結果だ。今回起きたことに対する私の責任は非常に明白で、私はこの結果を正当化することはできない。もちろん、私もスタッフも、選手たちも全力を尽くしたが、不十分だった。ただはっきり言えるのは、たとえ私が別の選択をしていたとしても、それによって今回の結果を覆すことができたとは思わない、ということだ」
責任は負うが、自身の選択、決断に後悔はないことを明確に示すところが非常に彼らしい。さらにAUF(ウルグアイサッカー協会)が自分のために整えた環境が申し分なかったことや、W杯の前にウルグアイの人々から受けた温かい支援に対し、感謝の言葉を述べた。
就任当初からビエルサに対して冷ややかな視線を注いできた大手メディアの記者たちは、これが監督の言葉を聞く最後の機会とあって少しも容赦しない。最初に出た質問は、W杯期間中に飛び交った「選手たちがビエルサとの話し合いの場を設け、戦術を変えるように要求した」という噂の真偽を追及するものだった。そしてこれに対する答えが、大きな論議を巻き起こすこととなる。
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Profile
Chizuru de Garcia
1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。
