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観客の40%が女性に。サッカーへの印象変えたゼニトのブランド戦略

2019.03.14

 サンクトペテルブルクはロシア第2の都市であるが、世界最大級のエルミタージュ美術館やカリスマ指揮者ワレリー・ゲルギエフが率いるマリインスキー劇場、同市出身のプーチン大統領など、現在ロシアを代表する「顔」と言えるものは、実はモスクワよりも多い。そして、近年急成長を遂げ、ロシア勢として唯一『フットボールマネーリーグ』でトップ30入りを果たしている地元クラブのゼニトもまた、この街の誇るべきブランドとなっている。

 好調な経営の要因は街との一体感にある。4つのトップクラブが競合するモスクワとは異なり、ペテルブルクの強豪はゼニトのみ。あらゆる金と関心が同クラブに注がれる。地元の大企業ガスプロムとその姉妹企業からなるスポンサーは株式の半分を国が保有し、実質的には国営に近い民間企業が隠れ蓑となってファイナンシャル・フェアプレー違反を回避。その裏には、西欧への窓としてペテルブルクを発展させたい国家の思惑がある。クラブの年間予算約1億8000万ドル(約198億円)は他の国内クラブを2倍以上も引き離す数字だ。チームは「ロシアを代表する王者」を目指して国内で頭角を現した選手を次々と引き抜き、余剰戦力を積極的に他クラブへ貸し出している。

「ペテルブルクではもはや宗教。ただし…」

 2008年頃からビタリー・ムトコ、アレクサンドル・ジュコフ、セルゲイ・フルセンコといった強大な政治力を持つ歴代の会長たちが繋ぎ役となることで各機関との連携がスムーズに進み、あらゆる場面でゼニトと街との繋がりが感じられるようになった。象徴的な例はW杯のために建設された新スタジアム「ガスプロム・アレナ」の運営だろう。スタジアム自体は市の所有となっているが、昨年5月に今後49年間ゼニトに運営権を譲渡する契約が交わされた。クラブは毎月わずか1ルーブルの“家賃”を支払うだけで済み、「市からクラブへの高価な贈り物」と報じられた。スタジアム建設の借金にあえぐCSKAモスクワと比べるとその優遇ぶりが際立つ。

 ただし、ゼニトの充実ぶりは決してこうした支援だけが理由ではない。功労者はイメージ戦略の仕掛け人であるジャンナ・デンボ広報部長だ。女性ならではの目線で広告やホームページのデザイン変更、ファミリー専用座席の設置、試合当日のファンサービスの充実に着手。試合以外の娯楽も楽しめる数々の企画が当たり、観客動員数でも他を圧倒、今や観客の40%が女性となった。

試合日に行われているスタジアム内の「ファン・プロムナード」の様子。このYouTubeチャンネルをはじめ、クラブはSNSにも力を入れている

 試合中継では、W杯さながらに家族連れがカメラに手を振るシーンが定番に。特設ステージでのコンサートが若手バンドにとってアピールの場になるなど、スポーツを越えた広がりを見せている。試合日にゲストで講演を行った司会者のアレクサンドル・ネブゾロフは、その光景を目の当たりにして驚きとともにこうコメントを残している。

 「ペテルブルクではサッカーはもはや宗教となった。ただし、それは決して危険ではなく、みなが共感できるものだ」

Photo: Getty Images

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ゼニト経営

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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