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ナーゲルスマンは、なぜ移籍を発表した? 異例な「1年後内定」の内情

2018.09.19

ドイツサッカー誌的フィールド


皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、今ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。

今回はシーズン開幕前、1年後のRBライプツィヒ行き公表が物議を醸したユリアン・ナーゲルスマンの決断の理由と、周囲の反応を探る。


 この世界でその手腕を認められた人間が、レアル・マドリーという選択肢があるにもかかわらずRBライプツィヒを選ぶなどということは、めったには起こらない。ユリアン・ナーゲルスマンが、ジネディーヌ・ジダンの後継者になれたかもしれないのに、5年前にはまだアマチュアクラブだった、まだ何のタイトルも獲ったことのないRBライプツィヒに行くのは、ちょっとしたセンセーションである。しかもあと1年は、スケートボードで練習場に通えるような小さな街、ホッフェンハイムで仕事を続けるというのだ。

 「僕はまだ30歳で、居心地のいい立場にある。監督としてのキャリアがこのまま進めば、レアル・マドリーのようなカテゴリーのクラブを指揮する機会も、そのうちまたやってくるかもしれない」

 こう語るナーゲルスマンは、健全なリズムで階段を上るつもりらしい。


ライバルへの“平手打ち”

 ホッフェンハイムをバックアップする(実質オーナーの)ディートマー・ホップは、ナーゲルスマンの将来設計を知って憤りを感じたに違いない。彼は、かつてホッフェンハイムを指揮したラルフ・ラングニックと今では敵対関係にある。よりにもよって、ラングニックの新プロジェクトであるRBライプツィヒに引き抜かれたのは、痛手であるはずなのだ。

ナーゲルスマンの移籍内定を受け、1年限定でRBライプツィヒ監督を兼任するラングニックSD

 ただ、ナーゲルスマンのこの選択を平手打ちのように感じるのはホッフェンハイムだけでなく、ドルトムントとバイエルンもではないだろうか。

 ナーゲルスマンのホッフェンハイムとの契約には、19年夏になれば推定500万ユーロで移籍していいという条項がある。だが、バイエルンとドルトムントのプランとは“呼吸”が合わなかった。ホップはドルトムントとCEOのバツケを嫌っているうえに今夏すぐドルトムントへ行かせるつもりはなく、ドルトムントも待つことはできなかった。

 一方、バイエルンであれば、もしそれなりの違約金のオファーが届きさえすれば、行かせる用意がホップにはあったらしい。しかし、年々保守的になるウリ・ヘーネス会長が距離を置いた。「昨シーズンの後半、ナーゲルスマンはホッフェンハイムで初めて危機的状況に陥った。それを見て、あまりにも若い監督に舵取りを任せていいのかという疑いが大きくなり過ぎた」と『ビルト』紙。ゆえにニコ・コバチを招へいしたわけだが、これはバイエルンのマネージメントの致命的な弱点――勇気と革新力の欠如――の最たる例である。

 ナーゲルスマンをRBライプツィヒに行かせたことは、大きな間違いであったと臍(ほぞ)を噛むことになるかもしれない。コバチがバイエルン行きを説明した時の印象は、正直言って“惨め”であった。語るのは自分のことばかりで不誠実な感じがしたばかりか、弁論術、コメントの専門的な奥深さ、戦術的柔軟さに関してはナーゲルスマンの方が明らかに上なのだ。


驚くべき成熟

 『シュピーゲル』電子版に言わせれば、非常に才能のあるこのサッカーナードの行き先は「大企業をバックに高揚中のクラブだが、欧州のトップアドレスではない」。そしてこの“レッドブル・ライプツィヒ”というプロジェクトを批判的に見る人たちにとっては、今回の発表はちょっとした悲劇である。彼らは、移民問題など社会・政治的問題についてのレッドブル関係者の発言は右翼的なイデオロギーに近く、クラブのファン文化はマーケティングの戦略家によって人工的に作られているだけだと批判してきた。そのクラブが来年、非常にプロフェッショナルなマネージメントだけでなく、ひょっとするとドイツ最高かもしれない監督を有することになるのだから。

 また、ナーゲルスマンのスタイルはRBライプツィヒのプレースタイルに非常によく合うと『シュピーゲル』電子版は考えている。「アグレッシブに、少ないタッチ数で前線に運ぶ。1部で2季目となった昨シーズンはその攻撃的サッカーを止められることが増えたが、それは相手が彼らのやり方を解読したからである。ナーゲルスマンは柔軟なマッチプランを持つことで知られており、チームに新しい刺激を与え、発展させることができる」と。

 ナーゲルスマンが移籍発表後、『エルフ・フロインデ』誌に語った言葉は、彼の驚くべき成熟ぶりを示している。

 「この社会の大きな問題は、最大化への傾倒だ。大事なのは隣人よりも凄いこと、一番大きな車、一番残高の多い口座、一番大きな家を持つことといった具合に。僕はそうありたくはない」

 もっとも、ナーゲルスマンが一番行きたいのがバイエルンであることは公然の秘密である。現在ミュンヘンに家を建設中で、生活の中心として考えているらしい。ミュンヘンでもいつか必ず始まる新監督探し、その時まで。

ナーゲルスマンの決断を受けたディートマー・ホップのコメント

「ユリアンが取った行動の中に、おかしなところなど何一つない。契約に含まれていた例外条項を彼が行使したということ。早い段階で伝えてくれたことで、我われもまた行動に移すことができる。まったくもって問題はないし、フェアなものだ。もちろん、残念ではある。だが彼の決断をリスペクトしているし、誰一人としてこのことをショックという言葉で表現する者などいないだろう。彼の成功を願っているよ」

「(RBライプツィヒについて)非常に大きな野心と財力を有するクラブだ。そして来季から、彼らは卓越した才能を持つ若手指揮官を迎え入れることになる」

「(チームへの影響について)そもそもここには勝利するために来ているのだから(問題ない)」


Photos: Bongarts / Getty Images
Translation: Takako Maruga

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Profile

ダニエル テーベライト

1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。