クラブを愛する番記者が伝えたい!なぜ、水戸のJ1昇格争いは「奇跡」なのか?
水戸ホーリーホック昇竜伝#1
J2の中でも少ないクラブ予算ながら一歩一歩積み上げてきた水戸ホーリーホックは、エンブレムにも刻まれている水戸藩の家紋「三つ葉葵」を囲む竜のようにJ1の舞台へ昇ろうと夢見ている。困難な挑戦に立ち向かうピッチ内外の舞台裏を、クラブを愛する番記者・佐藤拓也が描き出す。
第1回は、連載を始めるにあたって西村卓朗GMが「今年、水戸が昇格したら、本当の奇跡なんですよ」と語った背景について伝えたい。
J2に参入してから26年目のシーズンを迎えているリーグ最古参。1得点差に泣いて、J1昇格プレーオフ進出を逃して7位に終わった19年が過去最高の成績であり、それ以外のシーズンは上位に食い込むことはなく、中位から下位で終えるシーズンを過ごしてきた。
その水戸が、リーグ戦の3分の2が終了した時点で首位に立っている。
リーグ売上高平均の「60%」という意味
これはJ2というリーグの歴史上、“事件”と言えるほどの出来事である。
「地方の規模の小さいクラブや組織でもこれだけできるんだということを証明したい」
西村卓朗GMはリーグ終盤に向けて、そう意気込みを口にし、こう続けた。
「今年、水戸が昇格したら、本当の奇跡なんですよ」
そして、過去のデータを挙げた。
99年に設立されたJ2リーグの歴史上、リーグ平均年間売上以下の経営規模で昇格したのは4クラブのみだという。特に強いインパクトを残したのは05年の甲府だろう。それまで経営難に苦しんできた甲府が経営を立て直し、大木武監督のもと、攻撃的なサッカーで快進撃を続けて、J1・J2入れ替え戦で柏を下してJ1昇格を決めた。当時の甲府の年間売上は約6億7千万円。昨季の水戸の年間売り上げの約半分の数字である。しかし、当時のリーグ平均年間売上は8億8千万円であり、平均の約75%での快挙であった。その他の昇格した3クラブも平均の75%~93%という売上でJ2リーグを勝ち抜いた。
今季のJ2の平均売上が22億円を見込まれている中、水戸の年間売上は約13億円が予定されている。それはリーグ平均の約60%の数字であり、今季、水戸が昇格を決めた場合、割合的には過去最少の数字を記録することとなる。昨季昇格した清水の年間売上は50億円、横浜FCは33億円、岡山は20億円である。そして、今季は昨季の年間売上48億円の磐田や32億円の千葉、27億円の徳島、25億円の仙台、23億円の長崎といったチームと昇格を争っている。そうした状況で昇格を成し遂げることは、西村GMが言うように「奇跡」と言えるだろう。
そこに「水戸が昇格に向けて戦う意味や目的がある」と西村GMは言い切る。
「世の中的には高い目標に向かって挑戦することに対して、『やっても無駄だよ』『こんなものだよ』といった冷めた風潮が強くなっているように感じています。だからこそ、『やれば報われる』とか、『不可能はない』というメッセージを発していきたいんです。それがスポーツの価値だと私は思うんです。そこに我々が昇格する意義や意味合い、目的があると考えています。だからこそ、選手たちには『奇跡を起こせることの証明をしよう』と話しています。我々だけでなく、地域の方々にも広がって、その思いがリーグ終盤の我々の大きな力になればいいと思っています」
「育成の水戸」+「ハングリーさ」の化学反応
ただ、ここまでの足跡は決して「奇跡」なんかではない。
97年に責任企業を持たない市民クラブとして立ち上がった水戸は、00年にJ2に参入してから何度も存続の危機に直面してきた。かろうじて苦難を乗り越えてはきたものの、リーグ最低レベルの資金力で運営する状況は変わることなく、それゆえ、活躍した選手は他クラブに引き抜かれ、翌年はまた一からのチーム作りを余儀なくされるシーズンを繰り返してきた。
18年から6年間で年間売上を倍増させるなど、経営の安定を図ることはできたものの、全体が上がっているため、資金力はリーグ下位の状況が続いた。その状況下で群雄割拠のJ2リーグをたくましく戦いながら、上を目指すためにも、他のクラブとは異なるブランディングをすることが必要だった。そこで力を入れたのが「育成」だった。
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Profile
佐藤 拓也
1977年生まれ。神奈川県出身茨城県在住のフリーライター。04年から水戸ホーリーホックを取材し続けている。『エル・ゴラッソ』で水戸を担当し、有料webサイト『デイリーホーリーホック』でメインライターを務める。
