なぜアタランタは強気に出られるのか?ルックマンの「ゴリ押し」も通用しない「停滞のメルカート」を読む
CALCIOおもてうら#50
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、例年よりも景気が悪い「停滞のメルカート(移籍市場)」について。昨夏から続くアデモラ・ルックマンの「ゴリ押し」にも動じず、インテルのオファーを跳ねのけたアタランタの強気な姿勢から浮かび上がる、所属クラブ、選手、移籍先クラブの人間くさい駆け引きとは?
先週末にプレミアリーグとラ・リーガ、リーグ1が開幕、今週末にはセリエAとブンデスリーガもそれに続いて、欧州サッカーの2025-26シーズンが本格的にスタートする。
とは言っても、夏の移籍ウィンドウはまだ続いており、5大リーグはそろって9月1日が移籍期限となっている。時刻もグリニッジ標準時で18時(英国夏時間19時、欧州中央夏時間20時)で統一されたため、少なくとも選手獲得・登録に関してはようやく横並びになった。
プレミアリーグは例年通り大型移籍で盛り上がっているが、セリエAの「カルチョメルカート」は、そのドタバタぶりこそ恒例とはいえ、全体的にはかなり景気が悪い。ひとことで言うならば「停滞のメルカート」ということになるだろうか。
最も大きな話題を呼んだ新戦力は、34歳のケビン・デ・ブルイネ(マンチェスター・シティ→ナポリ)と39歳のルカ・モドリッチ(レアル・マドリー→ミラン)。さらにエディン・ジェコ(フェネルバフチェ→フィオレンティーナ)、チーロ・インモービレ(ベシクタシュ→ボローニャ)と、ベテランの「出戻り」も目立つ。
最も市場評価額の高い新戦力はジョナサン・デイビッド(リール→ユベントス)の4500万ユーロだが、契約満了によるフリートランスファーなのでカネは動いていない。最も高い移籍金が発生したのはアルドン・ヤシャリ(クルブ・ブルッヘ→ミラン)の3600万ユーロ。それに続くのはサム・ベウケマ(ボローニャ→ナポリ)の3100万ユーロで、3000万ユーロ以上のディールはそれだけだ。
一方では、昨シーズンの得点王マテオ・レテギ(アタランタ)が6800万ユーロで、テオ・エルナンデス(ミラン)が2500万ユーロでサウジアラビアに移籍したのを筆頭に、ティジャニ・ラインダース(ミラン→マンチェスター・シティ)、ジョバンニ・レオーニ(パルマ→リバプール)、ダン・エンドイェ(ボローニャ→ノッティンガム・フォレスト)、マリック・チャウ(ミラン→ニューカッスル)の4人がプレミアリーグへ、さらにジャコモ・ラスパドーリ(←ナポリ)、マッテオ・ルッジェーリ(←アタランタ)がともにアトレティコ・マドリーへと流出した。いずれもこれからキャリアのピークを迎えようというタレントばかりである。
「停滞のメルカート」と呼びたくなるのは、キャリア末期のベテランの流入と中堅以下のタレントの流出だけが理由ではない。むしろ、ビッグクラブの多くが、狙ったターゲットの獲得失敗や交渉停滞、余剰戦力の売却が進まないなど、大小の困難に直面しており、陣容が整った状態で開幕を迎えるチームは皆無に等しいことの方が大きい。どのクラブも、重要な補強ポイントにどこかしら穴が開いたままで開幕戦に臨もうとしている。
移籍したい選手の意思を盾に取るオファーの是非
まあ、最後の1週間に駆け込み補強が相次ぐのはカルチョメルカートの風物詩といえばそれはそうなのだが、今夏は例年以上に多くのビッグクラブがそれに巻き込まれそうな気配である。
例えばユベントスは、契約が残り1年となったCFドゥシャン・ブラホビッチの去就が定まらず、新戦力デイビッドとポジションを分け合う2人目のCFが決まらない。昨冬レンタルしてクラブW杯後、パリSGに返却したランダル・コロ・ムアニの獲得交渉を進めているが、ブラホビッチまで残ることになったら戦力過剰、人件費も過大になってしまうので、宙ぶらりんの状態が続いている。
早くから積極的な補強を進めたミランも、最優先の補強ポイントであるCFだけは、ブラホビッチ、ラスムス・ホイルンド(マンチェスター・ユナイテッド)という候補のいずれとも条件面で折り合いがつかず、1カ月以上ひきずった末に、ここに来て突然ビクター・ボニフェイス(レバークーゼン)の獲得に動くという展開になっている。
インテルも、世代交代が急務と言われながら、動きは小幅。補強の目玉になるはずだったアデモラ・ルックマン(アタランタ)は、交渉が進まないのに業を煮やした選手本人がプレシーズンキャンプをサボタージュするという大騒ぎを含め、1カ月以上にわたって綱引きが続いた末、アタランタの頑強な抵抗に遭って獲得を断念するという結末に終わった。そのために確保されていた予算は、強化プランを見直す形でフィジカルなセントラルMFアンディ・ディウフ(←RCランス)の獲得に振り向けられている。クラブW杯後に補強したのは、今のところ控えCFのアンジェ・ヨアン・ボニー(←パルマ)だけだ。
こうした「停滞」の原因は、クラブと選手の思惑がミスマッチしていること。最も典型的なケースは、選手が移籍を望み、獲得したいクラブと条件面で合意しているけれど、そこが提示する条件が所属クラブの要求と折り合わないというもの。選手は移籍の成立を今か今かと待ち焦がれているけれど、獲得したいクラブはその選手の意思を盾に取って強気の(つまり相場を下回る)オファーに出て、それを所属クラブが受け入れないため話がまとまらないという展開である。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
