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現役監督G.ミリートの講義で思う「サッカー監督=ツアーガイド」説

2019.06.14

芸術としてのアルゼンチン監督論 Vol.9

2018年早々、一人の日本人の若者がクラウドファンディングで資金を募り、アルゼンチンへと渡った。“科学”と“芸術”がせめぎ合うサッカー大国で監督論を学び、日本サッカーに挑戦状を叩きつける――河内一馬、異国でのドキュメンタリー。

 「ビルドアップで最も重要なのは、“誰”の“何”だ?……違う、FWの立つ位置だ」

 ああ、自分のアイディアを選手やスタッフに伝えなければならない監督という人間には、こういった、人々の意表を突くセリフが必要なのだと、そう思った。意表を突くのは簡単だけど、ちょうど良い加減で意表を突くのは、すごく難しい。このセリフ、ちょうど良いなあ……。そんなことを思いながら始まった、あるアルゼンチン人監督の講義は、「いろんな意味で」非常に興味深いものだった。

■「兄」ではなく「弟」、「出口」ではなく「出発」

 今、私の目の前に立っているのは、元アルゼンチン代表、そしてバルセロナでもプレーをしたガブリエル・ミリートだ。今現在は、私が住んでいる街を代表するクラブのトップチームで、監督として指揮を執っている。彼の兄であるディエゴ・ミリートは、私と同じ指導者学校の卒業生で、インテルでモウリーニョとともにCLを制してから個人的に憧れていた選手であった。最初に「明日ミリートの講義があるよ」と聞いた時、「そんな大事なことはもっと事前にお知らせしてくれ」と思いつつ、ここはアルゼンチンであるということを再確認し、加えて兄の方が来るのだと大喜びをした。人生はそんなに甘くはなかったが、弟のガブリエルは、最初の言葉のチョイスで私の心を簡単につかんでみせた。

 アルゼンチンでは、ビルドアップのことを「Salida(サリーダ)」と呼ぶ。日本語に訳すと「出口」や「出発」、「出ること」など、いろいろな意味を持つ言葉だ。スペイン語圏でサッカーを学んでいる方々、もしくはそのような方々からサッカーを学んでいる指導者が、「Salida de balón」という言葉を「ボールの出口」と表現しているのを、聞いたことがある人も多いかもしれない。確かに「ボールの出口」を見つける行為のようにも思えるし、つまりそれは「ボールを出発」させることであるとも言える。

 個人的に「ボールの出口」という表現より、「ボールの出発」の方がしっくりくるけれど、日本語にあまり興味がない人は、ここで「どっちでも良い」という判断をするのかもしれない。一方日本語が好きな私は、「出口」という言葉を聞くと「それまでのこと」が頭に浮かんできて、「出発」という言葉を聞くと「それからのこと」を自然にイメージする。何を隠そう、ビルドアップは「それからのこと」をイメージしなければならないから、私にとっては「出発」なのだ。なんらかの「出発」をするためには、事前にいろいろと準備が必要な時もあれば、いっそのこと、えい!っと「出発」してしまった方が良い時もある。旅に「出発」する前に、緻密に計画を立てて準備をする人がいれば、たとえ無計画でもできる限り早く「出発」することを好む人もいる。サッカーと同じように、別に正解はないのだけれど。

 アルゼンチンでは「ボールが移動している間(誰も触れていない間)」のことを、「Viajar(旅をする)」という動詞を使って表現する。旅をするのに重要なのが「出発」することであるのは間違いないが、緻密に準備をした結果、時間がかかり、結局いつまで経っても「出発」しない人々を見て、とにかく「出発」したい人々がイライラする気持ちもわからなくはない。サッカーの話をしているのか、旅の話をしているのか、はたまたミリートの話をしているのかよくわからなくなってきたところで、話を元に戻したいと思う。

■準備する「Salida」、とにかく「Salida」

 アルゼンチンでも、当然この「Salida」は非常に重要な項目であると捉えられていて、例えば「分析」関連の授業でも、大きなトピックとして取り上げられる。ミリートも「Salida」を非常に重要視する指導者の一人で、この日もその話題から講義が始まった。

 「私の考え方は決して正解ではない」と忠告した上で、自らのアイディアを力強く語り始めた。彼はペップ・グアルディオラと同じように、「出発をする前に緻密に準備をしなければ、決して良い旅をすることはできない」という考え方を持っていた。[1-4-1-2-3]のシステムを基本として、前線の3枚で相手のDFを固定する。彼らが幅と深さを確保することで、数的優位と位置的優位を作り出し、万全な体制で、いざ旅に出るのだ。そうすれば、旅の間にトラブルに見舞われても(ボールを奪われても)すぐに対応することができる。

