「“前を見てプレーしろ”の意味を、今ならば教えられる」いわき躍進を支えた一人、渡邉匠という熱量
いわきグローイングストーリー第14回
Jリーグの新興クラブ、いわきFCの成長が目覚ましい。矜持とする“魂の息吹くフットボール”が選手やクラブを成長させ、情熱的に地域をも巻き込んでいくホットな今を、若きライター柿崎優成が体当たりで伝える。
第14回は、今季のいわきの躍進を陰で支えた一人、渡邉匠ヘッドコーチにフォーカスする。地元出身者でもある渡邉匠の熱を帯びた指導術、そしていわきへの思いとは。
チーム躍進を支えた入念なる個別指導
若手の飛躍はコーチ陣のサポートなくして成立しない。20代前半を中心とするチームの構成でJ2を1年戦うのは至難の業だ。それでも上手くいくのは、クラブの哲学の浸透、己と向き合いながら練習と試合のサイクルを通してレベルアップしようとする意欲、そして、それを支えるコーチングスタッフの熱量が合致しているからだ。
田村雄三監督の右腕として今シーズンからヘッドコーチを務める渡邉匠ヘッドコーチ。17年に現役を引退した翌年の18年からいわきFCに関わり、同年は強化・スカウト本部スタッフ、19年と20年はアカデミーダイレクター、21年からトップチームのコーチとして現場で携わっている。
「選手を上手くすることや伸ばすことの個別対応はコーチの仕事です。個人にフォーカスすることで監督の提示するサッカーを選手に理解させる。それが自分の大きな役割です」
昨年までは試合に出ていない選手のサポートに回ることが多く、試合日の午前中に彼らにトレーニングを実施し、午後から公式戦のベンチに座ることもあった。今年からヘッドコーチに昇格したことで田村監督とのコミュニケーションはより緊密になった。
「監督の言いたいことや求めることをだいたい理解できるようになりました。去年と今年とでは目指すサッカーも異なるので、その指導にズレが生じないように確認する作業が序盤の時期は多かった。まずは自分がサッカーを理解していないと選手にアプローチできないので、チームのことをメインに取り組みました」

チーム躍進の陰に渡邉コーチの働きかけがあったのは間違いない。
渡邉コーチが選手たちのレベルアップにより心血を注ぐようになったのは春以降のこと。主な工程としては、まず課題を洗い出し、プレーについて意見交換をする。プレーの映像を見せて、どう修正するべきか渡邉コーチから意見を出して、選手の話しも聞きながらプレーを整理する。次は、試合を想定した実践形式のなかで場面を切り取った練習に移行する。そうすることで選手に課題を克服させて、徐々に個人戦術の質が高まり、チーム戦術のレベルアップへとつなげた。石田侑資や五十嵐聖己、柴田壮介などは個別トレーニングからレベルアップに励んだ。
「いわきFCには“魂の息吹くフットボール”という哲学があるように、ストレングスもスプリントも高みを目指して頑張る土壌がある。その中で、如何にサッカーの質を高めていくか。ポイントを整理して提示することを心がけています」
現役時代の自分は「分かっていなかった」からこそ
選手ととことん向き合い、レベルアップのためのトレーニングに情熱を注ぐ。そのヒントは自身の現役時代の苦労から来ている。
「言われたことに対してチャレンジし、そのときになぜ失敗したのか、分かったつもりでいても、実際は分かっていなかったと思うことがありました。例えば、『前を見てプレーしろ』と言われてプレーするけれど、前の何を見たら良いのか、何をいつ見たら良いのか。自分ではやっているつもりでも周りの人からしたら『見ていない』と思われている。そんな悩みがありました。サイドチェンジの練習をするにしても、ただロングフィードを蹴っているだけで、状況を想定したトレーニングをしていなかった。常に状況を意識させてトレーニングするようにしています」
今では科学的なアプローチが当たり前になり、また、選手自身もサッカーを豊富に手段を持っており、「昔と違って今は情報共有ソフトも開発されているし、映像を見せて会話をすることで選手が考えていることがかなり見えてくる。だから選手の思いが深いところで聞けるし、アプローチもしやすくなり、建設的な話ができる」と現代のメリットを有効活用している。
プレーヤーからコーチに立場が変わったことで一番に変わったことは、サッカーを深く知ることだった。
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Profile
柿崎 優成
1996年11月29日生まれ。サッカーの出会いは2005年ドイツW杯最終予選ホーム北朝鮮戦。試合終了間際に得点した大黒将志に目を奪われて当時大阪在住だったことからガンバ大阪のサポーターになる。2022年からサッカー専門新聞エル・ゴラッソいわきFCの番記者になって未来の名プレーヤーの成長を見届けている。
