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キケ・セティエンのベティスを徹底分析。ポジショナルプレーに忠実な集団について

2018.12.10

欧州サッカー2大戦術潮流:ポジショナルプレーの旗手たち

現在リーガで指揮を執る監督の中でも屈指のポジショナルプレー信奉者であり、ベティスをEL出場へと導き高い評価を受けるとともに観る者をも魅了するキケ・セティエン。そのサッカーのメカニズムは“これぞまさにポジショナルプレー”という原則に忠実なものである。


 「私は、君がポジション外で30回ボールに触ることよりも、君のポジションで5回ボールに触ることを選ぶ」

 月刊フットボリスタ第62号に掲載されたインタビューの中で、セティエンはこう語っている。ポジショナルプレーは、他のプレー原則では許容されているポジションチェンジを奨励しない。各選手がポジションを守るメリットの方が、守らないメリット(相手をかく乱するなど)よりも大きい、と考えるからだ。


両サイドレーン=「聖域」

 ベティスの場合「聖域」となっているのがサイドである。縦割の両サイドのレーンはジュニオールとフランシスのもので、誰も侵してはならない。例えば、乾貴士がサイドに流れジュニオールの背後に回り込んでもまずパスは来ない。エイバルでは当たり前だったSBが中へ入りウインガーが外へ出るコンビネーションは、原則としてなし。グラウンドを広く使うのがポジショナルプレーの原則で、両サイドの選手は常に開いているし、インサイドMFと同じかさらに前という高い位置にポジショニングしている。ボールを触っていれば相手は自然と引きつけられる。そうして一気のサイドチェンジから相手ゴールを急襲する――ポジショナルプレーの信奉者ファンマ・リージョが言うところの「遠くのフリーマン(マークの外れた選手)にパスを出すために近くのスペースでパス交換する」である。この時、逆サイドでパスを受け対角線ドリブルで切り込みシュートまたはセンタリングするのがジュニオールとフランシスの役目であり、乾はシュートを狙いゴール前のスペースへ入らなければならない。グアルディオラのバルセロナは右FWのメッシがフリーで決定的な仕事をするようにボールを動かしていたが、ベティスの場合はセティエンが両サイドの2人に同じ仕事を要求している。

 ジュニオールとフランシスが開いていることはまた、内側に決定的な縦パスのコース(インサイドレーン)を生むことになる。シャビによれば、グアルディオラはこの現象をアコーディオンにたとえて説明したそうだ。開いた蛇腹の部分がインサイドレーンであり、ベティスでは乾が決定的な仕事をする際のパスコースとなっている。グアルダードやウィリアム・カルバーリョからの速いグラウンダーの縦パスを受けた乾がトラップと同時に反転、ドリブルやシュート態勢に入る(しばしばファウルで潰されイエローカードを誘う)シーンは、シーズン序盤は彼の最大の見せ場になっていた。

 ポジショナルプレーの大原則は「意味のないパスは出さない」。ショートパスを繋げばポジショナルプレーが実現するのではない。ファンマ・リージョは言う。「パスを出すのはラインを越えるため、『第3の男』や『第2のアクション』(クサビなど)を探すため、遠くの味方に(ボールを)渡すため。何も生み出さないなら横パスはするな」。乾へのインサイドレーンのパスは、相手のMFが構成する横並びのプレッシャーライン(グアルダードから受けた場合もW.カルバーリョから受けた場合も1本)を越えているから「意味のある」パスということになる(図1)。受ける側の乾は、いわゆる「中受け」で下がってDFとMFのライン間でボールを受けることで、前を向く余裕を作る。

図①:ローレンが相手最終ラインと駆け引きして生まれたDFとMFの間のスペースに乾が下がって来る。そこへグアルダードやW. カルバーリョがインサイドレーン(相手MFの間)を通したパスを送り込む。図②:W.カルバーリョは相手の第1 プレッシャーラインの背後で横方向に動く。グアルダードとカナーレスは第2プレッシャーラインの背後でポジションを取るために左右上下に動く。P. ロペスが下がって来たカナーレスにクサビを入れ、カナーレスが素早くフランシスに展開する

