REGULAR

先手必勝の機先取り。覚醒した川崎F・伊藤達哉のプレーは宮本武蔵の兵法と同じ原理

2025.12.20

清水英斗の「語りたくなるワンプレー」#3

ピッチ上の22人が複雑に絡み合うサッカーというスポーツは、一歩立ち位置が違うだけでバタフライエフェクトのようにその後の展開が大きく変わってくる。戻るのか・戻らないのか、走り込むのか・とどまるのか……一見何気ない選択の裏には数多くのドラマが眠っている。清水英斗が思わず語りたくなるワンプレーを掘り下げる。

第3回は、J1第37節川崎F対広島の前半12分、伊藤達哉のスーパーゴール。大剣豪・宮本武蔵の「相手を知り、その意を察知した上で、枕を押さえる」という極意に通じる、覚醒した川崎のアタッカーの凄みを考察してみたい。

『五輪書』の極意=「枕を押さえる」とは?

 「あっ、ドリ……(ズバッ!)」

 「えっ! シュ………(スパーン!)」

 お前はもう……抜かれている。

 「ドリ…」と認識した瞬間にはもう、先にいる。「シュ…」と認識した瞬間にはもう、打たれている。相手の機先を制する、疾風がごとき初速。DFやGKはその残影を追い、ひでぶと膝から崩れ落ちるしかない。

 J1第37節の川崎F対広島、前半12分のことだった。

 伊藤達哉は右サイドでボールを受けると、ドリブルでペナルティエリアへ迫った。左右にフェイクを入れ、最後はカットインしたが、相手も手練れ。佐々木翔の残り足はわずかにボールに触れ、コースを狂わされた。

 ところが、その佐々木をハンドオフして鋭くボールを追うと、斜め後ろへの体勢から腰の回転を使い、カバーに入った田中聡よりも一瞬早くシュートを打つ。体重を乗せない、クイックモーション。足は添えるだけ。

 無鉄砲に力任せで打っていれば、モーションが大きくなって田中のカバーに遭ったはず。逆に賢い選手なら、無理をせず味方へつなぐことを考えたかもしれない。

 しかし、彼はどちらでもなかった。この状況、この体勢からシュートが枠に飛んでくるなど、誰も想像しなかったのだろう。みんなが息を吸い、空気が緩んだ刹那。名手の大迫敬介も虚を突かれてタイミングが合わず、跳びつけなかった。

 まるで色が反転し、伊藤以外の動きが止まったかのような世界だった。その時、その場は彼に支配されていた。束ねた髪型のせいか、時折、彼が居合の達人のように見える。

……

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Profile

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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