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確実に掴みつつある覚醒のきっかけ。サガン鳥栖・鈴木大馳が見据えるプロ2年目の大きな飛躍

2026.05.12

プロビンチャの息吹~サガンリポート~ 第27回

プロ2年目となるサガン鳥栖の19歳、鈴木大馳が飛躍の時を迎えている。まだ高校生だった2種登録時は、明確な結果で周囲からの注目を集めたものの、一転してルーキーイヤーは苦悩のシーズンに。今季も開幕から苦しい時間が続いていたが、ここに来てゴールを量産。間違いなくブレイクへの光が見えてきた。そんな期待のティーンエイジャーのいまを、杉山文宣が綴る。

2種登録時の躍動。ルーキーイヤーで直面したプロの厳しさ

 その殻にひび割れが見え始めた。サガン鳥栖の下部組織からの生え抜きストライカーとして大きな期待を背負う鈴木大馳が、プロ2年目のシーズンで飛躍を遂げようとしている。

 高校2年生だった23年シーズン、鈴木はトップチームに2種登録されると、ルヴァンカップグループステージ第6節・横浜F・マリノス戦に途中出場で初出場を果たし、初ゴールまで奪ってしまう離れ業を演じてみせた。16歳7ヶ月10日でのゴールは、久保建英の記録を塗り替えるカップ戦での最年少ゴール記録だった。

鈴木大馳(写真3枚目)

 鳥栖U-18では決して順風満帆ではなかったが、学年が進むにつれて存在感が増していくと、最終学年では絶対的なエースとしてチームをけん引。そんな鈴木は翌年も引き続き、2種登録され、トップチームに帯同する。

 シーズン終盤の第33節・FC東京戦でJ1リーグ戦初出場を果たすと、それから2試合後の第35節・FC町田ゼルビア戦ではJ1リーグ戦初ゴールも記録。J2への降格が決まった中で、希望の光として大きな輝きを放った。

 そして、迎えたプロとして最初のシーズン。「2ケタゴール」を目標として宣言したが、高卒ルーキーとはいえ、その達成が十分に可能であると思わせるだけの逸材は、目を輝かせながらシーズンをスタートさせた。しかし、待っていたのはプロの世界の厳しさだった。

 負傷もあって序盤で出遅れると、チームが当初の構想だった4バックから3バックへと変更。2トップから1トップへと形が変わったことで、枠が2から1に減少してしまう。チームとしても1トップにはフィジカル要素に優れた強さや、足元で収めるプレーが求められる中、しなやかさが持ち味の鈴木は求められる役割とキャラクターが合致せず。徐々にシャドーで起用されるようになっていった。

 しかし、鳥栖のシャドーは極端に低い位置に落ちてビルドアップに関与するタスクが求められる。これもまた鈴木の特長に一致しているとは言えず、プロ最初のシーズンは終わってみれば、リーグ戦22試合出場で2得点という結果に終わった。

プロ2年目。開幕からゴールが生まれない苦悩の日々

 鈴木の性格を表現するなら天衣無縫、天真爛漫、純粋無垢といった言葉になるだろう。周りに左右されないマイペースぶりは、周囲には逆に危機感のなさに映ってしまった面もあった。開幕当初に「2ケタゴール」を宣言していた鈴木だったが、シャドーでの起用があったとはいえ、シーズン途中には「ゴールに意識がのめり込み過ぎることはない」と発言するなど、そのベクトルが右に左に都度、変わってしまうような状況だった。

 下部組織の1年後輩の新川志音が2種登録され、トップチームで目覚ましい活躍を見せ、「大焦りです」と口にはしていたが、ピッチ上ではどうしてもその雰囲気が感じ切れなかった。

Photo: Yasunobu Sugiyama

 プロ2年目の今季も、沖縄キャンプではインフルエンザで途中離脱するなど、いきなりつまずいてしまう。何とか開幕には間に合わせたものの、開幕7試合を終えて無得点。続く第8節・ガイナーレ鳥取戦ではメンバー外となってしまった。

 それでも、FW陣にけが人が相次いだ影響もあって、その次の第9節・大分トリニータ戦で先発のメンバーに抜擢される。

……

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Profile

杉山 文宣

福岡県生まれ。大学卒業後、フリーランスとしての活動を開始。2008年からサッカー専門新聞『EL GOLAZO』でジェフ千葉、ジュビロ磐田、栃木SC、横浜FC、アビスパ福岡の担当を歴任し、現在はサガン鳥栖とV・ファーレン長崎を担当。Jリーグを中心に取材活動を行っている。

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