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サッカーを進化させた理論体系「オランダメソッド」の逆襲

2017.07.27

グアルディオラのサッカー哲学のベースとなっているのは、リヌス・ミケルスとヨハン・クライフによって1970年代のオランダで誕生した「トータルフットボール」だ。今までの常識を根底から覆したサッカースタイルは、理論を徹底的に追求する異色の国民性がもたらしたものだ。

完成度が高過ぎるがゆえに、変化への適応に時間がかかっているが、その総本山アヤックスとオランダ代表で働く日本人アナリスト、白井裕之は「新しいオランダサッカー」の胎動を感じている。

独自メソッドの正体

“客観でサッカーをとらえ、主観で解釈”

──ずばり近年のオランダサッカー苦戦の理由は何でしょう?

 「様々な理由がありますが、一つにオランダメソッドが他国に流出したことが挙げられます。サッカーを体系的に理論づけたオランダメソッドへの評価は高く、世界中から指導者がやって来ました。オランダは自分たちのメソッドを隠すことなくオープンにし、いろんな国に取り入れられた。世界のサッカーのレベルを押し上げるためにはいいことだったのかもしれませんが、オランダ独自の攻撃サッカーの優位性は失われました」

──バルセロナのメソッドも元はアヤックスですからね。逆に言えば、コピー可能な汎用性があるということですか?

 「オランダサッカーの独特なところは、『サッカーとは何か?』というところからスタートし、客観的にこの競技を定義づけたところです。その土台がまったくぶれていないので、誤解がなくスムーズにコミュニケーションが取れます」

──オランダ人にとって、サッカーとは何なのでしょう?

 「11人×2チーム、2つのゴール、ボールとフィールド、相対する方向、ルールが必要なスポーツです。これが根本にある大原則で、それがサッカー関係者全員に共有されています。だから、コーンを置いたドリブル練習や敵を置かないシャドープレーは、サッカーではないからサッカーは上達しない、という考え方に繋がっていきます。ゲームの目的は勝つこと。勝利条件は相手より1点でも多く取ること。そのために、攻撃的なプレーモデルが選択されています」

──そこがオランダサッカーの肝となる客観部分=前提条件なんですね。

 「さらに言えば、次に来る概念として『攻撃』『攻→守の切り替え』『守備』『守→攻の切り替え』の4つのチームファンクションがあって、『攻撃』『守備』についてはさらにチームタスクがあります。『攻撃』のチームタスクは『ビルドアップ』と『得点する』です。『守備』は『ビルドアップの妨害』と『失点を防ぐ』。その次に来る概念がチームオーガニゼーション。ここで各選手のポジションと役割を明確にしています。日本でいうシステムですね。オランダでは[1-4-3-3][1-4-4-2][1-5-3-2]の3つの系統があると考えられています」

──アヤックススタイルの[3-4-3]はどこの系統に入るのでしょう?

 「[1-4-3-3]系統です。相手FWやMFの枚数に応じてCBの1枚が中盤に上がった形という認識です。オランダではすべてのチームオーガニゼーションがこの3つに大別できると考えられています。ここまでがチームレベルの話で、個人レベルのサッカーアクションにも同じように明確な定義があります。ここまでを総合してサッカーの客観部分としてオランダ国内で共有しています」

──僕がオランダメソッドと考えていたアヤックススタイルは、客観部分の上に載る主観部分ということですか?

 「その通りです。オランダサッカーにおける主観は3つで成り立っています。1つ目は戦略。ゲームメイク戦略とカウンター戦略の2つに大別できて、前者はさらにバルセロナのようなポジショナルプレーとダイレクトプレーに分けられます。2つ目はプレーモデル。チームとして勝つために実践する方法ですね。3つ目は戦術。これは対戦相手を想定してゲームにアジャストする方法になります」

──例えば、前線から激しくプレッシャーをかけるクロップ時代のドルトムントはゲームメイク戦略のダイレクトプレーと考えればいいですか?

 「当時のドルトムントは相手ボールをいかに奪ってカウンターを発動させるかを狙っているチームでした。相手ボールを前提としているチームはカウンター戦略です。その中で『攻撃』『守備』『攻守の切り替え』のチームファンクションの狙いや目的が、ドルトムント固有のものを実践していると解釈できます。要するに、カウンター戦略と言ってもボールを持つ時間がありますので、そこで何を目的として選択・実行しているかはチームごとに異なりますよね」

──すべて明確な基準があるわけですね。

 「そうです」

──一つ疑問なのは、コピーされたからといって本家の優位性が完全に失われるわけではないですよね。なぜ、世界の舞台で勝てなくなったのでしょう?

