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続・レノファ山口分析のフレームワーク。「変わる手段、変わらない目標」

2018.11.13


 みなさんこんばんは。フットボリスタ・ラボの賑やかし要員ジェイ(@RMJ_muga)と申します。

 さて、先日公開されましたこちらのnote記事。

 書籍『モダンサッカーの教科書』から「第2章:チーム分析のフレームワーク」部分を抜粋して有料公開するという新たな試みです。

 この「フレームワーク分析」という手法は非常に優れた代物で、私自身、こちらの書籍に触発され「これを参考にすれば、素人でもある程度チーム分析ができるのでは?」と一念発起して実施してみました。

 そして今回、有料note公開に連動して何かフレームワーク分析に関する記事を、というお話をいただいたわけですが、新たに普段追っていないチームについてゼロから書くのもなかなかに大変な作業。かといって、手っ取り早く以前書いたnote記事を焼き直して紹介する、というのも味気ない……ということで、前回分析時(第23節終了時)とシーズン終盤の現在とでレノファ山口がどう変わったのか?について、再度フレームワーク分析を用いて検証してみるということになりました。

 それでは、どぞ!

※今回はサメの話はありません、念のため。
※用語の説明はしませんので、事前に書籍かnoteで「チーム分析のフレームワーク」を読んでおいてくださいね!


ターニングポイントとなった小野瀬康介の放出

 フレームワーク分析に入る前に前置きを少しばかり。ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、レノファ山口は開幕から好スタートを切りJ2の序盤戦を席捲、一時はJ1昇格もささやかれました。しかしながら中盤戦あたりから調子を落とし、第21節から第34節まで15戦未勝利という長い長いトンネルに入り込み、順位も下降線をたどります。実に106日ぶりの勝利となった第35節以降は4勝1分3敗と持ち直しましたが、残念ながらプレーオフ圏内の可能性は消滅しました。

 シーズン序盤からの大きな変化、その1つが小野瀬康介の移籍です。リーグ屈指のウインガーに成長した小野瀬は、第25節ロアッソ熊本戦の出場を最後にガンバ大阪へ移籍。連続未勝利に突入した時期にもばっちり符合します。霜田監督の「オファーは選手にすべて開示する。個人昇格も容認する。一人ひとりが個人昇格するくらいの選手に成長してほしい」という方針により小野瀬は巣立ってしまいました。

 しかしながら、移籍容認も含めて懸命に小野瀬を引き留めた霜田監督の存在がなければ、2018シーズンに彼が山口に居ることも、前半戦の大きな貯金もなかったでしょう。半年ほど余分に夢を見させてくれた康介、ありがとう。

 そしてもう1つの大きな変化が「3バックへの変更」です。2018年のレノファはシーズン序盤から長らく、[4-3-3]システムを基本に4バックの布陣を用いていました。試合中に3バックに変更することはありましたが、「CBを増やす」というよりも「攻勢に出るためにDFを削る」という意味合いの変更が主で、実質的には2バック1ボランチという状態が多かったように思えます。

 しかし第35節にはスタートから[3-4-2-1]([5-4-1])のJ2最強システムを初採用。久々の勝利を飾ったのを皮切りに、相手に応じて[3-4-1-2]、[3-1-4-2]([5-3-2])などを使い分けていますが、3バックは継続しています。詳細は後述しますが、当初は3バックへの変更というよりも、開幕からこだわってきた「3トップ&2シャドーシステムの取り下げ」ではないかと思っていました。

 前置きが長くなりましたが、以上の2点を踏まえて、フレームワーク分析での比較検証に入ってみましょう。

フレームワークの比較分析

【守備パート】

◇プレッシング

 霜田レノファの生命線といえば前線からのプレッシング。相手CBはおろかGKまで果敢に突撃する姿勢に、前回の検証では「超攻撃的プレッシング」に分類しました。

 しかし連戦の疲労と夏場の暑さを考慮してか、第24節あたりから意図的にプレス開始位置を下げている感じがありました。9月頃からは元の高さに戻ってきているので、やはりこれは一時的な措置であったと推察されます。

 また、3バックへの変更後もプレスの追い込み方は変わらず、逆サイドの1、2人は捨ててデュエルを重視する方針は継続されています。ただやはり、後方の人数が増えた分だけ以前のような異常なほどのアグレッシブさは鳴りを潜めており、やや寂しさもあります。


