SPECIAL

元ドルトムントDFオボモイェラが語る香川とクロップ、そして「絆」

2019.08.01

Interview with
PATRICK OWOMOYELA
パトリック・オボモイェラ
(元ドルトムントDF)

ドルトムントのレジェンド、パトリック・オボモイェラ。現在古巣のアンバサダーとしてドルトムントの魅力を世界に向けて発信している元ドイツ代表DFが、このオフシーズンに来日を果たした。現役時代、日本戦で代表デビューを飾り、香川真司とともにブンデス連覇を果たすなど何かと日本と縁のある“オボ”(オボモイェラの愛称)が、香川やクロップからクラブの哲学まで幅広く語ってくれた。


――ようこそ日本へ。今回の来日の目的を教えてください。

 「まずはファンとの絆を深めることですね。日本にはたくさんのファンがいますし、パートナーも大勢います。ドルトムントは彼らとこれまで以上に絆を深めていきたいんです。トップチームが来日できれば良かったのですが、いつもそうできるわけではありません。そこで、僕たち『レジェンズチーム』の出番です。ドルトムントでプレーしたレジェンドたちがファンやパートナーとの接点となり、絆を深めていく活動をしています。今回の来日もその一環です」

写真は18年夏に行われたレジェンドマッチでの一枚。18年に来日しfootballistaのインタビューにも応えてくれたバイデンフェラー(左)、モハメド・ジダンと笑顔でセルフィー(Photo: Getty Images)


――あなたにとって今回は2度目の来日で、初来日はドイツ代表デビュー戦となった2004年の日本戦でしたね。当時のことを覚えていらっしゃいますか?

 「もちろん! 2004年12月、横浜で日本代表と対戦しました。横浜は東京と並ぶ大都市でしたから印象に残っています。スタジアムにはたくさんのサッカーファンが駆けつけていてびっくりしましたね。デビュー戦だったこともあって緊張してしまいました(笑)。僕たちの圧勝(0-3でドイツ代表が勝利)でしたが、素晴らしい試合でしたよ。高原直泰と対戦することができましたからね。僕の故郷、ハンブルクで活躍していたストライカーとして、彼のことをよく覚えています。それに、僕にとって初めてのアジア訪問でしたから一生忘れることはないでしょうね」

ドイツ代表デビューを飾った日本戦で、三都主アレサンドロとマッチアップするオボモイェラ(Photo: Bongarts/Getty Images)


――日本にはどういった印象をお持ちでしょうか?

 「とてもよくオーガナイズされていてクリーンな印象です。道にもゴミが全然落ちていませんからね。時々、案内の日本語が読めなかったり情報量が多過ぎて戸惑うときもありますが(苦笑)、素晴らしい国です。僕自身、新しい場所で新しい経験をすることが好きですし、どの国よりも日本に注目しているのは間違いありません。僕好みの国なんです。もちろん、日本の食べ物も大好きですよ。来日前からよく日本食を食べていましたが、やっぱり本場の味は違いますね。さっそくラーメン屋に行ってみたんですが、とてもおいしかったです。“本場の味”を知ってしまいました。日本で食べる寿司も格別です」


――本場の味というと、日本で食べるドイツ料理はいかがでしょう?

 「まだ食べていません。よく日本でシュニッツェル(ドイツで盛んに食べられる肉の揚げ焼き)をおすすめされますけど遠慮しています(笑)。食べるなら本場ドイツのシュニッツェルがいいですね(笑)。でも、時間があったら挑戦してみますよ」


――日本サッカーの印象はどうでしょうか?

 「ガラッと印象が変わりました。昔は日本サッカーにあまり馴染みがありませんでしたが、今ではブンデスリーガのいろんなチームで日本人選手がプレーしています。僕も香川(真司)とプレーしましたし、高原もドイツで活躍していましたよね。だから、ドイツにとって日本は『お得意先』としてお馴染みの国になりつつあります。友人であるランゲラクが名古屋でプレーしていることもあって、僕も少しだけJリーグを追いかけていますよ。

