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がん闘病中のユ・サンチョル。現地記者が綴る英雄へのエール

2019.12.02

去る11月、ステージ4のすい臓がんを患っていることを明かした元韓国代表MFユ・サンチョル。現役時代には横浜F・マリノスや柏レイソルでもプレーし、現在は仁川ユナイテッドを指揮している往年の名MFによる衝撃の告白は日本でも大きく報じられたが、韓国ではどのように受け止められているのか。現地で長く取材活動を続けてきたキム・ドンヒョン氏が時系列を追いながら、「英雄」へのあふれる想いを綴った。

1カ月前からあった「違和感」

 秋が深まる10月19日、私はKリーグ1第34節城南対仁川の取材へ向かっていた。Kリーグ1では、同節から所属する12チームが第33節時点の上位6チームと下位6チームに分かれ、各6チームが総当たりで戦うプレーオフに突入。5試合が残る中、勝ち点1を獲得すれば残留が決まる城南に対し、熾烈な残留争いに巻き込まれている仁川には絶対に勝ち点3が必要だった。

 他のリーグではあまり見られない習慣かもしれないが、Kリーグでは試合開始前に監督と記者の垣根を越えてお互いに交流する場が設けられている。この貴重な時間では、その日の先発メンバーや戦術、プライベートの話まで多岐にわたる情報が飛び交う。私たちにとってはお馴染みの「事前会見」だ。

 この日もその会見が行われたが、いつも通りの光景にどこか違和感があった。というのも、1カ月ぶりに握手をしたユ・サンチョル監督の顔が真っ青だったからだ。目も充血しており、体格も以前とは別人のように痩せ細っていた。残留争いを強いられているストレスのせいかもしれない。そんな考えも頭をよぎったが、たった1カ月でこんなにも変わるはずがない。思わず「監督、体調は大丈夫ですか?」と聞いてしまったが、「ストレスを感じていないわけではありませんが、大丈夫ですよ。試合に集中して勝つだけです」という言葉とともに青白い微笑みが返ってきただけだった。本人がそう言うのであれば大丈夫なのだろう。そう自分に言い聞かせて会見を後にした。

 試合は、城南が何度も相手ゴールを脅かす一方的な展開。攻勢を見せるホームチームがネットを揺らすことなく前半が終了すると、後半に入って仁川が反撃に転じる。74分に放った唯一の枠内シュートがゴールに突き刺さり、残留に近づく大きな勝ち点3を手にした。

試合後、アウェイの地に駆けつけたファンと勝利を喜ぶユ・サンチョル

チームの涙が「確信」に

 ところが試合終了の笛が鳴ると、ピッチが異様な雰囲気に包まれた。なんと、勝利した仁川の選手たちが人目をはばからずに号泣し始めたのだ。ピッチの脇に目を向けると、仁川のイ・チョンス強化部長まで涙を拭っている。残留が決まったわけでもないのに、何が起こっているのだろう。この謎を解くためにミックスゾーンへ向かったが、選手たちは口を閉ざして通り過ぎてゆく。いつもは快く取材に応じてくれる仁川MFキム・ホナムも「のちにわかると思います」と一言だけ残して去っていった。一体何が起こっているのだろうか。

 試合後の記者会見に出席したユ監督は「昨日(10月18日)は私の誕生日でしたから、選手たちが一つとなって私に勝利をプレゼントしてくれたのでしょう」と教え子たちを称えたが、彼らが見せた涙に関しては「今、直面している現実に辛い思いをしていたのかもしれない。それを乗り越えた涙なのではないでしょうか」と多くを語らなかった。

 そんな彼がすい臓がんを患っておりステージ4まで進行しているという噂が流れ始めたのは、会見が終わって間もなくのこと。関係者から「ユ監督は前半の途中にすい臓がんを患っているということを選手たちに告白したらしい」という情報が入ってきただけでなく、「試合途中にもかかわらずベンチから離れトイレで嘔吐していた」という目撃情報もあった。にわかには信じがたいが、ユ監督の変貌ぶりや選手たちの涙から推測すると……。取材を進めていく中で、違和感は確信へと変わっていった。

 とはいえ、このことを記事にすることはできなかった。人の命が懸かっていることはもちろん、いくら信憑性が高くても憶測であれば残留に向けて必死に戦っているチームに大きな迷惑をかけることになってしまう。ただ本音を言うと、それ以上に現実を受け入れることができなかった。自分の筆で残されている望みを絶ちたくなかったのだ。仁川から「このたび、ユ監督が体調不良で入院することになりました」という短いプレスリリースがあったのは、その後のことだった。

