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イニエスタが魔術師たる所以(後編)。古橋とのホットラインを生んだ「ドリブルアット」とは?

2024.01.31

2023シーズン途中に惜しまれながらもヴィッセル神戸を退団したアンドレス・イニエスタ。2017年以来となるバルセロナとスペイン代表の黄金期を演出した「魔術師」が不在のJリーグ新シーズンを迎える前に、その技術をfootballhack氏が前後編に分けて分析する。

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イリュージョンを演出する懐の使い方

 次に解説するプレーは2020シーズンのJ1第17節名古屋グランパスの89分から。DFが守備の原則から外れてまずボールではなく体を抑えてきたこの例外で、イニエスタはどうするのか。

 後ろからピタリとマークにつかれ、いわゆるポストプレーに近い形でパスを受けたイニエスタ。初めは右足でボールを軸足側に動かすようにコントロールしているが、DFが体を中心に守っていると見ると、すぐに蹴り足側の方に引いてマーカーから見えない位置に動かし直した。そして相手がボールを覗くために体を離すと、その後イニエスタは挟み込もうとしてきたもう1人のDFに対して懐を利用。足下にタックルを誘い込みながら先にボールを逃すことで時間とスペースを得ている。

 このようにイニエスタはトラップからドリブルに移る際に、懐を使ってDFを欺くプレーも上手い。その概念をプレー映像として日本に残してくれたという意味でも彼の功績は大きい。懐を使うと彼のように足が速くなくてもタイミングだけで抜き去ったり、接触されてもギリギリまでボールをキープできる術を身に着けられる。引き続き紹介していこう。

 2020シーズンJ1第5節清水戦の88分には、緩急だけでDFを剥がしている。

 自陣の右ハーフスペース中央で止まって左足でパスを受けたイニエスタは左後方の死角から距離を詰められる。コントロールと同時に顔を上げてそれを確認すると右足で小さく前へボールを突いて一歩進み、すかさず軸足となる左足を相手とボールの間に入れて懐の姿勢を作る。DFの意識をボールに向けさせたままドリブルで加速することで、巧みにプレスを回避した。ボールの置きどころによって相手の予測に0.5秒ほどの誤差が生まれる事象がはっきりと確認できる、お手本のようなプレーだ。

 続いて2020シーズンJ1第18節サガン鳥栖戦の8分。敵陣右サイドでバックパスを受けたイニエスタがDF2人をかわしてクロスを入れ、そのこぼれ球から先制点が生まれたシーンだ。

 まず1人目に対しては懐を使ったトラップでズレを作り、フィジカルコンタクトを受けながらも腕を使ってかわしていく。注目すべきは2人目の抜き方だ。決して俊足ではない当時36歳のイニエスタが、スピードでマークを振り切っているように見える。何のフェイントも入れず、シンプル縦に進んでいるだけなのに、相手が遅れを取っているからだ。

 その理由は加速に入る前にボールを超えて軸足を踏み込んだ動きにある。懐の姿勢を経由することでDFの出鼻を挫き、左腕を相手の前に潜らせてから後ろに払う動きによって、相手から前進するエネルギーを変換してスピードの差を広げている。

 こうして171cm68kgと痩身矮躯ながらも体の使い方が巧みなイニエスタは、2020シーズンのJ1第20節、横浜F・マリノス戦の14分にも、相手の足に自分の足を当てて物理的にタックルを妨害することでボールキープを成功させている。……

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footballhack

社会人サッカーと独自の観戦術を掛け合わせて、グラスルーツレベルの選手や指導者に向けて技術論や戦術論を発信しているブログ「footballhack.jp」の管理人。自著に『サッカー ドリブル 懐理論』『4-4-2 ゾーンディフェンス セオリー編』『4-4-2 ゾーンディフェンス トレーニング編』『8人制サッカーの戦術』がある。すべてKindle版で配信中。

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