実質的な「トレード」でありながら、バルセロナとユベントスの双方に帳簿上で大きな売却益を生んだとされるアルトゥールとピャニッチの「等価交換移籍」。財政難に苦しむ両クラブが手を出した「錬金術」は実際のところ、どのように計上されるのだろうか?その仕組みについて、会計からサッカーを読み解く会計見習い氏が解説する。
7月29日、バルセロナとユベントスがアルトゥールとピャニッチのトレードを発表した。公式発表によると、アルトゥールの移籍金は7200万ユーロ+1000万ユーロのボーナス、ピャニッチの移籍金は6000万ユーロ+500万ユーロのボーナスとのことだ。バルセロナが「新たなシャビ」と称され、チームの未来を担う存在となりつつあった当時23歳のアルトゥールを放出し、代わりに30代へと突入したベテランの司令塔ピャニッチを獲得したトレードは、多くのサッカーファンに衝撃を与えた。
一見奇妙なこの取引は、なぜ成立したのだろうか。答えを考える上で注目に値するのが両クラブの財政事情だ。本記事では、移籍に関する会計処理の基礎を解説し、経営成績からこの取引を読み解いていく。
サッカー会計の仕組み①「資産と収益」
サッカークラブにとどまらず、企業の経営や財政を知る手がかりとなるのが財務諸表だ。財務諸表とは通常1年間における企業の経営成績や財政状況を記した書類で、簿記に基づいて作成される。理解にはある程度の会計知識を要するので、財務諸表上の数字を取り扱う前に、移籍に関する会計知識を説明する。
最初に取り上げるのは「資産」と「収益」という概念だ。両者を簡単に定義すると次の通りだ。資産とは、企業に収益をもたらす経済的価値のことで、現金や建物などが該当する。一方、収益とは取引による資産の増加を表す。財務諸表のうち、資産は貸借対照表、収益は損益計算書という書類に計上される。
具体例を挙げて説明しよう。
ある企業Aが自社工場を企業Bに1000万円で売却したとする。工場が企業Aの営業活動に直接関連すると仮定すれば、企業Aにとって工場は資産に該当する。この時、その資産の価値は企業Aの貸借対照表に簿価(帳簿価格)という尺度で計上される。
工場の簿価を700万円とすれば、企業Aは700万円の資産を手放す代わりに1000万円を手に入れたことになる。取引の結果、企業Aの総資産は300万円増加する。ゆえに、300万円を収益として計上できる。逆に簿価を1200万円とすると、この取引で企業Aの総資産は200万円減少する。この資産の減少は「費用」と呼ばれる。収益と同様、費用は損益計算書に計上される。
一方、購入した側の企業Bは、取得金額1000万円で工場を計上する。企業Bの視点では、収益も費用も発生しない。
こうして資産と収益の話に触れたのは、サッカークラブの移籍会計でも同様の会計処理を行うからだ。サッカークラブは選手を資産として会計処理するため、移籍金が発生する取引の場合、放出側のクラブは選手の簿価と移籍金の差額を収益または費用として計上する。
一方、獲得側のクラブは移籍金の金額で選手を資産として計上する。資産としての選手は、「選手登録権」と正確には呼ばれる。なお、資産として計上するまでに移籍金が発生しない下部組織出身やフリー移籍の選手には選手登録権が存在しない。
サッカー会計の仕組み②「減価償却」
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会計見習い
ベンゲル時代のアーセナルを応援していく中で、サッカークラブの経営や財政に関心を持つ。クラブの財務諸表をながめて、移籍市場での動きを予想するのが空いた時間の楽しみ。趣味は海外サッカー&F1観戦。好きなクラブはアーセナル&ローマ。好きなリーグ&代表はポルトガル。ブログ『サッカーと会計のおはなし』で財務諸表の分析を中心とした記事を投稿中。Twitterアカウント:@kaikeiminarai
