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ラ・パウザ(休止)とはなにか。数秒後の世界を読むプレーの本質

2018.01.23

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。


 リカルド・ボチーニ。アルゼンチンのストリートが生み出した天才肌のMFは、ディエゴ・マラドーナにとって「少年時代のアイドル」だった。1986年のメキシコW杯、残り5分の段階でピッチに投入された当時32歳のボチーニに、マラドーナが「ずっとあなたを待っていました、マエストロ」と伝えたエピソードは、いまだに語り継がれている。今回はそのボチーニの代名詞であり、現代フットボールの世界にも受け継がれている「ラ・パウザ」という概念について考えていこう。

「ラ・パウザ」とは?

 「休止」を意味するラ・パウザの名手として知られたボチーニは、ボールを保持しながら選択を遅らせる特殊な技術で相手を翻弄した。基本的にラ・パウザの目的は「状況の変化を待つ」こと。スペースに走り込む味方が相手を振り切る時間を作り出すだけでなく、状況の変化によって生じた守備の穴を狙うこともできる。ボールを持ちながら相手チームの陣形と味方の状況を把握できることが、フィジカル面で脆弱だったボチーニが相手を圧倒できる秘密だった。

 近年、ラ・パウザの名手を多数生み出しているのがバルセロナであることに疑いの余地はない。シャビ・エルナンデス、アンドレス・イニエスタ、セルヒオ・ブスケッツの3人はカンテラで磨かれたラ・パウザの達人として、ペップ・グアルディオラのフットボール哲学をピッチ上で表現することに成功した。特に2011年のCL決勝マンチェスター・ユナイテッド戦でシャビが見せたペドロへのアシストは、ラ・パウザの神髄が凝縮されたプレーだった。

 良い位置でイニエスタからの縦パスを受けたシャビだったが、その時点ではペドロとビージャはマークされており、メッシも危険なポジションにはいなかった。そうした状況を正確に把握したシャビは、ゆっくりとドリブルを開始。体の位置を頻繁に入れ替えることで相手にパスの出しどころを絞らせないようにしながら前進し、最終的にはビージャへのパスを警戒した守備陣の逆サイドでマークを外したペドロへスルーパスを供給した。アウトサイドキックでのアシストは、受けた時点の状況では存在しないコースを「待つ」ことによって生み出したものだった。

効能1:ゾーンディフェンス攻略

 ボチーニと同郷のアルゼンチン生まれで、バルセロナの教育によって磨かれたリオネル・メッシがラ・パウザの継承者であることは必然なのかもしれない。ドリブラーの印象が強かった20代前半と比べると、周りを的確に使う場面が増えてきている近年、ラ・パウザの頻度は増加傾向にある。

 世界最高のドリブラーであるがゆえに、相手の守備陣を引きつけることができるメッシはボールを動かしながら時間を作り出すプレーにおいて他を寄せつけない。最も得意としているのは、内側へのドリブルで相手を中央に引きつけながら逆サイドに長いボールを送り込むパターンだ。複数の選手がメッシを取り囲むために中央に寄ることで、逆サイドの選手が使うスペースが生まれる。さらにウイングが相手SBを引きつけながら中央に走り込んでオーバーラップしてくる選手をフリーにする。厄介なことに、メッシは世界屈指のシュート精度を誇るアタッカーでもある。逆サイドをフリーにするリスクがあっても、コンパクトに対処しなければ中央を突破されてしまう。

 相手の動きを先読みしてスペースを埋めるゾーンディフェンスにとって、ラ・パウザを使いこなすアタッカーは天敵だ。今季、CLグループステージ第1節ユベントス戦で、イタリア製の堅牢な守備陣を崩壊へと導いたのもメッシのラ・パウザだった。