◇組織的守備

 組織的守備においてはシステムの都合上からか、プレッシングを継続するよりも一時撤退する形が増えています。前線でのプレスがかい潜られた場合、[5-4-1]([5-3-2])の陣形を整えてから再度突撃を敢行します。その甲斐あってか、3バック変更後の6試合では5失点(平均0.83点)と、4バック時の平均1.70点から大幅に減少しました。ただDFラインの連係、ラインから飛び出して迎撃する場合の横幅圧縮、距離感についてなどはまだまだ改善の余地があると言えます。またDFラインと中盤ラインの距離感、マイナス方向へのクロスに対しての対応も課題を感じます。

 そしてシーズンを通しての大きな課題として、個々の能力で押してくるチームへの対応が挙げられます。デュエル志向の強い守備方針のため、いわゆる「質的優位」チームのドリブル突破やワンツーパスから芋づる式に崩される場面が散見されました。来季は個々の能力を高めるとともに、プレッシング強度のさらなる向上、さらにブロック守備との使い分けや精度向上といった、次のステップへの強化が求められるのではないでしょうか。今季は特に「矢印を前に向ける」を強調してきたので、撤退守備については来季以降仕込んでいくのではないかとにらんでいます。

【ポジティブトランジション】

◇ショートトランジション

 中盤戦以降、プレッシングラインの調整と選手の入れ替えも含めたプレス強度低下から、ショートカウンターによる得点は大幅に減少しました。しかし夏場を乗り切ってからは(勝ち点的には乗り切れていないのですが)再び山賊プレスが復活。第34節の大分トリニータ戦では相手ペナルティエリア付近でのハイプレスから相手のミスを誘い、バックパスをそのまま押し込んだゴールも生まれました。ただせっかく前で引っ掛けたのに決め切れない、攻め切れないという場面も多く、ゴール前での落ち着きやラストパスの精度、タイミングの合わせ方など決定力的なものはまだまだ高めていく必要があります。


◇ミドル/ロングトランジション

自陣でボールを奪った場合のミドル/ロングトランジションにおいては、前半戦に比べてロングボールを選択する割合が増えてきたように感じていましたが、『Football LAB』のデータにおいても裏付けが取れました。前回分析時と比べると、ポゼッションの割合が減少して「ロングカウンター」の割合が増えています。これは1つには、正GKが吉満大介に交代したことも影響しているのではないかと。

 この動画のように、得意の低空パントキックで一気に前線へつける場面が増えました。一方では、攻撃の起点である三幸秀稔へのマークがキツくなり「蹴らされている」場面が増えたことも一因ではないかと思っています。

 またロングカウンターを狙いたい場面において、3バックと撤退守備の導入でCFのオナイウ阿道しか前線に残っていない場面が多く、味方の援護が受けられずにボールロストして波状攻撃を受ける、という場面も増えています。失点は減ったものの攻撃回数も減少しており、3バックの継続が今後も成績の安定に繋がっていくかというと、紙一重ではないでしょうか。


【攻撃パート】

◇ビルドアップ
⇒ポゼッションによるビルドアップ

 [4-3-3]システムの際はアンカーの三幸がDFラインに落ちるサリーダ・ラボルピアーナと言われる形を多用していましたが、3バックへの変更後は余程手詰まりにならない限り現出しなくなっています。これについては両サイドのCBにヘナン、前貴之、廣木雄磨といった比較的ビルドアップに優れた選手を起用していることが関係していると思われます。後ろの人数を重たくする分、DFラインのボール供給能力を重視して三幸の位置をなるべく下げないようにしているのではないかと。おそらく霜田監督としては3バックへの変更は本意ではなく、守備を安定させることとなるべく攻撃力を落としたくないことへの妥協点だったのではないでしょうか。ちなみに前、廣木両名の本職はSBですので、風間革命理論に片足を突っ込んでいるような気がしなくもありません。


⇒ダイレクトなビルドアップ

 システムの変更により、主なターゲットは3トップからウイングバック(WB)に変わってきています。3バックの導入とともにCBに抜擢された、フィード能力に優れる楠本卓海(新卒・東京国際大学)から左WBの瀬川和樹へのアタッキング・パスが攻撃パターンとして多用されています(残念ながら楠本はアビスパ福岡戦後に負傷してしましましたが……)。

