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「謙さんも『亮太ならやってくれるんじゃないか』と思ってくれているはず」という信頼と献身。ブラウブリッツ秋田・中村亮太が吉田謙監督と結ぶ9年目の絆

2026.02.26

【特集】愛弟子が語る監督論#4

複数のクラブで同じ監督の下でプレーする選手がいる。俗に「愛弟子」と呼ばれる存在だ。なぜ彼らは、指導者が変わってもその背中を追い続けるのか。そして、なぜ監督は彼らを再び必要とするのか。本特集では、愛弟子だからこそ見えた別角度から、指導者という仕事の本質に迫る。

第4回は、ブラウブリッツ秋田の中村亮太が登場。2016年からの2シーズンはアスルクラロ沼津で、2020年からはブラウブリッツ秋田で、情熱の指揮官・吉田謙監督の元でプレーしてきた、まさに“愛弟子”と言って差し支えないベテランが、タッグを組んで9年目を迎える“恩師”と結んだ絆を振り返りつつ、知られざる素顔もあぶり出す。

「本当に指導が好きな熱血教師」のような恩師との出会い

――中村選手と吉田監督が初めて一緒のチームになったのは、2016年のアスルクラロ沼津時代だと思います。それぞれ24歳と45歳だったということですが、吉田監督の第一印象から教えてください。

 「熱量のある人だなと思いましたね。今でこそ有名になりましたけど、そのころは知る人ぞ知る監督という感じで、僕自身にもそこまで情報がなかった中で、本当に指導が好きな熱血教師というイメージでした。当時は口数も多くなかったですし、僕もあまり自分からグイグイ話しに行く感じでもなかったので、今では冗談とかふざけたことを言っても笑ってくれるんですけど(笑)、最初はちょっと堅い感じだったと思います。

 ただ、やっぱり一言一言に重みがありますし、間を空ける話し方をするところも昔から一緒で、凄く自分の信念を持っている方なので、そこには引き寄せられますし、付いていきたいなと思わせてくれる人柄は、昔も今も変わらないですね。

 サッカー的な部分では、そもそも僕自身が決して上手い選手ではないですし、どちらかと言うと走力とか、がむしゃらさやひたむきさで勝負してきたので、謙さんのスタイルに合うなと感じました。だからこそ、ここまで一緒にやれているのかなと思います。

 沼津時代は僕もサッカーをしながら働いていたので、練習が終わったらすぐに帰らないと仕事に間に合わないような環境でしたし、秋田に来てからの方がたくさん話すようになって、よりコミュニケーションが取れるようになったのかなと思います」

――今おっしゃられたように、当時の沼津は中村選手と同様に働きながらサッカーをしている選手が多かったと思うのですが、そういう環境だからこそ吉田監督の指導やサッカーとの向き合い方が、より刺さったようなところもあったのでしょうか?

 「そうですね。それこそ働きながらサッカーをやる泥臭さやひたむきさという気持ちを掻き立ててくれるというか、『プロ契約をしているヤツらに負けたくないだろ』みたいなことを言ってくれました。

 当時の沼津は9割近い選手が働いていましたし、プロ契約をしていた青木翔大(現・ザスパ群馬)もサッカースクールに積極的に行くような、天狗にならないような選手だったので、みんなハングリーさを持っていた中で、働いていることを良い方向に持って行ってくれるのが謙さんでした。

 今でも秋田は茶髪禁止なんですけど、沼津時代もそこは一緒で、現代は多様性の時代ではあると思うんですけど、そもそも社会人として働くに当たって、金髪や茶髪では認めてもらえないですし、チャラチャラした選手が好きじゃないところはあると思います。

 今回のキャンプ中も、スタジアムの方を使える時は室内に控え室があって、そこでミーティングをやっているんですけど、補助競技場を使う時は倉庫に椅子を並べてミーティングするんですね。その時は『こっちの方が落ち着くし、昔を思い出しますね』みたいな話も2人でしたりするので、もともと根底にあるひたむきさや真面目さは謙さんらしいなと思いますし、それがサッカーにも現れているところがいいなと思います」

秋田の中で自分が果たすべき“通訳”的な役割

――沼津で一緒に過ごした2年間と今のブラウブリッツ秋田を比較してみて、サッカーのスタイル的な共通点と相違点を教えてください。

 「沼津の時はよりシンプルだったというか、それこそ縦に速く蹴って、僕が裏を取ってという感じでしたけど、年々秋田にも上手い選手が入ってきているので、今はいろいろなものが肉付けされている印象です。

 正直、沼津時代は練習の時間もそんなにないので、そこまでいろいろ落とし込めない部分もあったと思いますし、今以上にシンプルに、がむしゃらに、ひたむきにという感じでしたけど、それが一番効率良く勝ちに繋がるとも思っていました。

 秋田でも根本的な部分の縦に速くとか、球際、セカンド回収、走力というベースはあるんですけど、押し込んだ時にどう戦うかというところでは、今年の開幕戦も湘南に勝てたのは、しっかり繋ぐところは繋いでいたからですし、相手を崩す攻撃のバリエーションには年々磨きが掛かっているのかなと思うので、謙さんと一緒にやるのは9年目ですけど、いわゆる“サッカーらしさ”もだいぶ出てきているのかなと思います。

中村亮太(Photo: ©BLAUBLITZ AKITA)

 ただ、サッカーのスタイルとして、1人がサボってしまうと崩壊してしまうというか、前線からプレスを掛けて、フォワードでもペナルティエリアまで戻って守備をするというのは、ずっとやっていることで、外国人選手がいないのはそういう部分もあるのかなと。

 謙さんはよく『信念は理屈を覆す』と言いますし、フォワードにも『5度追い、6度追いしろ』と言うんですけど、フォワードからしてみても『絶対取れないだろ』と思うような、頭で考えたら絶対に無理だと思う場面でも、信念を持って5度追い、6度追いすることで、相手に生まれたわずかな歪みが、最終的にボールを奪うきっかけになるんです」

――それは興味深いお話ですね。

 「やっぱりレベルが上がれば上がるほど、戦術理解度の高い選手も増える分、『こんなの、追っても無理だろ』と諦めてしまうような新加入の選手に対しては、謙さんが言うより、僕とかが少し噛み砕いて、それをやることの意味を伝えていますね。

 秋田は毎年長い期間のキャンプを行うので、そこでの落とし込みやすさもありますし、朝昼晩と一緒に食事もしている分、謙さんが目指すサッカーを体現できるような環境になっているなと。ゆっくり時間があるこのキャンプ自体も、謙さんのサッカーと合っているなということも年々感じています。

 実際に選手のレベルも上がっているので、練習もインテンシティが高くなってきていますし、日々の4対4や5対5はかなり激しいバトルを繰り広げるので、練習生が来た時になかなか付いていけないというか、僕らは普通にやっているつもりでもへとへとになっていたりするので、謙さんが“当たり前の基準”を上げてくれているんですよね。

Photo: ©BLAUBLITZ AKITA

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Profile

土屋 雅史

1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!

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