 彼ら(ペップやミリートのような監督)は、試合が始まってから「出発の準備」を開始するのを嫌い(バタバタしたくないのだ)、「準備の準備」として日々のトレーニングに落とし込む。ミリートの場合、ピッチで起こりうる状況を切り取って、エリア別(ポジション別)に動き方の確認をしていた。個人的には、緻密な準備をしてから旅へ「出発」したいタイプで、彼のトレーニングの映像を見て、共感する部分が多かったように思う。同時に、すでに「出発」できる状況にもかかわらず、一向に「出発」しようとしない人たちを見ると、非常にイライラするのだけれど。

ガブリエル・ミリートはバルセロナ時代(07-11)、ペップ・グアルディオラの指導を受けている

 ただ、私が本当に興味深かったのは、講義の内容そのものではなく、一緒に話を聞いていた受講者たちの「反応」である。基本的には指導者学校に通う指導者たちが多くを占めていたが、中にはプロ選手や、それ以外の人たちも参加していた。日本でもし、同じように偉大な元選手現監督の人が講義をするとしたら、わざわざ話を止めて意見を言うような、少なくとも反論をするような人はなかなか居ないように思うが、ここの人たちは、本当にそういうのをまったく気にしない。質問したくなったらして、反論したくなったらする。それは、誰が相手でも変わらないものだった。

 私の同期の一人が、ミリートのアイディアに異を唱えた。「別に批判をしたいわけではないけれど……」と、批判したい感をたっぷり匂わせてから、自分の主張や疑問をミリートに向かって話す。まだ指導者の勉強をしているような人間が、世界的な元選手で、現在プロクラブの監督をしている人間に向かって、普通に(ちょっと強めに)意見するのだ。

 その結果、ミリートは「Bueno, me ganaste(わかったよ、君の勝ちだ)」と呆れ顔で講義を前に進めたわけだが、後から考えると、そのちょっと強めに反論していた(ミリートに勝利した“?”)彼は、現在ミリートが指揮を執るクラブの熱狂的なサポーターだった。何を隠そう、そのクラブのサポーターは、ミリートが説明しているようなサッカーに、絶大なる嫌悪感を抱くのである。「ウジウジしてないで、早く旅へ出発しろ! トラブルに見舞われたら、その時はその時だ!」そういうタイプの人々なのだ。私が初めてそのクラブの試合を観戦した時、選手が後ろにパスを出した瞬間、大きなブーイングが起こったのを今でも思い出す。

■「人生は旅」、「サッカーは人生」。では…

 アルゼンチンで監督をするのは「大変だな」と、安っぽい言葉しか私には出てこないけれど、他国のサッカーにはない難しさが確かに存在しているように思う。サポーターの異常な熱量しかり、特に育成の指導をする同期指導者たちの中には、「あれは机上の空論だ」とか、「そもそも(映像の)ピッチが良過ぎて参考にならない」とか、意外とネガティブな意見が多かったように思う。話としては面白かったかもしれないけれど、自分には参考にならない、と言うような人も多かった。アルゼンチンのグラスルーツでは、ピッチはデコボコで、ボールもペチャンコだ。確かに、そういう場所に普段から居れば、ショートパスに重きを置くようなサッカーをするという発想は、決して出てこない。そのような環境の中では、旅のトラブルは起こって当たり前のことなのだから。

 中田英寿は、「人生とは旅である」と言った。そして私は、「サッカーとは人生である」と、確かにそう思っている。もしどちらも正しいのであれば、「サッカーとは旅である」ことになる。旅の仕方は、その準備も、出発も、道中も、また終わりも、まったくもって自由である。何が「良い旅」なのか、そんなものは勝手に決めさせてほしいものだ。ただし、一つだけ注意しなければならないことは、サッカーとは、決して一人旅ではないということである。誰かとともにする旅には、友達との旅行にも、修学旅行にも、ツアー旅行にも、何かの決まりがある。みんなで「良い旅」をするためには、なんらかの決まりが必要不可欠だ。出発のタイミングが違ったり、トラブルに対してのルールが共有できていなければ、もれなくバラバラになってしまうことだろう。そんなことは、誰だって望んでいない。

 サッカー監督とは、ツアー旅行で、旅人をキョロキョロと見守り、とっておきの現地情報をふんだんに与え、時に冗談を言って旅人を笑わせながら、旗を持って先頭を歩いている、あの人のことである。

芸術としてのアルゼンチン監督論

Photos : Getty Images

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ガブリエル・ミリート戦術文化

Profile

河内 一馬

1992年生まれ、東京都出身。18歳で選手としてのキャリアを終えたのち指導者の道へ。国内でのコーチ経験を経て、23歳の時にアジアとヨーロッパ約15カ国を回りサッカーを視察。その後25歳でアルゼンチンに渡り、現地の監督養成学校に3年間在学、CONMEBOL PRO(南米サッカー連盟最高位)ライセンスを取得。帰国後は鎌倉インターナショナルFCの監督に就任し、同クラブではブランディング責任者も務めている。その他、執筆やNPO法人 love.fútbol Japanで理事を務めるなど、サッカーを軸に多岐にわたる活動を行っている。著書に『競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか』。鍼灸師国家資格保持。

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