 でも、僕やドルトムントが注目しているのは育成なんです。ドルトムントは名古屋でドルトムント・サッカー・アカデミー(DSA)を運営しています。そこでは子供たちにプロへの道を開くだけではなく、ドルトムントでプレーした選手と交流できる機会も設けています。僕の場合、若い頃は遠くから眺めるのが精一杯で元プロ選手と交流したことなんてなかったですから、とても羨ましいですよ。個人的にも、異なる文化・国における育成に大きな興味を持っています。ですからさっそくDSAを視察して、ドルトムントの育成哲学が日本の子供たちに起こす化学反応を見てきました。大きなポテンシャルを感じましたし、“小さな香川”がたくさんいましたね。すでに若い選手が大きな才能を発揮していますからとても楽しみです。新たなブンデスリーガのタレントが生まれることを願っています」


――今お話に出た香川真司との共闘は、ドルトムントがブンデスを連覇した10-11と11-12の2シーズンでした。彼とのプレーはいかがでしたか?

 「最高でしたよ。最初は誰も彼のことを知りませんでした。少しシャイで物静かな、小さい日本人というイメージでしたね。でも、いざ彼のプレーを見てみるとすぐに偉大なポテンシャル、スキルを持った選手であることがわかりました。正確なシュートを両足で撃てる素晴らしい選手でしたからね。でも、それ以上に香川が飛び抜けていたのは、あまりよく知られていないかもしれませんが、その底知れぬ献身性でした。守備的なポジションの選手と同じくらい、積極的に守備をこなしていたんです。クロップ監督に重宝されていたのもうなずけますよね」


――香川とのエピソードは何かありますか?

 「最初は言葉の問題もあってお互いコミュニケーションを取るのに少し苦労しましたが、一度打ち解けてしまえば愉快な一面をのぞかせてくれます。僕に日本語を教えようとしてくれていたのですが、そこで教わった日本語がこれです。『愛してるよ! でも、結婚はできない!』」


―― (笑)なぜその一言を?

 「意味は理解していますけど、わからないです(笑)。おかしなことを言わせたかったのでしょう(笑)。その他にも彼は様々な日本語を教えてくれましたよ。うろ覚えですが、日本の居酒屋でビールを注文する方法とか……。本当に愉快なヤツでした(笑)」

チーム屈指の人気者だったグロスクロイツのゴールを祝福するオボモイェラと香川(Photo: Bongarts/Getty Images)


――香川とブンデス連覇を成し遂げた時の監督は、昨季リバプールでCLを制したユルゲン・クロップでした。彼の下でのプレーはいかがでしたか?

 「素晴らしかったですよ。僕たちは同時期にドルトムントにやって来ました。彼がドルトムントの監督に就任した年に僕も移籍してきたんです。2005年にドルトムントは破産寸前まで追い込まれていたので、加入した当時(2008年)も大刷新が行われました。コーチ陣を一新してすべてを振り出しに戻したのです。あのシーズンはそれに加え、新加入選手も5、6人やって来ましたね。あの状況でクロップ監督以上にふさわしいリーダーはいなかったでしょう。彼の下であれば一切過去を振り返らず、とにかく前へ進むために未来へ目を向けることができます。彼はこう言って僕たちを奮い立たせたんです。『一生懸命ハードワークすれば、ファンも応えてくれる。それがドルトムントというクラブだろう? さあ、ピッチ内外でハードワークをしようじゃないか』。素晴らしい指導者である一方で、笑いを絶やさない人でもありましたね。戦術もかなり叩き込まれましたし、たくさん良い思い出があります。

 おかげで、僕たちはすぐさま成功を収めることになりました。リーグ13位に低迷していたクラブが、僕たちが来たシーズンには6位まで順位を上げたんです。さらに、国際的な知名度も上げていきました。次のシーズンには5位に入ってヨーロッパリーグ出場権を獲得。そして、香川が加入したシーズンにはブンデスリーガ優勝を成し遂げました。そうやって毎年一歩ずつ着実に前進していったんです。当時は野心にあふれていて過去を振り返る余裕なんてなかったですね。あっという間に時間が過ぎ去っていったんです。クラブが新たなスタートを切ることができたのは彼のおかげだと思います。リバプールでも証明されている通りです」


――メディアやファンの間では「生まれながらのリーダー」として扱われることが多いクロップ監督ですが、まさにその通りということですね。

 「そうです! 人としての器も大きかったですね。たとえ彼のことを知らなくても、話せばすぐに特別な存在であること、言葉に魂が宿っていることがわかるでしょう。だから、みんな彼の背中を追いかけるんです。彼の言葉には、僕たちに明確な目標を与えてベストを引き出してくれる不思議な力があるんですよ」

ドルトムントの強い絆


――ドルトムントでは5年間プレーしました。一番の思い出は何でしょうか?