 モンテディオ山形から今季加入した瀬川和樹は、開幕スタメンを飾ったものの慣れないSB起用に順応できなかったのか精彩を欠き、一時は完全に出番を失っていました。しかしながら、システム変更により本職であるWBとして起用されてからは水を得た魚のような活躍ぶり。本来の売りである攻撃力はもちろん、相手も3バックの際は標的がはっきりしてやりやすいのか、弱点の守備でも北爪健吾(横浜FC)を封じ込めるなど、別人のような力強いプレーを見せています。

 そして最初に述べたように、「諦めたのは4バックではなく3トップ&2シャドーの仕組みなのでは?」と感じていたわけなのですが、どうも違いました。先ほどの図をもう一度見ていただければと思いますが、攻撃時は両WBが高く張り出すため5トップのような形に。もちろん、WBには激しい上下動が求められるため3トップと同じようにはいきませんが、右WBにこれまでウイングを務めていた高木大輔を配置していることからも、「あくまで矢印を前に向ける」という霜田監督の強い気持ちがうかがえます。第36節FC岐阜戦後のコメントにも『彼がペナルティエリアの中でシュートを打てるようなシーンを作りなさいという話はしている』というものがありましたので、WBというポジションではありながら、求められている仕事は変わらず「ワイドストライカー」ということになるのでしょう。


◇ポジショナルな攻撃

 ポジショナルな攻撃の例として、前回は「SB、インサイドMF、ウイングによる回転アタック」を挙げました。しかしながら池上丈二の負傷離脱、小野瀬康介の移籍離脱以降、3人以上が絡む有機的な攻撃というのは頻度が減ったように感じられます。特に池上不在の影響は大きく、彼の離脱以降テンポの良いポゼッションがなかなか見られなくなっており、三幸の負担も増しているように感じられます。

 一つの仮説として、キャンプで戦術をしっかり仕込んできたかに見えたレノファですが、その実、個々の資質に支えられていた部分も大きかったのではないかと考えています。小野瀬の類い稀なるキープ力・打開力によって全体に余裕が生まれていた。三幸のゲームメイク能力と池上のリンクマンとしてのセンスによりボールがスムーズに循環していた。自由で柔軟なポジショニングを見せ、ハーフスペースを制圧する前が要所を締めていた…。 

 おそらく、個々の戦術理解についてはけっこうバラつきがあったのではないかと思います。来季のポイントとしては、戦術理解度として三幸・池上・前に続く選手を育成・獲得できるかが重要になってくるのではないでしょうか。新卒の山下敬大、楠本などはまだまだ化けそうですし、加入が内定している小野原和哉(流通経済大学)、起海斗(興國高校)に加えて、既存の中堅・ベテラン選手のさらなる奮起にも期待が懸かります。


【ネガティブトランジション】

 これについては開幕から変わらず、「ゲーゲンプレッシング」による即時奪回を重視しています。ただその内容については、少なからず変遷があったように思います。

 もともと攻撃のための守備・守備のための攻撃を掲げていたので、序盤戦はバランスの取れた配置からカウンターを防ぐ、ということができていました。これが中盤戦あたりから、無防備にカウンターを受けているように見える、という場面が増えてきています。要因としては複数あると思うのですが、夏の新加入選手の連係・戦術理解不足というのがまずは挙げられるのではないでしょうか。高井和馬、ジュリーニョともに守備力が高いタイプではなく、また連係不足によりボールの失い方が悪くなったということが大きく影響したかと思います。

 もう1つは、アタッカーのタイプが変わったことも関係しているのではないかと。試合スタッツの平均ポジションからは、序盤戦では「両ウイングが幅を取り、SBは内寄りをカバーする」ことを意識していることが見て取れました。しかしながらカットイン型の選手が起用されるようになってからは、ウイング(サイドMF)の選手が内寄りに位置して、SBの選手が外を追い越すために外寄りに位置する平均ポジションに変わっていました。このわずかな差が、被カウンター時の守備力を低下させていたのではないかと、個人的には考えています。

  さて、これでようやく4パートの分析が終わりましたが、フレームワーク分析には「セットプレー」の項目も含まれていますので、サッと流していこうと思います。もう少しお付き合いください……。

