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フリック・バルセロナのハイライン戦術は「現代サッカーへの奇襲」。だが、“魔法”は解けつつある

2025.11.21

【特集】25-26欧州サッカーのNEXT戦術トレンド#1

5レーンを埋める攻撃は5バックで、立ち位置を変えるビルドアップは前線からのマンツーマンプレスで封じる。逆に、相手のハイプレスを誘引して背後を狙う攻撃もすっかりお馴染みの形となった。ポジショナルプレーを起点にした「対策」と「その対策」はすでに一巡した感があり、戦術トレンドは1つの転換点を迎えている。この後に続くのは個への回帰なのか、セットプレー研究の発展なのか、それとも……。25-26欧州サッカーで進化への壁を乗り越えようとしている「NEXT」の芽を探ってみたい。

第1回は、異質なハイライン戦術で24-25シーズンを席巻したハンジ・フリック監督が率いるバルセロナのその後。極端なハイライン戦術にはどのような効果があり、果たして“魔法”の効果はどこまで続くのかを考察してみたい。

2つの目玉は「独特なプレッシング」と「ハイライン」

 ハンジ・フリック監督に率いられた昨季のバルセロナは、破竹の勢いで突き進んだ。リーガ奪還、コパ・デルレイ制覇、CLこそ準決勝でインテルの神通力に屈する形となったが、文句なしの結果と言えるだろう。就任初年度でここまでの結果を残した監督は、ペップ・グアルディオラかルイス・エンリケ以来ではないだろうか。

 彼らと比べられても不思議ではない結果を残したフリック監督のバルセロナの目玉の1つは、ハイラインだ。

 ウイングのラミン・ヤマルとラフィーニャが(対面するSBではなく)相手のCBにプレッシングをかける独特なプレッシングの形と、極端なハイラインはシーズンのどこかで修正が入ると予想していた。しかし、素晴らしい結果とともにシーズンを走り抜けると、前者は多少の修正が入りながらも、ハイラインは今季も継続する形になっている。

 多くのチームに再現性を持って崩されることもあるバルセロナのハイラインだが、フリックの心は砕けないようだった。ハイラインという戦術が悪ではなく、ハイラインを機能させられない状況が良くないと考えているのかもしれない。

 ハイライン戦術をやめることで、連続性を伴ったプレッシングを行う必要がなくなることを嫌がっているのかもしれない。さらに言えば、ハイラインをやめて、インテンシティの低下を自ら受け入れることがチームの崩壊につながると考えている可能性もある。

 現在、バルセロナのハイラインには懐疑的な目を向けられている。ラフィーニャ離脱によるプレッシングのインテンシティの低下とイニゴ・マルティネス移籍によるDFラインのコントロールが不安定になったと様々な場所で叫ばれている。

 そんなバルセロナのハイラインについてみんなで考えていきたい。

そもそも、なぜハイラインにするのか?

 ハイラインの目的はピッチサイズを狭くすることができる点にある。

 オフサイドのルールを利用すれば105メートル×68メートルのピッチの縦幅を実質的に狭くすることが可能で、相手に狭くなったプレーエリアを解決しなければならない状況を押しつけることができる。ピッチが狭い中でのプレーは時間とスペースを得ることが困難になるだろう。

 現代サッカーを眺めてみると、ビルドアップ対ハイプレッシングのマンマーク合戦は実質的にハーフコートで行われている。ピッチが狭ければ、プレッシング側に優位であることは言うまでもないだろう。プレーエリアが狭ければ、相手のボールを奪いに行くアプローチは速くなり、相手にパスに合わせて連続性を持って次の選手がプレッシングをかけ続けることが可能になる。

 ほぼ全員が相手陣地にいるので、ビルドアップをマンマークで止める最近の流行によって、多くのチームがハイラインを実行していることとなる。ボール保持側が「前線がDFと同数ならば蹴る」の原則通りに振る舞えば、味方CBは同数の状況で自陣に広いエリアを残しながらの対応を強いられることになる。ゆえに、広いエリアでの1対1で簡単に負けないCBたちが現代サッカーではその価値を高めてきている。

 ハイプレッシングのそもそもの目的は、相手にボールを手放させることだ。ボールを奪ってのショートカウンターを目的とするハイプレッシングもあるが、相手に蹴られてしまえば「奪う」のは難しくなる。ビルドアップミスが痛恨の失点につながるサッカーにおいて、ハイプレッシングをそのまま受け入れるチームはビルドアップで失点をしない自信があるチームとビルドアップとともに生きていいく覚悟を決めたチームくらいだろう。

 もちろん、高い位置でボールを奪ってのショートカウンターにつなげられれば御の字だが、本来のハイプレッシングの目的は相手にボールを蹴らせてのボール保持の回復にある。狭くなった中盤にボールを強引に前進させてくれれば、罠にはまったようなものだろう。フィジカルで理不尽にどうこうするタイプではないペドリとフレンキー・デ・ヨンクのコンビでも守備が機能する理由は、このピッチを狭くするバルセロナの設定にある。

……

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Profile

らいかーると

昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。

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