トップ下のヤマルに感じた「個>戦術」の胎動。マンマーク・ハイプレスを外せる新世代アタッカーたち
新・戦術リストランテ VOL.96
footballista創刊時から続く名物連載がWEBへ移籍。マエストロ・西部謙司が、国内外の注目チームの戦術的な隠し味、ビッグマッチの駆け引きを味わい尽くす試合解説をわかりやすくお届け!
第96回は、3-5という派手な撃ち合いの末にベティスを下したバルセロナ。この試合の大きなトピックは、不動の右ウイングのヤマルをトップ下で起用したことだろう。ヤマルは中央で「かなり良い」パフォーマンスを見せたが、同時に感じたのはマンマーク・ハイプレスを外す力の可能性だ。今はヤマルのようなタレントは例外かもしれないが、やがて数が増えていけば再びパラダイムシフトが起こるのかもしれない。
スペインメディアは絶賛も、現状は「凄い」ではなく「良い」
リーガ第15節、バルセロナはアウェイのベティス戦に3-5と快勝。この試合、ヤマルがいつもの右ウイングではなくトップ下でプレーしていました。
サイドから中央へというコンバートはよく行われています。
古くはリーベルで右ウイングとしてデビューしたディ・ステファノのCFへのコンバート。マンチェスター・ユナイテッドのレジェンド、ボビー・チャールトンも左ウイングでデビューしています。クリスティアーノ・ロナウドも左ウイングでしたが、現在はすっかりCFです。バルセロナではメッシがそうですね。ウイングでデビューしてCFへ。ルイス・スアレスが来てウイングへ戻っていますが、偽9番で偽7番ですからプレーエリアは中央寄りでした。
10代でウイングとしてキャリアを始めた後、CFやMFに転身するのはわりと王道と言えるかもしれません。スピードとドリブルのスキルに優れた選手が、少し経験を積んで中央でゲームを作る役割を任されるパターン。もともとそっちの方にも適性があったケースがほとんどと思いますが、とりあえずサイドで好きなように暴れさせておいてから中央へ移動ということなのでしょう。
ベティス戦のヤマルは85回のボールタッチ、パス成功率93%、2回のシュートブロック、3回のボール奪取と上々の出来。フリック監督も「ファンタスティック」と評価しています。監督の話では「練習でもやったことがなかった」そうです。チームとして新しいオプションを試したかったようで、ヤマル本人も意欲的だったとか。
スペインのメディアでも絶賛されていますが、個人的には正直そこまで凄かったとは思いません。これから凄くなるのかもしれませんが、ヤマルのトップ下が定着するかどうかはまだわからない気がしました。
ヤマルは身長180センチでリーチも長く、ボールを動かす幅の大きいタイプ。小さく動かすのも上手いですが、ダイナミックに幅を使った方が相手には脅威でしょう。つまりスペースがあった方が活きるのでウイングが最適なのですが、最近はマークも厳しくなり、むしろサイドだとスペースが限定されて窮屈になっていました。
今回、中央に場所を移したことで幅のあるボールタッチやドリブルを発揮しやすかったですね。特にカウンターへの移行において、相手のプレッシャーを外してスルーパスを送るプレーが効果的でした。
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Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。