 「初めてあのホームスタジアムでプレーした瞬間が一番の思い出ですね。敵としてプレーしたことはありましたが、あのユニフォームを着ればたくさんのファンからの声援が大きな力になります。もちろん、10-11シーズンのブンデスリーガ制覇もかけがえのない思い出ですよ。個人的にも一番大きなタイトルでしたし、ドルトムントや街全体にとっても特別だったでしょうね。クラブにとっては9年ぶりのタイトルで、苦しい時期を乗り越えてそこまでたどり着いたわけですから、とても重要なワンシーンでした。街の人たちも、あのチームの一員として僕のことを覚えていてくれているんです。現在ドルトムントで暮らしているんですけど、今でもお礼を言われることがあるくらいですから。あのチームに参加できて本当に良かったです」


――ブンデスリーガでは3クラブでプレーしましたが、最も長くプレーしたのがドルトムントでしたね。

 「ブレーメンでは3年、ビーレフェルトでは2年でしたが、ドルトムントには5年所属しました。僕の妻もドルトムント出身ですし、1番目の子供もドルトムントで生まれています。ドルトムントと強い絆がある証拠ですよ。引退後、一度は故郷のハンブルクに帰ったんですが、2年前にドルトムントへ戻りました。ハンブルクよりもドルトムントの方が僕のファンが多いから……ではなく、ドルトムントとの強い絆を感じているからです(笑)。ドルトムントの人々はとてもオープンですし、友好的です。僕が元選手だからというわけではありません。あの地域の特色なんです。そういうところを愛していますし、ドルトムントというクラブも僕のキャラクターに合っています。そうやってクラブ・街・選手の間に強い絆が残り続けていますし、あの街に戻ってクラブのために、僕の経験を世界中のメディアやファンと共有できるのは特別で幸せなことですね」


――ドルトムントは他のクラブと何が違うのでしょうか?

 「ドルトムントはファンベースの大きさが違うんです。あそこまで選手とファンが深い絆で結ばれているクラブは見たことがありません。僕はいつもファンとコミュニケーションを取ったり写真を撮ったりしていましたが、それがクラブのDNAとして根づくことはあまりないでしょう。選手にはプロフェッショナルな振る舞いが求められ、ファンはフェンスの向こう側で見守るしかないのが一般的ですが、ドルトムントは違います。絆を何よりも大切にしているんです。

 その証拠に、僕たちはチケットの価格を上げていません。多くのクラブはチケット価格を高騰させていますが、僕たちは違います。ファンにとって身近な存在としてあり続けたいからです。チケット価格を上げれば、老若男女問わず誰からも応援を受けることが難しくなります。チケット価格高騰の流れに対して、『いや、それは僕たちのビジネススタイルではないんだ』という姿勢を貫けることはクラブの偉大な功績だと思います。あとはスタジアム。僕にとっては欧州一のスタジアムです。欧州一の観客動員数を記録したこともあるように、みんな喜んで僕たちの試合を観に来ます。どの選手にとっても、あのスタジアムでプレーできるのは特別なことだと思いますよ。ブンデスリーガに限らず、欧州では“イエローウォール”と呼ばれていることが何よりの証拠です。そうやってファン・クラブ・スタジアムとすべてが1つになっているから、僕にとってドルトムントは特別なんです」


――最高のクラブを見つけたということですね。

 「その通りです。今だから言える話ですが、ブレーメンに行く前にドルトムントのライバル、シャルケと交渉していたんです。シャルケに行っていたら、今とはまったく違うキャリアになっていたでしょうね(笑)。ブレーメンに行った後、ドルトムントという完璧なクラブにめぐり会えましたから。すべてがそうやってめぐりめぐった結果、うまくいって本当に良かったです」


――昨季のドルトムントはどう映りましたか?