 3日後にユ監督は退院し、グラウンドに戻って練習を指揮した。残留を争うチームから離れることはなく、シーズンの最後まで指揮を執ることを発表したが、健康状態については一切明かされなかった。

 指揮官が自ら闘病生活を打ち明けたのは、噂が流れ始めてからちょうど1カ月後の11月19日。彼は仁川の公式サイト上で「10月中旬、体に異変があったため病院で精密検査を受けたところ、すい臓がんがステージ4まで進行していると診断されました」と事の顛末を綴った。「これからも治療を受けなければなりません」と明かしたものの、「私に課せられた任務を最後まで全うさせてください。グラウンドでポジティブなエネルギーを感じていたいのです。私はピッチに立っている時が一番幸せなんです」と続投の意思は揺るがなかった。自らチームを残留させたいという熱い想いを覗かせる、力強いメッセージだった。

 この告白を受け、Kリーグ全体が敵味方を問わずに動き始める。ユ監督と親交が深いことで知られ、現在は水原三星を率いるイ・イムセン監督は涙を流しながら親友の回復を祈り、現役時代にはヴィッセル神戸でプレーした蔚山現代のキム・ドフン監督や全北現代の指揮を執るジョゼ・モライス監督もエールを送っていた。ファンからも第37節では全試合のキックオフ前に、仁川指揮官へ向けて30秒間の拍手が沸き起こった。

Kリーグ1第37節仁川対サンムの公式ハイライト(Youtubeにて視聴可能)にも試合前にユ・サンチョルへ総立ちの拍手が送られる様子が収められている

 奮起した仁川は、同節で格上であるサンムに2-0で勝利。試合後にユ監督は「最終節でも、がんにも必ず勝ちますよ」と力強く声を上げ、 辛うじて残留圏内の10位を維持して迎えた最終節、入れ替え戦に回る11位の慶南と引き分け見事チームを残留へ導いた。

病にも臆さなかった指揮官は、選手からの胴上げで責務を終えた

日韓W杯の奇跡よ、再び

 専門家によれば、すい臓がんはがんの中で最も発見しづらいという。そのため、ほとんどのすい臓がん患者はステージ3以降の発見となり、生存率もがんの中で最も低い。生きていること自体が奇跡と言っても過言ではないのだ。

 だが、彼は何度も奇跡を起こしてきた男だ。思い返してみると、韓国サッカーの歴史に残るシーンにはいつも彼の姿がある。1998年のフランスW杯のグループステージ最終節でベルギー相手に意地を見せた同点弾も、2002年の日韓W杯の初戦でポーランドにとどめを刺した一撃も、彼の右足から生まれている。さらに同大会では母国をベスト4へ導く活躍ぶりだった。韓国サッカー界にとって、紛れもない英雄だ。

韓国代表としては歴代5位となる124試合に出場し、大一番での印象的なゴールを含む18得点を記録したユ・サンチョル(左)

 筆者にとっても思い出が多く、サッカージャーナリストとして働く夢を与えてくれた人物でもある。夢を叶えて現場で目にした彼の姿にはいつも情熱があふれていたし、ユーモアも絶えなかった。厳しい質問が飛んできても、微笑みを絶やさず答える紳士だった。指導者としての力量は言うまでもない。だからこそ、まだ48歳の彼をこんなにも早く失いたくないのだ。

 韓国内でユ監督に寄せられた数あるメッセージの中に、こんな言葉があった。「すい臓がんステージ4での生存率は8%だという。でも、日韓W杯で韓国がベスト4に進出する可能性はもっと低かった。それでもあなたはそこまでたどり着き、国民に夢を与えてくれたんだ」。残留が決まった今も英雄の戦いは続くが、再び奇跡を起こしてくれることを祈るばかりだ。

〇〇〇

 この場をお借りして、J1リーグ第32節の松本山雅戦にてユ監督へ温かいエールを送ってくださった横浜F・マリノスのサポーターのみなさんに、感謝の気持ちを伝えさせてください。「サッカーには国境なんてない」ということをあらためて実感させてくれた素晴らしいシーンでした。一人の韓国人として、一人のサッカー関係者として、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。


Photos: Allsport, Getty Images

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ユ・サンチョル仁川ユナイテッド

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キム ドンヒョン