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イニエスタのプレーとは、バルサのサッカーそのものである

2018.04.23

敵の意図を見透かす仙人の眼

Andrés INIESTA
アンドレス・イニエスタ

1984.5.11(33歳) 171cm/68kg SPAIN


 イニエスタは仙人のようだ。大きくもなければ取り立てて速くもないが、ふわりふわりと大した苦労もなく敵の守備陣に壊滅的な打撃を与えていく。

 『論語』にこういう一節がある。「70歳で自分の心のままに行動して人道を外すことがなくなった」。15歳で学を志した孔子の集大成と言える境地だが、イニエスタはまさにそんなプレーヤーだと思う。周知のとおりバルセロナのサッカーは理詰めだが、イニエスタはおそらくもうそんな理屈はまったく意識していない。好きなようにやっている。けれども、それがことごとく理にかなっている。

 常に数的優位を生かしながら、ボールを滞りなくリレーしていくバルセロナのサッカーで肝になるのが相手の間でパスを受けるプレーである。狭いスペースでのワンタッチコントロール、それで前を向ける技術、敵をかわす技術が必要になる。これは誰にでもできるわけではない。シャビはフットボリスタ(月刊54号)のインタビューで「(サネは)反転して(マークを外し)スペースを作る能力がない」と話している。マンチェスター・シティの韋駄天ウイングをダメだと言っているわけではなく、サネはサイドでプレーする選手で中央は無理だと言っているだけだ。イニエスタはもちろん中央でプレーできる、シャビの言う「360度」のターンができるからだ。180度ではなく360度というところがポイントだろう。

 実際にコントロールしながら1回転することはほぼないが、要はボールを足につけたまま全方位的に角度を変えることができるかどうか。これができる選手は、ボールから早く目を離すことができる。コンマ数秒かもしれないが、サッカーでその差は決定的なのだ。


ボールを静止させられる技術

 イニエスタが後方からのパスを受ける時、ほとんどの場合で止まっている。正しいタイミングで正しいポジションにいるのであまり動く必要はない。ただ、止まってパスを受ける選手には敵は狙いをつけて詰め寄せてくる。その時、イニエスタはボールを扱いながら早く目を離すことができるので、敵のほんの少しの動きを見逃さない。

 前提になるのはボールを静止させられる技術である。足についているからボールは見ないでいい。あとは敵の動きの逆を取るだけ。武道に「後の先を取る」という言い方があるがまさにそれ。敵の逆を突くだけなので大袈裟なフェイントもいらない。ボール1個2個分、スッと動かしてしまえば敵は明後日の方向へ行ってくれる(図1参照)。しかしそれにしてもイニエスタの敵の動きを見透かす眼は特別だ。すでに動いているなら簡単だが、動こうとしている瞬間さえ見ている。あるいは感じ取っている。

後方からパスを受ける時の例。①ボールは左足側へ。②体勢からブスケッツへのパスと読んだ守備者が一歩踏み出すと、③右アウトのタッチで逆方向にターンして敵を置き去りに

 イニエスタには独特の体重移動の妙技があり、例えば両足の間でボールを動かすダブルタッチの動作にはそれがよく表れているが、そうしたフィジカル的なしなやかさよりも敵の意図を見透かせる眼、その前提になっているボールテクニックがより決定的だろう。

 イニエスタは最高峰としても、この手の選手がいなければゾーンディフェンス攻略の定石である「隙間」へ何本パスを繋ごうと効果はない。良い場所へ何本もパスが入っているのに、そのたびに後方へ戻すだけというシーンをよく見かけるはずだ。周囲を見ながらターンできる選手がいないからだ。これでは戦術は絵に描いた餅と言える。

 ただ、イニエスタは受け取ったボールを後方へ返すことも多い。決して無理をせず、諦めが早い。これはバルセロナの戦術が完全に体に入っているからだ。

 バルセロナのポジショニングは全体のバランスを考慮している。突破するためにある程度の人数はボール周辺に投入するが限度は超えない。敵味方で密集させるも、敵が集まってきたら手薄な方を攻めればいいからだ。ピッチのどこでも数的優位を作りやすくするために、1カ所に戦力を投入し過ぎていない。逆に言えば、強引に1カ所を突破しようとするのはバルセロナのサッカーでは非常に効率の悪い自損行為になりかねないのだ。だから、イニエスタの技術をもってすれば何とかなりそうな状況でも実にあっさりと諦める。

 心のままにプレーしてバルセロナの論理を外さない。

 イニエスタはバルセロナのサッカーそのものを体現している。そのため、イニエスタとメッシに関してはチームメイトが無条件にボールを渡している。彼らが正しい場所にいるかどうかの判断なしに、パスしておけばまず間違いがないからだ。バルセロナといえども全員がそのプレースタイルを完璧にこなせているわけではない。イニエスタ、メッシ、ブスケッツという羅針盤の存在は大きい。


Photo: Getty Images

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Profile

西部 謙司

1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。