セリエA首位に立ったガスペリーニのローマ。「基準点」ラニエーリの下で中長期的プロジェクトが噛み合う
CALCIOおもてうら#57
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、12年ぶりにセリエA単独首位に立ったガスペリーニのローマ。単に短期的な好調というわけではなく、クラブの体制含めてがっちり噛み合って良いサイクルが回り始めている。その背景を解説してもらおう。
先週末のセリエA第12節、ミラノダービーで敗れたインテルが首位から4位に滑り落ちた一方で、同勝ち点で2位につけていたローマはクレモネーゼを敵地で1-3と一蹴、ルディ・ガルシア監督時代の13-14シーズン以来、12年ぶりに単独首位の座に立った。
「1年前のカオス」から劇的に状況が好転
ローマといえば、ちょうど1年前の今頃には、ダニエレ・デ・ロッシ監督早期解任、リナ・スルークCEO辞任という騒動を経て、後任のイバン・ユリッチ体制下で2桁順位に転落するという大混迷に陥っていたものだった。アメリカ人オーナーのフリードキン家、クラブの経営をあずかるマネジメント(実質的には空洞化していた)、監督、チーム/選手という4者それぞれがバラバラな方向を向いて収拾がつかない状況だったと言ってもいい。
それから1年、ジャン・ピエロ・ガスペリーニを監督に迎えた現在のローマは、その4者すべてのベクトルが1つに揃い、強いシナジーを作り出しながら前進しているように見える。ここに至る劇的な変化のきっかけをもたらしたのは、昨年11月にユリッチ解任の後を受け、隠居の身から引っ張り出される形で「愛するローマを救う」ため監督の座についた73歳のクラウディオ・ラニエーリだった。
「ローマから呼ばれたら私はイエスと答えなければならない。なぜ戻ってきたのか? それはローマだからだ。他のクラブだったら間違いなく断っていた」
そのラニエーリは、それこそギリシャ悲劇における「デウス・エクス・マキナ」よろしく、ローマが当時抱えていたあらゆる問題を解決してチームを5位にまで引き上げる。シーズン終了後は、就任時の合意に沿って監督の座を退き、後任監督選びからチーム強化までスポーツ部門全体に発言権を持つオーナー家の顧問(シニアアドバイザー)に就任した。そうして選ばれたのがガスペリーニ、そしてやはり新任の強化責任者フレデリック・マッサーラSD。事実上の統括責任者であるラニエーリの下、チームを率いるガスペリーニの意向を汲む形で複数年にわたる中長期的なプロジェクトを立ち上げ、クラブ全体が一丸となってそれを支え進める体制が固まったことが、この躍進の土台となっていることは間違いない。
CL出場権を目指して7億ユーロの投資。しかし…
米テキサス州を拠点に全米3位のトヨタディーラーチェーンを展開するフリードキン家は、同じアメリカ人のジェームス・パロッタからクラブの経営権を約2億ユーロで買い取った2020年以来、現在までの5年間で総額7億ユーロを超える巨額の資金をローマに投下してきた。その一部は長期債務の軽減に向けられたが、大半はチーム強化をはじめとする運転資金に費やされている。その目的は、欧州トップクラブに成長する足がかりとなるCL出場権を1年でも早く手に入れること。CLが保証してくれるステータス、そして年間1億ユーロ規模の収入は、セリエA、そしてヨーロッパの舞台で競争力を維持していくためには不可欠だ。
しかしフリードキン家がそのための切り札として2021年に招聘したジョゼ・モウリーニョは、就任1年目にカンファレンスリーグを制してサポーターの熱狂的な支持を獲得し、2年目にもEL決勝にローマを導いたものの、セリエAではその2年ともCLに手が届かない6位止まり。そして契約最終年となった勝負の3年目(23-24)には、シーズンの折り返し点を過ぎた時点で欧州カップ圏外に留まり、途中解任という結末を迎えてしまう。その後任に迎えたデ・ロッシと、シーズン終了を前に3年契約を結び直したにもかかわらず、続く昨シーズン開幕からわずか4試合で解任し、そこから冒頭で触れたカオスに突入していったというのが1年前までの経緯だった。
その間のローマは、オリンピアコスやECA(欧州クラブ連合)での仕事で国際的な評価を得ていたスルークをCEOに招くことで、イタリアのローカルクラブから脱皮して国際的な人気を集めるクラブへの成長を目指してきた。しかし、財務から強化まですべてを直接コントロール下に収めようとするスルークの強権的なマネジメント手法はカルチョの現実とかみ合わず、クラブ幹部の相次ぐ退職、強化戦略の一貫性欠如といった軋轢も生み出した。モウリーニョ解任に始まり、チアゴ・ピントSD辞任、フロラン・ギソルフィSD招聘、デ・ロッシ解任、スルーク辞任と、マネジメントから強化、そしてチームの現場まで責任者が次々と入れ替わり、戦略レベルはもちろん日常業務レベルですら一貫性と継続性が維持できなくなった2024年は、国際化路線が決定的に破綻した年だったと言えるだろう。
「基準点」ラニエーリの登場でクラブが一つになる
そこに「救世主」としてやって来る半月ほど前、引退した元監督としてローマの混迷についてコメントを求められたラニエーリは、こんな発言をしていた。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