 「素晴らしいシーズンでしたよ。クラブも結果には満足しています。ブンデスリーガでは2位に終わりましたが、最後の最後まで優勝を争いましたからね。その前の6シーズンは最初から最後まで完全にバイエルンに支配されていましたが、昨季は違う展開になりました。リーグにとっても、ドルトムントの躍進は喜ばしいことだと思いますよ。懸命な仕事ぶり、確固たるプレー方法、絶え間ない努力が報われた結果です。新しい監督がやって来ましたが、どの選手もすぐに足並みをそろえて良い方向に進むことができましたね。前半戦ではバイエルンに勝ち点6差をつけて首位に立っていたくらいです。でも、シーズンは長いのでいろいろことが起こってしまいます。(開幕前の)期待は決して大きくありませんでしたが、素晴らしいシーズンを送ってCL出場権を手にしました。優勝できなかったことを悔やむファンもいるかもしれませんが、次のシーズンがありますし、移籍市場では素早く動いて良い選手を獲得しています。19-20はさらに素晴らしいシーズンになりますよ」


――ドルトムントには優秀な若手がたくさんいます。新シーズンはさらなる飛躍が見込めますよね。

 「ブンデスリーガ随一の育成クラブですからね。さらなる成功を収められるだけのクオリティがあると思いますが、シーズンというのは長い長い道のりですし簡単ではありません。でも、すでにこのチームはポテンシャルを示していますし、順調に経験を積んでいっています。優勝までの険しい道のりを知らない若手がほとんどでしたが、昨シーズン身をもって学ぶことができたはずです。酸いも甘いも、経験は成長を促してくれるものですからね。例えば、最初のシーズンのジェイドン・サンチョは高いポテンシャルを示しながら波が目立ちましたが、昨季はシーズンを通じて堂々たるパフォーマンスを披露しました。彼はまだ19歳ですから、まだまだ学んで成長できる伸びしろがあります。新加入のブラントや(トルガン・)アザールはブンデスリーガでお馴染みの選手ですが、彼らもまだまだ成長が見込めます。さらに、U-19チームがドイツ王者に輝いたように下部組織もタレントの宝庫となっています。“ネクスト・サンチョ”や“ネクスト・ゲッツェ”がいつ出てきてもおかしくありません」


――19-20にブレイクを遂げそうな“ネクスト・サンチョ”を教えてください。

 「誰か1人の名前を挙げるのは難しいですね。U-19には非常にはそうそうたる顔ぶれがそろっているからです。何人かの選手は昨季のプレシーズンに帯同したアメリカ遠征で強烈なインパクトを残していますし、その下の世代も才能を秘めた選手がたくさんいます。『自分たちでタレントを育て上げること』がドルトムントの哲学ですからね。生え抜きの選手を重視しているんです。これは将来、成功を収める上でも大きな鍵となるでしょう。移籍市場では選手の価格が馬鹿げた数字に高騰していますから


――ファンにとっても生え抜きの選手は愛着が湧きますよね。

 「その通りです。悪く言うわけではありませんが、ドルトムントはバイエルンのようなお金の使い方はしません。バイエルンはどの選手にも高い給料を支払っていますが、僕たちはそのお金を育成に投資しているんです。そこからタレントが出てこればファンにとっても理想的ですし、気に入られやすい。事実、今では多くのチームが育成に舵を切っていますよね」

気になる“オボ”の今


――現在されているお仕事に話を移すと、様々なスポーツの解説者としても活躍されていると伺いました。サッカー以外の競技もお好きなのでしょうか?

 「実は、17歳にしてバスケットボールの3部リーグでプレーしていました。18歳の時に、よりお金を稼げるサッカー一筋になったんです。アイスホッケーもやっていましたし、やれることなら子供の頃からアメリカンフットボールをやりたかったです。大ファンだったんですけど、母親に危険だからと止められてしまいました(笑)。ドイツではあまり人気がありませんが、グローブとバットを買って野球もしていましたね。あと、テニスも。スポーツはとにかく観てみたり、やってみれば楽しめるのが魅力です。僕にとってはいろいろなスポーツを追いかけるのも楽しみなんですよ。だから、解説したりする時もファンと情熱を共有できるように心がけています。来季もドイツでNFLの解説を担当することになりましたし、少し離れていましたが、またバスケットボールの解説もしたいですね。とにかくいろいろなスポーツが好きなんです」


――日本では野球が人気ですから、ぜひとも観戦してみてください!

