トゥドル解任の背景にあるユベントスの構造的問題。「英米型のフットボール部門+ゲームモデル不在」がもたらす深刻な齟齬
CALCIOおもてうら#55
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、イーゴル・トゥドルの解任劇の背景にあるユベントスの構造的問題について。ダミアン・コモリGDの下で進められている英米型のフットボール部門への組織改編とピッチ上のゲームモデル不在が噛み合わさり、深刻な齟齬が起こっている。
ユベントスは10月30日、3日前に解任したイーゴル・トゥドル前監督の後任として、6月までイタリア代表を率いていたルチャーノ・スパレッティの就任を発表した。
契約期間は来年6月30日までの8カ月で、CL出場権を確保した場合にはクラブ側に延長オプションがつくと伝えられている。これは昨シーズン終盤の3月にチアゴ・モッタを解任してトゥドルを招聘した時と類似した内容。新指揮官に全幅の信頼を寄せて迎え入れるというよりは、クラブにとってシーズンの最低目標であり死活問題でもあるCL出場権確保という目先の結果を最優先し、その後の中期的な構想と戦略はシーズン終了後にあらためて考える、というスタンスである(スパレッティ自身がそれを望んだ可能性もあるが、本稿執筆時点では不明)。
「つなぎ」だったトゥドルを続投させた事情
ピッチ上の結果を見る限り、トゥドルの解任はやむを得ない決断のようにも見える。開幕から3連勝したまでは良かったが、そこからはセリエAとCLを合わせて5引き分けの後3連敗で1カ月以上勝ち星から遠ざかり、しかも直近4試合は無得点。試合ごとにシステムとメンバーが変わり、チームとしての明確なアイデンティティを確立できないまま混迷に陥っている印象だった。
ただ、ここ何年かを通したユベントスの歩みを振り返ると、チームがこのような状況に陥った責任はトゥドル(だけ)にあるのか、監督の首をすげ替えれば事態は好転するのか、という問いが立ち上がってくることも確かだ。そしてその問いに対して「イエス」と答えることは難しい。
今シーズンのチーム構築自体、戦略的にも実際のオペレーションとしても矛盾に満ちたものだった。トゥドルは本来、昨シーズン終盤その後のクラブW杯までの「つなぎ」という位置づけだった。3月に結ばれた最初の契約は、CL出場権を確保した場合は自動的に1年延長されるが、その場合もクラブ側には7月30日まで(つまりクラブW杯終了後)に契約を解消できるという付帯条項つき。つまり、今シーズンに向けては、トゥドルの仕事によほどの説得力がない限り、新監督を迎えて中期的なビジョンと戦略の下でスタートすることが想定されていたわけだ。
しかし、チアゴ・モッタ解任とトゥドル招聘の責任者であるクリスティアーノ・ジュントリFD(フットボールダイレクター)がシーズン終了後に解任され、その後任に招聘されたダミアン・コモリGD(ゼネラルダイレクター)は、その新監督候補だったアントニオ・コンテとジャン・ピエロ・ガスペリーニの招聘に失敗。「やむなく」という形でトゥドルの続投を決め、契約を2027年まで延長(プラス1年のオプションつき)して今シーズンの準備を進めることになった。
しかしコモリが、トゥドルをプロジェクトの中核に据えて中期的な強化ビジョンと戦略を立て、それに基づいて一貫性のあるチーム構築を進めたかとなると、そこには明らかな疑問符がつく。トゥドルが近年ベローナ、マルセイユ、ラツィオで打ち出してきた戦術は、ガスペリーニの影響を強く受けた、アグレッシブなハイプレスからの素早いトランジションを基盤に据えた高インテンシティのスタイルが基本。しかし、9月のインテル戦での4-3、続くCLドルトムント戦の4-4が示すように、積極的に前に出る能動的な守備は効果的に機能せず、トゥドルはそれ以降、チームの重心を下げて攻守のバランスを確保した上で攻撃を機能させる道を探るようになった。だがそこから始まったのは迷走でしかなかった。
その迷走の中で、オペンダ、ジョアン・マリオ、ジェグロバといった新戦力をほとんど起用しなかったという事実、彼らを起用してその価値を高めるというミッションを軽視したトゥドルに対してコモリが不満を抱いていたという報道を見ても、強化のビジョンと戦略、そしてチーム構築において、フロント(コモリ)と現場(トゥドル)の間に当初から齟齬があったことは明らかだ。トゥドルは与えられた環境の中でベストを尽くしたが、続投に至った経緯とその後の処遇を見るにつけても、今シーズンはフロント側が設定した出発点そのものに問題があったと言わざるを得ない。監督人事の迷走、ゲームモデルとスカッド構成のミスマッチ、困難に陥った指揮官へのサポート不足――。
属人型から英米型へ。コモリ主導の「フットボール部門の組織改編」
そもそも、ユベントスにとってジュントリの解任とコモリの招聘は、単なる強化責任者の交代に留まらず、フットボール部門全体の組織体制そのものの抜本的な改革を意味している。それは、コモリ就任に伴って進められているフットボール部門の組織改編を見れば明らかだ。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
