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ランチェスターの法則で読み解く現代サッカーと軍事研究の共通点

2018.02.28

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

 ランチェスターの法則とは、自動車・航空機のエンジニアとして活躍したイギリス人フレデリック・ランチェスターが第一次世界大戦の際に、航空機での集団戦闘を分析することで発見した数理モデルである。コロンビア大学で数学者バーナード・クープマンとアメリカ海軍作戦研究班によって軍事研究に展開されたこの法則は、戦争学における重要な基礎となり、さらに経済学・マーケティング・進化人類学などの様々な分野に応用されている。本稿では、ランチェスターの法則から現代フットボールを読み解いていこう。

「武器の性能が同じなら数が多い方が勝つ」

 この法則の最も基本的な概念として知られているのが「武器の性能が同じであると仮定した場合、必ず兵力数の多い方が勝つ」というものだ。感覚的にもわかりやすく、当然のことであると思われるかもしれない。しかし、彼の数理的モデルが示したのは「大砲や機関銃が存在する近代戦闘においては、数の差がイメージする以上の大きな戦力差となる」というものだった。3倍の兵力があれば、攻撃力は9倍となるのだ。

 現代フットボールにおいても戦術の基本は、各地で「数的有利」を作り出すこと。「2CBがサイドに開いて、アンカーが落ちるメカニズム」はスペイン語で「サリーダ・ラボルピアーナ」と呼ばれ、現代フットボールではビルドアップ段階で数的有利を生み出す基礎として定着している。局地的な数的有利が持つ力は、グアルディオラ率いるバルセロナによって証明された。

 10-11シーズンのCL決勝、メッシが下がることで中盤に数的有利を生み出すバルセロナのゼロトップに、対人戦のスペシャリストをそろえたマンチェスター・ユナイテッドが弄ばれたのは「時代の節目」だったと言えるだろう。シャビとイニエスタに一騎打ちを挑もうとするキャリックとギグスは下がってくるメッシの存在によって苦しめられ、ファーディナンドとビディッチの両CBは両ウイングの走り込みを警戒して自分の持ち場から離れられなかった。

10-11シーズンのCL決勝で、キャリックとギグスを翻弄したメッシ

 ランチェスターの法則では「白兵戦」から「組織としての近代戦闘」へと戦争の方式が移り変わっていくことで大幅な戦略の変更が求められたことを示しているが、それはフットボールにおいても同様だった。

弱者の戦略「一騎打ちの法則」

 近代戦争が広域戦となっていく中でも、ランチェスター戦略における弱者の戦略は「一騎打ちの法則」と呼ばれるものだ。相手の戦力を分断する「陽動戦」によってバランスを崩し、戦力差に影響されない一騎打ちを挑む。弱者が戦力差を覆すためには、局所における質的有利を使う必要があるのだ。

 そのために、どのように相手とのミスマッチを作り出すかは指揮官にとって重要な仕事である。試合前の分析によって自軍の選手が相手を上回れるポイントを見つけ出し、徹底してそこを狙い撃つ。

 「イスタンブールの奇跡」と語り継がれる04-05シーズンのCL決勝におけるリバプール指揮官ベニテスのハマン投入は、その好例だろう。どうしても得点が欲しい状況で前線の数を増やすのではなく、中盤に守備的なドイツ人MFを投入したベニテスはジェラードを1列前に移すことで、局所で質的有利を作った。エリア内に侵入する機会が増えたジェラードはミラン守備陣を大いに苦しめ、歴史に残る逆転劇を生み出すきっかけになった。

「イスタンブールの奇跡」と言われる04-05シーズンCL決勝、後半から途中出場したディートマー・ハマン

 中でも高さのミスマッチは、局所戦でシンプルに質的有利を作り出せる方法だ。高さのミスマッチを利用する戦術自体は、歴史を振り返っても珍しいものではない。最も有名なのが、1994年アメリカW杯でイングランドとオランダを破り、1998年のフランスW杯では当時無類の強さを誇った王国ブラジルを下したオルセン率いるノルウェー代表だろう。走り高跳びの選手だった192cmの長身FWヨーステイン・フローを右ウイングに配置し、左SBインゲ・ビョルンビーからのロングボールを攻撃の起点とする「フロー・パス」をチーム戦術とした彼らは、長身のフローが相手左SBに高確率で競り勝つことで、手数をかけずに決定機を創出した。