【セットプレー】

◇ゴールキック

 3バック変更後は割り切ったのか、無理にCBへ繋ごうとすることはほとんどなくなりました。ただ、高いパントキック精度を誇るGK吉満ですが、置いたボールの精度はなぜかいま一つなところがあり、良いボールが入ることは少ない気がします。もちろん、相手の体勢が整っていない際には素早くDFラインにボールを供給してプレーを再開します。


◇スローイン

 もたつくシーンも多く、そこまで練り上げられていないのかな?というのがシーズンを通しての感想です。このあたりはまだまだこれからの項目なのでしょう。3バック導入後は本来CFである高木大輔が右WBとして起用されていますが、コンバートによりスローイン機会が大幅に増加。得意のロングスローによるゴリ押し陣地回復!が一番安心して見ていられるとも言えます。


◇コーナーキック

 以前にも増してショートコーナーを多用しており、体感的には9割ショートコーナーです。プラス方向のクロスを上げる、中央からのミドルシュートを狙うなど意図はいろいろあるのでしょうが、どうにもビシッと決まらず、セットプレー全般の課題は来季に持ち越しとなりそうです。


◇フリーキック

 直接叩き込むゴールがゼロ(Jリーグ参入以降。最後に直接ゴールしたのは2013年の全国社会人サッカー選手権大会、という情報もあります)という状態は今も続いています。精度の高いキッカーは何人かいるのですが、そもそもゴール正面での被ファウルが少ない、直接フリーキックを叩き込む機会そのものが少ないようにも感じられます。ここはもう少し検証が必要ですのでどなたかお願いします……。

 さてさて、これで本当にフレームワーク分析についてひと通り終了しました。長い未勝利期間、システムの変更などいろいろありましたが、今回の分析を通して感じたのは「やりたいことは変わっていなかったのだ」ということです。初めて[3-4-2-1]システムを採用した第35節横浜FC戦、久しぶりの勝利に歓喜しつつも、私の胸中にはいくらかの寂しさが去来していました。「ああ、あれだけ野心的だった霜田レノファも、J2の潮流である[3-4-2-1]に飲み込まれてしまうのか…」と([3-4-2-1]も最近はそんな主流でもないのでは、という意見もありますが)。

 しかし形は変えても、目指すものはそう変わらなかった。「矢印は前向きに」「幅を意識した攻撃」「攻撃と守備を分けない」「前からボールを奪いに行く」などなど、表現の仕方は多少変わりつつも、目指すものは変わっていない。システムはどう用いるかであって、数字の並びはやはりただの電話番号に過ぎないのです。ただこれは想像なのですが、霜田監督は来季再び、[4-3-3]での戦い方を完成させることに挑むのでは……? と考えています(今季もまだ1試合残っていますが)どのような補強をして、何を目指してどのようなキャンプを過ごしてシーズンに入るのか、来季もレノファ山口を追っていきたいと思います。

 以上です!

 ここまで長々と素人の分析を読んでいただきありがとうございます。今季はシーズン折り返し地点と終盤と、2度もチーム分析をするという機会を得ました。サポーターによるシーズンの振り返りや総括というのはどうしてもざっくりしがちですが、この「チーム分析のフレームワーク」を用いれば項目ごとに整理ができ、推しチームの詳細な振り返りや分析が可能ですので、総括だけでなく来季の補強や戦術を占うのにも役立つのではないでしょうか。もちろん、現場の指導者の方々にも、このフレームワーク分析を自分なりにアレンジしてご活用いただければと思います。というわけで、『モダンサッカーの教科書』、有料note「チーム分析のフレームワーク」ともども好評発売中でございますので、この機会にぜひお求めください(宣伝して終わる)。

それではみなさん、Até breve, obrigado.

●『モダンサッカーの教科書』から学ぶ最新戦術トレンド

・第1回:欧州の戦術パラダイムシフトは、サッカー版ヌーヴェルヴァーグ(五百蔵容)
・第2回:ゲームモデルから逆算されたトレーニングは日本に定着するか?(らいかーると)
・第3回:欧州で起きている「指導者革命」グアルディオラ以降の新たな世界(結城康平)
・第4回:マリノスのモダンサッカー革命、CFGの実験の行き着く先を占う(河治良幸)


Photos: Takahiro Fujii

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フレームワークレノファ山口

Profile

ジェイ

1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。

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