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「乃木坂はトータルフットボール」採用とアイドルに戦ピリが応用できる理由

2020.10.20

面白法人カヤック人事部・みよしこういちインタビュー前編

ポルト大学のビトール・フラーデが提唱し、名将ジョゼ・モウリーニョが実践したことで欧州中に広まった「戦術的ピリオダイゼーション」。このサッカーのトレーニング理論を、スポーツとビジネスの垣根を越えて応用しようと試みているのが、「いちゲー採用」「エゴサーチ採用」などユニークな企画を続けるIT企業、面白法人カヤックだ。新たな採用戦略を手掛ける人事部のみよしこういち氏に、ビジネスから見る戦ピリの可能性を聞いた。

「バズる」企画は時代遅れ?


――まずは自己紹介をお願いします。

 「面白法人カヤックというWEB広告やゲームを制作している会社の人事部で働いています。主に新卒採用の担当をしています。最近はカヤックの採用ブランドや組織文化を育むための制度設計もしています。あと、『いちゲー採用』『エゴサーチ採用』というSNSやテレビで取り上げられるような採用を企画するのも僕の仕事です」


――「いちゲー採用」「エゴサーチ採用」というのは、それぞれどのような採用企画でしょうか?

 「いちゲー採用は、『ゲームって何の役に立つの?』という空気があったりするのですが、『いやいや熱中してやってたんならすごいことでしょ!』『就活に使える武器でしょ!』というメッセージを伝えたくて、2017年から実施しています。ゲームに関する情報で応募できるのが特徴で、WBSなどの番組にも取り上げられました。

 エゴサーチ採用は、履歴書の代わりに自分のことを検索した時に一番上に出てくるワードで応募できる採用です。普段からWEBで情報発信をしている人たちにとっては、エゴサーチの結果が活動履歴であり、その人のことがよく伝わる方法だと思って、2015年に始めました」


――そうした採用企画を行われる中で、なぜ戦術的ピリオダイゼーションに目を着けられたのでしょうか?

 「前提として、うちの会社が『面白法人』という名前をつけている背景に、法人というのは人格、つまり会社も人間なんだという考え方があって。だからアイデンティティを持たせたいということで面白法人と名乗っています。ユニークなものを作ったり、その過程も楽しもう、そういう生き様があるので、採用戦略も制度設計も面白法人としてユニークなアイディアでなければならないんです」

面白法人カヤック代表取締役CEOを務める柳澤大輔氏のインタビュー動画


――ユニークな採用企画をされてきた背景にはそうした企業理念があるんですね。

 「一般的には母集団形成と言って、説明会を開催したり学生と交流する機会を設けるんですけど、僕はこの2、3年で一回も説明会をやっていなくて(苦笑)。基本的には、メディアで話題になるような採用企画をやり続けてきました。SNSやニュースでカヤックのことを取り上げてもらうことで、カヤックに興味を持ってもらう機会を増やして応募してもらう。いわゆる『バズる』のが採用戦略の中心でした。それが面白法人の理念にも通じるからです。ただ、それを10年くらい継続してきて限界を迎えつつあるのが現状ですね」


――なぜ、難しくなったのでしょう?

 「特にTwitterでは毎日のように、有名人から一般人まで10万いいね!や10万リツイートがつくような投稿がありますよね。その中で僕らが一つバズる企画を出しても、すぐに忘れられてしまう。そういう悩みを抱えていて、採用戦略を見直していたんです。そんな時に出会ったのが戦ピリでした。林舞輝さんの『「サッカー」とは何か』、山口遼さんの『最先端トレーニングの教科書』、わっきーさんの『実践的ゲームモデルの作り方』を読んで勉強しましたね」


――ユニークな採用企画では「再現性」が高くなく、その傾向が時代とともに顕著になってきたと。そうした課題を解決する上で、戦ピリからどのようなヒントを得たのでしょうか?

 「例えば、アスレチックスのGM、ビリー・ビーンが作った『マネーボール』という理論があるんですね。それは野球を『27個のアウトを取られるまでは終わらない競技』と再定義していたんですけど、戦ピリもサッカーを再定義している。ただ、マネーボールのように『90分間でより多く得点を奪ったチームが勝つ』とサッカーを解釈するのではなく、『意思決定のゲーム』と定義していたので、『その切り口があったか!意思決定基準をそろえればいいのか!』と思って。もちろん採用も『一定期間内に○人を集める』というKGI(Key Goal Indicator/定量目標)があるんですけど、その人数だけ取れればいいという話ではないんですよね」


――企業の組織文化と合っている人材や必要なスキルを持っている人材を採用できないと意味がないですからね。

 「例えばうちの会社の場合、新卒だと毎年1000人以上の応募が来るんですけど、みんな考え方も性格も違うじゃないですか。そうすると一人ひとり面接の対応が変わりますよね。そこで面接の基準が人によって違うとさらに複雑になってしまう」


――先ほどの例でいうと、組織文化との相性を重視する面接官もいれば、スキルの高さを重視する面接官もいるという話ですね。

 「さらに、一次面接や二次面接など、採用には様々な部門の多くのメンバーが関わるので、向かうべき方向をそろえないと、いい面接対応をできたかどうかがわからない。サッカーも同じで、いい走りやいいパスと言われても何がいいかは状況によって変わるじゃないですか。だからマニュアル化ではない形で、一つひとつ異なる状況でもチームとして状況把握と意思決定基準を統一できる戦ピリが使えるんじゃないかと。戦ピリは採用以外にも、様々な分野で応用できる可能性があると思います」

戦ピリはアイドルにも応用できる!?