 「フロー・パス」はボルトンを率いたサム・アラーダイスによって応用され、ケビン・デイビスが起点として斜めからのロングボールを受ける戦術が効果を発揮した。

ケビン・デイビスはボルトンで03年から10シーズン過ごし、キャプテンも務めた

 現代フットボールでも、弱者の戦術として高さのミスマッチを利用することは依然重要であり続けている。元エバートン指揮官ロベルト・マルティネスがベルギーの巨漢FWロメル・ルカクをウイング起用したことも、相手SBとの高さのミスマッチを作り出すことが狙いだった。

 スピードの違いにフォーカスすれば、地上戦でもミスマッチを作り出せる。2014年ブラジルW杯で優勝候補スペインを破ったファン・ハールは、ウインガーのロッベンをファン・ペルシーの相方として2トップの一角で起用した。スピードを生かして両翼に顔を出すロッベンは何度となくスペイン守備陣を苦しめ、カウンターの破壊力を倍増させた。同様にエバートンを率いたオランダ人監督のロベルト・クーマンはベルギー代表のウインガー、ミララスをセカンドトップに配置。彼がショートカウンター時に両翼に流れることで、守備陣が崩れやすいスペースを狙い撃った。ウイングを中央に配置して中央突破を意識させ、さらにそこから彼らを両翼に動かすことで「陽動戦」と「一騎打ち」を共存させたのだ。

強者の戦略「集中効果の法則」

 一方で、強者は弱者の「一騎打ち」を避けながら戦力の優位性を生かして攻め込む必要がある。「一騎打ちの法則」に対して「集中効果の法則」と呼ばれる戦略である。弱者の局所戦を攻略するには、ピッチを満遍なく使う広域戦が求められる。強者がボールを支配して広域戦を展開する時間が長くなれば、相手も人数をそろえるために陣形を崩して守備に人数を費やす必要が出てくる。そうすれば、相手の攻撃陣を危険なスペースから遠ざけることもできる。

 一騎打ちを避けるためには、両翼にボールを動かしピッチを広く使わなければならない。ペップ・グアルディオラが両ウイングのポジショニングを重要視する理由も、相手の局所戦を妨害しながらチームがコレクティブに戦うためには、ウイングがもたらす攻撃の幅が必要だからだ。

ピッチを広く使うグアルディオラの戦術において、両翼のポジショニングは重要だ

 相手の注意を分散することによって戦力差を最大化する「誘導戦」も、ランチェスターの法則における強者の戦略の一つだ。ルイス・エンリケが率いたバルセロナでは、豪華絢爛な南米3トップが相手の守備陣を振り回すだけでなく、彼らに目を奪われた相手DFラインの隙を突いて中盤からエリア内に入り込むラキティッチが攻撃における重要なカードとなった。相手を押し込んだ状態で攻撃と守備の枚数をそろえ、さらに中盤からの攻め上がりを加えてとどめを刺す戦法だ。

 一方で、守備面で「一騎打ち」を避けるのはチェルシーを率いるコンテやユベントスを率いるアレグリの得意技だ。3センターの専門家として知られるアレグリは、的確な守備バランスを構築して2対1の数的有利を作り出す。常に相手の重要人物を2人で監視する体制を作り、一騎打ちに持ち込ませないのだ。一方で、コンテは「受け潰し」の達人だ。ユベントス時代にはルディ・ガルシア率いるローマとの対戦で自軍の2トップを相手ボランチの位置に配置し、後方に重心を置くことでローマの前線へのパスコースを遮断。10人の守備ブロックで1対1の局面を作り出す形を消してしまった。

 数的有利と質的有利に着目したランチェスター戦略は、「自軍と敵軍の戦力を的確に読み解くスキル」が不可欠となった現代のフットボールを分析する上でも重要な法則となる。孫子の兵法が示すように「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」というのは間違いのない事実なのだから。


Photos: Getty Images

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ランチェスター戦術

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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