 「クラブと代表で分けて考える必要がありますが、クラブに関しては経済格差が大きいです。ボール支配を前提としたサッカーなので、これだけ選手が毎シーズン引き抜かれるとプレーモデルを貫くのが困難になってきます。もう一つ、これは代表に関しても言えることですが、オランダサッカーは明確な基準があるからこそ相手に読まれやすい。しかも今は、そのメソッドが流出した状態です。さらなる革新的なアイディアが必要になりますね」

──それはかなり根本的な問題ですね……。

 「ブラジル・ワールドカップでファン・ハールのチームが見せたように、自分たちのサッカーができない時にどうするかを考えるべきでしょう。あのチームはスペインとの対戦を想定して[1-5-3-2]のカウンター戦略で勝利しました。[1-4-3-3]のゲームメイク戦略ができなかったらお手上げではなく、ブロックを作ってカウンターなど勝つための方法を増やすべきなのかもしれません」

進化したサッカーへのアジャスト作業

“サッカー用語の定義からやり直している”

──今の時代に適応した「新しいオランダサッカー」を創り出す時なのかもしれませんね。オランダ国内ではどういった動きがあるのでしょうか?

 「先日のシンポジウムでオランダサッカー協会が打ち出したのが、あらためてサッカーの客観を掘り下げて発展させることでした」

──そっちですか(笑)

 「(笑)。参加者の多くもキャッチーな最新トレーニングメソッド、具体的な主観部分を期待していたわけですが、いい意味で裏切られました。変化してきているサッカーの根本部分をとらえ直し、その上で各クラブが主観(独自の取り組み)を考えてくださいねということです」

──サッカーの客観部分をどう進化させるのでしょうか?

 「今まで曖昧に使われた『テクニック』『戦術』『フィジカル』『メンタル』という言葉の再定義ですね」

──確かに「フィジカルって何?」というのはありますよね。フィジカルコンタクトの技術なのか、フィジカルコンディションなのか?

 「サッカーの言葉に翻訳されていないんです。サッカーにおけるフィジカルとは『サッカーのアクションを90分間実行できること』。そのクオリティ(質)とクオンティティ(頻度)が問われます。そこでオランダでは、『フィジカル』という言葉を『サッカーのコンディショニング』に置き換えました。『戦術』はチーム内でのコミュニケーション、『インサイト』はプレーの判断、『テクニック』はその選択の実行としてサッカーの言葉に変換されています。『メンタル』はまだ新しい言葉はできていませんが、コンディショニングコーチのレイモンド(・フェルハイエン/オランダサッカー協会指導教官でメソッド立案者)がこのテーマをずっと考えています。メンタルは魂で体の外にあるのか、それとも体の中にあるのか。体の器官の一部ならば負荷をかけてトレーニングできるのではないか、ということです。いずれオランダサッカー協会として何らかの結論を出すと思います」

──抽象的な概念を言語化して共有することが、オランダメソッドの神髄なのかもしれませんね。ところで、レイモンド・フェルハイエンはサッカーのピリオダイゼーションで有名ですが、彼の影響力は大きいのですか?

 「彼の理論はオランダの指導者養成カリキュラムに含まれています。ただ、最近コンディショニングに関しても議論が巻き起こっています。ケガのリスクを下げる彼の理論はプロのトップチームでは有効ですが、育成年代の子供たちにとって正しいアプローチなのかという問題提起です。ケガをしないだけで、伸びないのではないかという意見ですね。例えば、ドイツではボールを使ったチーム練習以外に、選手個々に負荷をかけるフィジカルトレーニングをしています。オランダの同年代に比べて、肉体的な完成度が明らかに違うので、それを何とかしようという動きです。これも結論はまだ出ていません」

──「サッカーは11人で行うゲーム」というオランダサッカーの客観からは外れたやり方ですよね。

 「そうです。ただ、グアルディオラの登場で現代サッカー自体が変化してきているので、そこはオランダ人も試行錯誤しています。サッカーの客観をとらえ直そうという動きはそこからきていますし、オランダサッカー協会が打ち出した枠組みから外れた取り組みも始まっています。例えば、アヤックスでは11人のチームを母体としたオランダ式の育成から、選手個々にフォーカスした育成に舵を切りました。チームを基にした育成では、選手はあくまでもチームファンクションの中における現段階でのパフォーマンス(貢献度)で評価されてスタメンが決められていましたが、新たな試みとして11人の中の1人ではなく個で切り取ってより長いスパンで評価基準と目標を設定していくアプローチです。何人ものパフォーマンスコーチを雇い、あらゆる能力テストで個にフォーカスを当てたカリキュラムを組む。これはアヤックスというクラブにおける育成の大きな転換点です」

──国内の反応はいかがでしょうか?

 「オランダサッカー協会はアヤックスのやり方をよく思っていませんが、オランダリーグが置かれている状況(資金格差)や今後を考えると、これが一つの可能性だと考えています。このやり方でチャンピオンズリーグレベルの選手を育成するのが我われの目標です」

──具体的な強化ポジションはありますか?