 「ホテルでテレビを点けたら、ちょうど野球が放送されていたんですよ。野球は僕たちヨーロッパ人にとって馴染みのないスポーツです。イニング、イニング、イニング、イニング……。1日経っても終わらないように感じてしまうから……。ボールを投げて打つ姿に一喜一憂するのもヨーロッパとは違った楽しみ方ですね。インドでもボールを投げて打つクリケットが盛んなように、アジアではそういうスポーツが一般的なのかもしれませんが、 ハンドボール・サッカー・バスケットボールを嗜むドイツには馴染みがなく、楽しみ方がわからないんです。1試合をフルで見るのは難しいかもしれませんが、まだ野球を生観戦したことがないので、見に行ってみたいですね」


――現在はアンバサダーや解説業の他にもお仕事をされているんですか?

 「僕の仕事は主に2つ。1つはブンデスリーガの仕事です。ブンデスリーガで『オボ・ミーツ』というトーク番組を持っています。旬な選手に突撃して面白いゲームをしながら雑談したり、1対1で真剣にインタビューしてストーリーを聞き出したりと選手の生の声を届けています。イギリス・アメリカ・アジアのファン向けに毎週ブンデスリーガで英語解説・レポーターも担当していますよ。

ブンデスリーガが配信している“オボ”の冠番組『オボ・ミーツ』

 もう1つはドルトムントの仕事です。僕としては働いている感覚ではないので、心からリラックスしてやっていますけど(笑)。ドルトムントのメディアスタッフとしても活動しています。英語のコンテンツが必要となればすぐに僕が駆けつけますし、BVBTV(ドルトムントが配信している動画コンテンツ)に出演することもあります。レジェンズチームの一員として国際マーケティングにも携わっていますし、今は多種多様な仕事をしていますね(笑)。お世話になった人たちのために働けるのは素晴らしいことですよ。クラブが僕に任命してくれたことを誇りに思っています」

ドルトムントMFウィツェルとBVBTVに出演するオボモイェラ


――では最後に、日本の熱心なドルトムントファンにメッセージをお願いします。

 「まずはドルトムントやブンデスリーガのファンでいてくれることへの感謝をお伝えしたいです。さらに絆を深めて、もっと僕たちのことを知っていただければ幸いですね。ドルトムントが目指しているのは1人ひとりのファンにとって身近な存在であり続けることですから、日本で直接ファンとお会いすることができてとてもうれしいです。本当にありがとう」

Patrick OWOMOYELA
パトリック・オボモイェラ

(元ドルトムント)
1979.11.5(39歳) DF GERMANY

PLAYING CAREER
1997-98 Stellingen
1998-01 Lüneburger
2001-02 Osnabrück
2002-03 Paderborn
2003-05 Bielefeld
2005-08 Bremen
2008-13 Dortmund
2014 Hamburg II

ドイツ北部の港街ハンブルク出身。 ナイジェリアにルーツを持つドイツ人はバスケットボール選手としての才能にも恵まれながら、18歳でサッカーに専念することを決断した。下部リーグを渡り歩いた後、2003年に加入したビーレフェルトで初年度からレギュラーとして活躍し、チームの1部復帰に貢献。翌シーズンに念願のブンデスリーガデビューを果たすとドイツ代表にも選出され、日本戦でデビューを飾った。2005年から3シーズンを過ごしたブレーメンを経て、2008年にドルトムントへ移籍。同年指揮官に就任したユルゲン・クロップの下で輝きを取り戻し、香川とともにブンデスリーガ連覇を経験した。ドルトムント退団後は故郷ハンブルクのBチームでプレーし2014年に引退。現在は解説者・レポーターとして活動しながら、2018年にドルトムントのアンバサダーに就任するなど活躍の場を広げている。


Photos: Takahiro Fujii

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ドルトムントパトリック・オボモイェラ文化育成

Profile

足立 真俊

1996年、岐阜県出身。生まれもっての“人見知り”を克服するためにアメリカにあるウィスコンシン州立大学でコミュニケーション学を専攻。学業の傍らで趣味として始めた翻訳活動がきっかけとなり、翻訳を通じたサッカーに関する情報発信を模索中。2019年5月、結局“人見知り”のままfootballista編集部の一員に。