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「ディアラ判決」のその後。“一方的な契約解除可能”は移籍市場を変えたのか?

2025.07.28

CALCIOおもてうら#48

イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。 

今回は、「ディアラ判決」のその後について。昨年10月に欧州司法裁判所が、「選手側からの一方的な契約解除」に制約を加えているFIFA移籍ルールの一部を違法とする「ディアラ判決」を下してから半年あまり。現在開かれている今夏の移籍ウィンドウは、この判決が現行の移籍システムにどのような影響をもたらし得るのかを実際に検証する初めての機会だった。

注目された「一方的な契約解除」は今のところない

 判決が出た直後に当連載コラムで掘り下げて解説した通り、「ディアラ判決」は、あるクラブと契約下にある選手が、他クラブへの移籍を前提として、所属クラブに対して「一方的な契約解除」を行い、現在の移籍システムに織り込まれている高額な移籍金よりもずっと少ない「違約金」(理論上は残余契約分の給与総額が妥当とされる)で移籍する可能性を開く内容になっている。

 したがって、その最初の機会である今夏、果たしてこの「一方的な契約解除」による移籍を実際に行う選手が現れるのか、そうなった時にどのような事態が生じるのかは、「ディアラ判決」によって現行の移籍システムがどう変わっていくのかを見極める上で重要なテストケースになると見られてきた。

 実際、EU法に基づく移籍の自由を推進する立場にある国際サッカー選手組合(FIFPRO)欧州支部は、昨シーズンが終了を迎えつつあった5月22日、「ディアラ判決は選手にとって何を意味するのか?」 、さらに6月9日にも「ディアラ判決を受けて何が起こるのか?」という2本のニュース記事をオフィシャルサイト上で配信して、「一方的な契約解除」が選手の「権利」であり、EU法で認められた「労働と移動の自由」にあたることを改めて確認、これが『ザ・サン』から『カルチョ&フィナンツァ』まで、各国のメディアに取り上げられて注目を集めた。

 しかし、それから1カ月あまりを経た現在も、「ディアラ判決」を盾に取って正当な理由のない「一方的な契約解除」に踏み切ろうという選手、それを利用して移籍金相場よりもずっと低い金額で選手を獲得しようというクラブは、そのハードルが大きく下がったにもかかわらず、まったく現れていない。肝心のテストケースが発生しない以上、移籍市場は実質的にこれまでと何も変わらない状態が続いていくしかないという状況である。

「常識」が変わるのは、さらなる法廷闘争の後?

 これについてFIFPROのアレックス・フィリップス事務局長は、さる7月9日付の『フィナンシャル・タイムズ』に掲載されたサイモン・クーパーによるインタビューで、次のようにコメントしている。

 「私は、ディアラ判決は今後実際に現場で試され、法的な訴訟が起こるだろうと見ています。制度が適応していくには時間がかかるでしょう。ただ、ディアラ判決にはより大きな含意があるのです。それは、FIFAやUEFAが単独で物事を決める時代が終わりつつあるということです。我々は、選手とクラブ、そして統括団体がともに交渉する『団体交渉』の時代に向かっています。それはすべてを変えることになるでしょう」

……

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Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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