チェルシー新指揮官は史上最短任期「10分」監督の息子で『Sky Sports』の人気解説者。元上司ルーニーも太鼓判を押す風雲児、リアム・ロシーニアとは何者か?
電撃退任したエンツォ・マレスカの後任として、チェルシー新監督への抜擢が1月6日に発表されたリアム・ロシーニア。父親も元選手・指導者・解説者というサッカー一家に生まれ、EFLクラブの指揮官を歴任しながら新天地と同じくBlueCoの傘下にあるストラスブールで評価を確立した41歳の知られざるルーツとキャリアを、秋吉圭(EFLから見るフットボール)氏が紹介する。
「私の代わりにクラブを見てくれる人間が必要だ。君を信頼している。買い手が見つかるまで全体を監督してほしい。半年かもしれないし2週間かもしれない。どうだろう?」
万策尽きたといった様子で、マイク・ベイトソンは1人の友人の電話を鳴らした。彼の肩書きはリーグ2(4部)からナショナルリーグへの降格が決まったばかり、トーキー・ユナイテッドの会長である。
1990年に買収し、幾度となく迎えた苦難の中でもなんとかフットボールリーグにとどまり続けた16年間を経て、ベイトソンは2006年10月に後継となるコンソーシアムを見つけ出した。しかしスタジアム移転計画の発表、無謀な海外からの補強方針、そして何よりも約束された分割金払いの支払いが滞ったことによって、紆余曲折の末ベイトソンは翌年3月に再びトーキーの会長に引き戻された。
チームはもうどうしようもない状態で、契約選手はわずか4人。それでも何とか新たな売却先を見つけ、翌年に向けたスカッド構築に取り組まなければならない。2007年5月17日、藁をも縋る思いで彼が電話をかけた「友人」は、かつて2002年から2006年まで指揮を執ったクラブの功労者でもあった。
彼は即座に要請を受諾し、その日のうちに急遽記者会見まで開かれることになった。クラブハウスに記者が集められ、「新監督:ルロイ・ロゼニオール」の就任が発表された。そして即席での会見が終了した直後、ロゼニオールの電話が再び鳴った。
「マイクだ。ルロイ、信じられないだろうけど……クラブが売れたよ」
「冗談でしょ、マイク」
「本気も本気だ。コンソーシアムはTVで会見を見て、君を任命した私の本気度を悟り条件に合意してくれた。売却は成立した。ああ、それと彼らは自分たちの監督を連れてきたいそうだ」
今も、そしておそらくこれからも語り継がれるイングランドフットボール界の伝説的な記録、「プロクラブでの最短の監督任期:10分」が誕生した瞬間である。
FAカップ決勝も経験したが…指導者を目指して解説業へ遠回り
当時すでに『BBC』の解説者としても確固たるキャリアを築いていたルロイ・ロゼニオールにとって、翌日の同局の伝統的なコメディ番組『Have I Got News for You』でも取り上げられたこの出来事は、「間違いなくプラスに働いた」のだという。そもそもベイトソンに対する悪い感情もなく、時の人となったからかアフリカ・ネーションズカップの解説の仕事が新しく入りもした。この件をきっかけに彼はTV業界での仕事、そしてライフワークとしてきた反人種差別運動により本腰を入れられるようになり、のちの2018年にはその活動を讃えられ大英帝国勲章を受章している。
そんなルロイには2人の子どもがいた。彼は兄が生まれた1984年にはフルアム、弟が生まれた1986年にはQPRでプレーしていたことから、一家の週末のルーティーンは必然的にフットボールになっていく。
とりわけ熱烈な関心を示したのは、自身の名前を「ロゼニオール」と発音する父とは違い、「ロシーニア」と発音することを好む兄リアムだった。
実家に父の友人が集まってフットボール談義に花を咲かせる時、リアムはいつも寝たふりをして他の子どもたちから距離を取り、その会話を盗み聞きしていた。4歳の時に父が移籍したウェストハムではいつも試合前の更衣室に入れてもらい、試合の直前まで選手たちと一緒に遊んでもらった。
9歳の時には“キック・アンド・ラッシュ”の概念を浸透させたチャールズ・ヒューズの名著『FA Coaching Book of Soccer Tactics and Skills』 に熱中し(内容には賛同しかねたという)、のちに小学校のチームで選手兼任監督となり練習から自身の哲学を植えつけた。アカデミー時代を過ごしたブリストル・シティでもいつもコーチ陣に対し戦術的な質問をぶつけ、とにかくわからないことを一つひとつ解決しようとした。
様々な指導者に出会い、プレミアリーグでプレーし、FAカップ決勝(ハル・シティ時代の2014年)のピッチに立つ幸運にも恵まれた現役生活は16年間にも及んだ。しかし彼にとってはその期間さえ、幼き頃からの夢だった指導者キャリアへの下積みに過ぎなかった。2018年夏、未練の欠片も残さず、彼は34歳の若さで現役を退いた。
現役最後のクラブとなったブライトンは彼の夢をサポートするため、すぐにU-23チームのアシスタントマネージャー職を与えた。同僚だったポール・ウィンスタンリー、サム・ジュエルといった現チェルシーの元ブライトン派閥と出会ったのもこの時期だ(またローレンス・スチュワートともハルでの現役時代にすでに出会っている)。
そして同時並行で、ロシーニアはもう1つの戦略的なキャリア選択に打って出る。『Coaches’ Voice』(2024年7月)での彼の言葉を引用する。
「ずっと監督になりたいとは思っていたが、輝かしい選手キャリアという土台が自分にないことはわかっていた。プレミアリーグでプレーしたが、トップレベルの代表選手ではなかった。だから自分なりの方法で自分の価値を示す必要があった。そこで『Sky Sports』で試合分析をするTVの仕事を始めたのだ」
今や当たり前となったタッチスクリーンでのスタジオ解説で、彼は『Sky』の中継のレベルを瞬く間に1段、2段と引き上げた。プレミアリーグの中継には同じくその先駆者であるジェイミー・キャラガーとギャリー・ネビルがいたため、彼の出番は主にEFLだった。当時チャンピオンシップで旋風を巻き起こしていたマルセロ・ビエルサのリーズなどに向けられた彼の鋭い観察眼は、元来戦術を語る文化がそこまでない「フットボールの母国」の視聴者たちを釘づけにした。
コクー、ルーニーとの出会い。「ウェインとの経験がなければ…」
新進気鋭の解説者として一躍話題の的となった彼に、すぐさま大きなチャンスが訪れる。翌2019年夏、TV中継での彼の語り口に注目したダービーのオーナー(当時)、メル・モリスがファーストチームでのコーチ職を与えた。
当時ダービーで監督を務めていたのはフィリップ・コクーだった。あの「プライム・バルセロナ」で300試合以上に出場したコクーの下での日々は、幼少期からバルサを研究し尽くしていたロシーニアにとって夢のような機会だった。自身のコーチングチームを引き連れてきていたコクーは時にオランダ語で会議を始めてしまいロシーニアに不快な思いをさせることもあったが、ボール扱いに大きな比重を置く「非イングランド流」のトレーニングは大きな財産になったという。
そんなコクー体制は、ダービーにとっての終焉の始まりでもあった。
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Profile
秋吉 圭(EFLから見るフットボール)
1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72