――具体的に、どの分野でも応用できる可能性があるのでしょうか?

 「アイドルですね。僕はアイドルからヒントを得て人事戦略を考えるのでアイドルの喩えになっちゃうんですが、欅坂46と乃木坂46というアイドルグループがありますよね。彼女たちは大島司先生が描いたサッカー漫画、『シュート!』でいうキングダムサッカーとトータルフットボールだと思ったんですよ。『欅坂46はキングダムサッカーで、乃木坂46はトータルフットボール』なんです!」


――まさかアイドルの話になるとは思っていませんでした(笑)。簡単に説明すると、キングダムサッカーは1人の王様を中心にするサッカーで、トータルフットボールは全員で攻撃や守備をするサッカーですよね。

 「そうそう、欅坂46は平手友梨奈さんをセンターとしていたグループです。楽曲の選択や曲の振り付けまで考えていたという話もあるくらいで、彼女の考えを他のメンバーも表現している。サッカーだとしたら、平手さんが攻撃の要を担っているイメージです。だからキングダムサッカー。一方、乃木坂46の場合は一応センターがいるけども、センター・フロントライン含め、曲ごとに入れ替えながらやっているイメージが強い。だから、トータルフットボールの思想に近いと思っています」


――ただ、欅坂46は平手さんが抜けてしまったんですよね。

 「今の意味でのセンターという概念が使われはじめたのはAKB48からだと思うんですが、そんな中で、平手友梨奈というファンタジスタを中心にパフォーマンスを『作る』という新しいアイドルグループ像を欅坂46は作ってくれました。ただ、結成5年で改名するという道を選びましたね。誤解が生まれると困るので、そのあたりは割愛しますが、安定したブランドイメージを作るには属人的ではない違う形を目指さないといけない。それは、他のグループでも同じことが言えますけど」

当時14歳の平手友梨奈が最年少センターを務めた欅坂46のデビュー曲『サイレントマジョリティー』


――その一例が乃木坂46だということですね。

 「そうですね。乃木坂46は初期のメンバーが卒業していく中で、人気を保ちつつスムーズにメンバーの入れ替わりができているグループだと思います。育成やフォーメーションなどいろいろな要因があると考えていますね。そのあたりはエクセルでいろいろまとめているのですが、話が逸れてしまうのでまたの機会ということで(笑)」

3、4期生の新世代も活躍を見せている乃木坂46


――でも、サッカーのトレンドにも通じる話かもしれません。例えば昔は、マラドーナのようなトップ下の選手が攻撃のタスクをすべて担っていて、1人で組み立てからフィニッシュまでやってしまうキングダムサッカーが多かったんですけど、その選手がケガしたりマークされると攻撃が機能しないという課題があった。だからトップ下のタスクをチームで共有していく流れが生まれて、その一つが全員で攻撃を作るトータルフットボールへの回帰だったんですね。そこに戦ピリが入ってきて意思決定を統一できるようになったので、現代のサッカーではトップ下のようなポジションではなくシチュエーションでタスクが決まっています。

 「そういう意味ではK-POPが最新のサッカートレンドに一番近いかもしれないです。K-POPのアイドルグループにも一応センターはいるんですけど、曲中に真ん中の人がどんどん入れ替わって、それぞれが注目してもらえるフォーメーションになっているように見えます。誰か1人や数人を推し出すのではなく、全員が回るようになっている。その理由としては、もちろんグループの人数が日本よりも少ないという要因もあると思いますが、昔で言えば少女時代なんかが如実ですけど、アジアや世界を狙っているからでしょうね。例えば日本で売れる子と、韓国で売れる子、中国で売れる子は違うんですよ。誰か1人だけを推してしまうと、日本、韓国、中国でMVをすべて変えなければいけなくなる。そういうマーケティング戦略が背景にあるんじゃないでしょうか。アイドルはあらゆるファン、僕たちの場合はあらゆる就活生や求職者に対して安定したブランディングを行う上でも、戦ピリが役に立つと考えています」

少女時代の大ヒット曲『MR.TAXI』


――サッカーにおけるポジションのように、センターという概念そのものがなくなりつつあると。アイドルとサッカーの共通点については、また別の機会で詳しくお話をうかがいたいですね。ここからは話を戻して、どのように戦ピリを採用戦略に応用していったかを聞ければと思います。

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Photo: Getty Images

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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