 ピッチの左寄りをドリブルで持ち運んだメッシは、一瞬スピードを落としたことで後追いになっていたピャニッチに追いつかれる。この時点では前線のルイス・スアレスはバルザーリとストゥラーロの2枚にマークされており縦パスを供給することは難しいが、メッシには左サイドをオーバーラップしてきたSBジョルディ・アルバという新たな選択肢が生まれていた。ストゥラーロがJ.アルバへのコースを先読みしてカバーに入ろうとした瞬間に、メッシはマーカーがバルザーリだけになったL.スアレスに縦パス。リターンパスを受けると、一瞬でゴールへと繋げてしまった。

 スピードを落とし、J.アルバへのパスを意識させながら相手DFの先読みを誘発し、L.スアレスのマークを軽減させてしまったのである。まさに、数秒後の世界が見えていたかのようなプレーだった。ユベントス守備陣も決して間違った対応をしたわけではなかったが、メッシの緩急によって翻弄されてしまったのだ。

効能2:ハイプレス攻略

 トランジション化が進む現代フットボールにおいては、「自由を奪う高い位置からのプレッシング」が重要視されている。身体能力が高いMFが中盤で激しくぶつかり合う中に、スピードを落とすラ・パウザが生き残る余地はあるのだろうか、と疑問に思われるかもしれない。しかし、プレッシングを破る上でラ・パウザは欠かせないスキルだ。

 マンチェスター・シティのMFダビド・シルバもこのスキルを得意としている。中盤の狭いゾーンでボールを受けることが多い彼にとって、重要なスキルが「ラ・ペロピーナ」と呼ばれる360°ターンだ。軽く柔らかいターンは、相手のマーカーを簡単に振り切ってしまう。フィジカル面で相手に圧倒されてもボールを失わない彼のターン技術は、前からのプレッシングを受けていても色あせることはない。

 マネの退場によってバランスが一気に崩れてしまった9月9日のマンチェスター・シティ対リバプール戦。この試合でも、シルバがリバプールのゲーゲンプレッシングを回避する場面が散見された。

 シルバが後ろを向いてボールを受けた局面、リバプールはバックパスを予測して激しいプレスを狙おうと動く。実際シルバもボールを受けながら少し後ろにドリブルし、バックパスの動きを見せるのだが、それはオトリ。そこから少しターンすることで体の向きを変え、真横へのパスに切り替えたのだ。そうなると、中盤が前に動こうとしたスペースを使われてしまうことになり、徐々にリバプールは思い切ったプレッシングを仕掛けづらくなっていく。一瞬で局面を打開するような派手なスキルではないが、シルバはこういったスキルを積み重ねることによって守備のリズムを少しずつ狂わせる。

 エバートンのSBレイトン・ベインズは、前からのプレスを仕掛けられている局面では「前方に長いボールを蹴るキックフェイント」を挟むことで相手をけん制しながらターンし、CBやGKへのバックパスを出すことが多い。普通にバックパスを蹴ってしまえば相手から狙われるので、フェイクで時間を使いながら足止めしておくのだ。

 レアル・マドリーで躍動しているイスコもラ・パウザの使い手として知られているように、一流のMFはボールをコントロールしながら時間を作る術に長けている。良い選手はその瞬間の「最良の答え」を選ぶことができるが、一流の選手はさらに局面を進めて「新たな答え」を創造することができるのだ。

 スペインの地にラ・パウザの使い手が次々と現れているのは、ポジショナルプレーの概念と無関係ではない。密集でのパス回しによって逆サイドで孤立する選手を作り出し、相手を片側のサイドに寄せてから広いスペースへと展開するのはポジショナルプレーの基礎だからだ。さらにラ・パウザには的確なタイミングでパスを送ることによって、味方の位置的優位性を向上させる効果もある。相手を密集させるためにボールを保有し、相手の陣形を崩すためにスピードを落とし、受けた時点で味方がプレーしやすい状況になるようにタイミングを遅らせる。「待つ」ことによって多くの選択肢を得られる「数秒後の状況を予測する思考能力」こそが高速化するフットボールの世界で違いを生み出す鍵になりつつある。

Photos: Getty Images

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Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。