セリエAで最も先進的。セスクのコモが追求する「GKを組み込んだ2つのビルドアップ・プラン」の意図
【特集】25-26欧州サッカーのNEXT戦術トレンド#3
5レーンを埋める攻撃は5バックで、立ち位置を変えるビルドアップは前線からのマンツーマンプレスで封じる。逆に、相手のハイプレスを誘引して背後を狙う攻撃もすっかりお馴染みの形となった。ポジショナルプレーを起点にした「対策」と「その対策」はすでに一巡した感があり、戦術トレンドは1つの転換点を迎えている。この後に続くのは個への回帰なのか、セットプレー研究の発展なのか、それとも……。25-26欧州サッカーで進化への壁を乗り越えようとしている「NEXT」の芽を探ってみたい。
第3回は、セリエAで最も「NEXT」を感じさせるセスク・ファブレガス率いるコモ。30歳のフランス人GKジャン・ビュテスを抜擢し、GKを組み込んだビルドアップを追求、さらには2つのビルドアップ・プランを用意するなど「対策の対策」も日々ブラッシュアップしている。
今シーズンのセリエAは、インテル、ローマ、ミラン、ナポリ、ユベントスというビッグクラブ勢がわずか数ポイントの間に固まって首位争いを展開する、非常にスリリングな展開になっている。ただ、戦術的な観点から見ると、新しいトレンドを予感させるような試みには乏しい。上に挙げた5チームがいずれも、人に基準点を強く置いた守備を基本とする3バックのシステムを採用しているのは象徴的だ。
ジャン・ピエロ・ガスペリーニ(ローマ)やマッシミリアーノ・アレグリ(ミラン)はチームが変わっても戦術的なアプローチに変化はないし、クリスティアン・キブ(インテル)は前任のシモーネ・インザーギから引き継いだ枠組みを維持しつつ、非保持局面でチームの重心を上げて能動的なボール奪取への意識を高めたくらい。アントニオ・コンテ(ナポリ)はケビン・デ・ブルイネ加入に合わせた調整の途上で、当のデ・ブルイネが故障離脱して困難に直面している。ユベントスの監督にシーズン途中就任したルチャーノ・スパレッティは、トゥーン・コープマイナースのサイドCB起用という新機軸を打ち出したものの、その成否が見えてくるのはまだこれから。
これらビッグクラブは、経営上の生命線であるCL出場権確保(4位以内)という絶対目標に縛られる形で、何よりも目先の結果に優先順位を置かざるを得ない状況に立っている。それゆえ、時間をかけて新たな戦術的試みをチームに根づかせていくというアプローチは取りにくい。さらに、イタリアにおいては「目先の結果」を追求する上で最も理にかなっていると考えられているのは、得点を挙げることではなく失点を抑制することだ。今シーズンのセリエAにロースコアゲームが異常に多い理由の一端もそこにあるのではないかという気がする。
平凡なキャリアだったGKビュテス抜擢の背景にある哲学
そんな中にあって、より能動的/積極的/攻撃的なフィロソフィを確信を持って打ち出し、内容・結果ともに説得力のある戦いを展開しているのが、ビンチェンツォ・イタリアーノ監督2年目のボローニャ、そしてとりわけセスク・ファブレガス率いるコモである。いずれも基本システムは[4-2-3-1]。ともにアグレッシブなハイプレスを特徴とするが、ボール保持時に関しては比較的トランジション志向の強いボローニャ、ポゼッションを重視するコモという違いがある。
第11節時点のセリエAで、最も「ネクスト戦術トレンド」を感じさせるのは、やはりコモだ。プレス強度の指標であるPPDA(守備アクション1回あたりに許したパス本数)でリーグトップの数字を叩き出す一方で、ボール支配率59.9%もインテル(60.1%)にわずかに届かないもののリーグ2位。攻守両局面で常に主導権を握り、ゲームを支配して戦うという指揮官セスクの哲学が、ピッチ上に色濃く反映されている。
中でも戦術的な観点から最も注目すべきは、GKを積極的に組み込んだビルドアップの質の高さだろう。GKが文字通り「11人目のフィールドプレーヤー」として機能しているだけでなく、そのプレーの質もMF並みで、「最後尾のレジスタ」と呼ぶにふさわしい。さらに、そのビルドアップのメカニズムも、相手のプレスに応じて複数のパターンを使い分ける非常に興味深いものだ。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