 「ラインを越える」「中受け」「第3の男」「フリーマン」など、ポジショナルプレーを理解するための要素が数多く含まれているのがボール出しである。「プレッシャーラインの背後に数的有利を作ることがこのプレーの基本であり、ボール出しがクリアならすべてはより簡単になる」とリージョは言う。ベティスのケースを解説していこう。

 まず左右のCBフェダルとマンディが大きく外に開き、真ん中のバルトラが前に出る。相手のマーカーが2人の場合、これだけで3対2の数的優位となり誰かがフリーマンとしてボールを前に運ぶことができる(ただし、これだけではプレッシャーラインは越えていない)。

 図2は、バルトラにもマークがついた3対3の状況。ベティスのゴール前でボールを奪いショートカウンターを狙おうという対戦相手は、早い時間帯は特にこうした激しいプレスをかけてくる。この場合CBにはパスが出せないので、GKパウ・ロペスは相手のプレスラインの背後で中受けできるW.カルバーリョ、グアルダード、カナーレスの中からフリーマンを探す。W.カルバーリョは左右に動いて、グアルダードとカナーレスは1列下がって来ることでパスコースを作る。この3人のうち誰かが前を向ければボール出しは終了である(プレッシャーラインを1本越える)。

 次に、この3人もマーカーを背負っている場合は、両サイドのジュニオールとフランシスを探す。2人の高さは2本目のプレスラインである相手のインサイドMFよりも上(彼らの背後)で、ライン際に目一杯開いていて相手は中に絞っているからスペースがあり、半分フリーマンの状態。とはいえ、GKから直接フィードを入れるのはインターセプトのリスクがある。よって仲介に誰かを使う(図2の場合はカナーレス)。GKのボールを半身で受けたカナーレスがフランシスにパスを出してボール出しは終了する。

 この時のカナーレスのアクションが先ほどのリージョの言葉にあった「第2のアクション」、フランシスが「第3の男」に相当する。一連のプレーで最前列のプレッシャーライン+MFのプレッシャーラインと2本のラインを越えたことになる。当然、越えたラインの本数が多いほど相手に与えるダメージも大きいが、難易度も高い。セティエンのチームでも第2のアクションと第3の男との間でよく行き詰まっており、パスカットされたりボールが出てスローインになったりしている。

 さらに、相手の徹底マークで味方全員がマークされている場合は、1対1になっているはずのローレンへGKからロングフィードを送り込むという最終手段が残っている。


守備のエキスパートはいらない

 守備面では、組織的なプレスが唯一にして最も効果的な盾である。ボールを触りながら並びや縦横の関係を崩すことなく前進するポジショナルプレーでは、ボールロスト時に選手間の距離が短く人数は多くて密度が高いので、他のプレースタイルに比べプレスがはるかに効きやすく、フィジカルの強靭な守備のエキスパートも必要としない。

 セティエンは先述のインタビューの中で、アトレティコ・マドリーのコケがサイドで起用された場合の守り方に言及しているのだが、コケのようにサイドの選手が下がって絞る決まりはベティスにはない。ジュニオールやフランシスがコケと同じ動きをするとすれば、それはプレスをかわされ攻め込まれた非常事態にマーカーを追いかけた結果に過ぎない。攻守一体がポジショナルプレーの原則。並びや陣形を崩すことなく攻めることで守備時のプレス強度を上げ、並びや陣形を崩すことなく守ることで攻撃への移行をスムーズにしているわけだ。

 以上、セティエンのベティスの戦術を分析してみて、ポジショナルプレーの原則に非常に忠実なものだということがわかった。難解だと言われる理論に比べ、実際の動きは意外と単純であり、ポジションを厳守する、マーカーの背後で動く、サイドチェンジ、クサビ、フリーマンや3番目のプレー介入者を探す、サイドチェンジ、ラインを越えないパスは出さない……などの約束事は体系化されていないだけで、知識としては誰でも知っていることだろう。また、ポジショナルプレーだけの専売特許でもない。

 選手として実践するのは難しい。監督として教えるのも難しい。が、観戦者が「あれがポジショナルプレーの原則だ」と指摘するのは、意外にやさしい。

リーガでは序盤に出遅れたものの、第15節を終え7位に浮上。EL(写真)とコパ・デルレイでも勝ち残り、チームとしての充実ぶりを示している

Photos: Getty Images

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。