 「CBですね。攻撃することを前提にチームが組み立てられているので、CBに求められる能力もビルドアップなどが優先されてきました。先ほどの個にフォーカスした育成の流れの中で、アスレティック能力の高いCBも徐々に出てきた。オランダは攻撃サッカーの国なので、正直DFはあまり注目されていませんでした。それでも今まではスタムなどDFラインの背後の広大なスペースを守れて、攻撃もできる優れたCBがいました。それが、なぜ突然いなくなったのか。その理由を考えつつ、新しいサッカーに適応できる人材を育てていかなければなりません」

──オランダサッカーと言えばウイングですが、このポジションの人材不足も目立ちます。

 「グアルディオラがバルセロナで実現させた流動的にポジションを変えるプレーモデルの影響でウイングの役割が大きく変わりました。利き足と逆のサイドに配置し、サイドに張るのではなく内側にポジションを取る。サイドで1対1に勝つのではなく、中盤ゾーンで数的優位を作るMF的役割が求められるようになりました。ウイングを諦めて新しいサッカーに適したMFタイプを起用するのか、突破できる従来のウイングを育てるのか、そのどちらかになります」

──ウイング戦術は古典的というわけではなく、タレントさえいれば相変わらず有効です。それは図らずもグアルディオラがバイエルンで証明しています。

 「オランダではウイングは一番難しいポジションと言われています。周りに味方が少なく、スペースが制限される中で突破しなければならない。頭が良くなければダメです。今でも育成年代には足が速くて将来を嘱望されるウイングがいるのですが、コミュニケーション(戦術)やインサイト(判断)がネックになってトップレベルの舞台から消えていきます。最近はウイングが中に入って、SBがウイング化するチームも増えています。ウイングの立つ場所自体が昔と変わってきており、タスクもアクションの中身も変化している。今、オランダではそうした現代サッカーを分析して体系化しているところです」

「ロクン」と「1/2ポジション」

“2~4つの枠組みの中から『判断』させる”

──その成果として具体的にはどんなやり方がありますか?

 「アヤックスの主観的な例ですが、『ロクン』(敵チームを誘い出す)というプレーがあります。高度化する相手守備をこじ開けるための方法論で、ポジションチェンジで相手の対処策を引き出し、それに対して適切な判断をしていくプレーです。いわば、リアクションのリアクションですね。例えば、[1-4-3-3]のチームオーガニゼーションで右CBがボールを持っているとします。DFラインでは数的優位ですが、それより前は全員がマークされている。この状態がロクンのスイッチです。そこからウイングが中に入り、インサイドMFが外に開く。それに対して相手が取るリアクションに応じて、ボール周辺の選手がどう意図的にフリーマンを作り出していくのかを徹底的に突き詰めています」

──それはパターンを覚えさせるということでしょうか?

 「パターンでなく、判断のひな型を与えるイメージです。DFラインは数的優位だけど、中盤ゾーンにフリーマンはいない。この状況ではロクンが必要という共通認識が生まれます。そこから相手のリアクションを見て、2~4つの枠組みの中から『判断』させる。誤解してほしくないのは、ロクンの動きは一つの手段に過ぎないということです。[1-4-3-3]のチームオーガニゼーションの中で適切なポジションに立つ。まずこれが基本です。マークが甘ければスタンダードなボールの動かし方でパスを回し、フリーマンがいなければロクンの動きを使う。あくまでも、それを判断するのはピッチ上の選手たちです。守備組織の構築は受け身だからやりやすい。自らアクションを起こす方がリアクションよりクリエイティビティが要求されます。こうやれと強制するのではなく、枠組みを与えて自主的にやらせる。その判断のレベルがアヤックスの選手の良し悪しを測る尺度で、それができる選手がトップチームに上がります」

──ウイングとインサイドMFのポジションチェンジは現代サッカーのオーソドックスなやり方ですが、「ロクン」という名前を付けて徹底的にメソッドを掘り下げていくのがオランダらしいですね。ただこの例の場合、皮肉にも先ほど話題に出た通りウイングが中でボールを受けることになります。

 「そうですね。ロクンのデメリットとしては、ポジションを動かすことで本来サイドでの1対1が得意なウイングがチームオーダーで中に入ることになり、ポジションとタスクがずれてくることが挙げられます。現代サッカーで複数ポジションをこなせる選手が要求されるのはそのためです」

ロクンの一例。CBの持ち上がりと同時に、右ウイングと右インサイドMFがポジションチェンジ。敵のリアクションを誘い出すこの動きがロクン。例えば相手の左CBが釣られればCFがその裏を狙い、今度はそのスペースを左インサイドMFが突くなど様々なパターンがある

──守備に関して、同じようなアヤックス流の方法論はありますか?

 「『1/2ポジション』というものがあります。ゾーンディフェンスの際の適切なポジショニングを示した言葉で、チーム全体を25m~30mのコンパクトに保つために、前後の相手の間=1/2ポジションに立つという正しいポジショニングを表現した用語です。そこに立っていれば、前方の選手にはプレスに行けますし、後ろの選手のパスコースを消して牽制することができます」

──通常、マークする相手は自分の視野に入れておきたいところですが、パスコースを切って背中でマークするイメージでしょうか?

 「それもありますが、自分の背後にパスを出されたら、その後ろのラインに同じく1/2ポジションを取っている味方がいますから、その選手がプレスをかけるわけです。チーム全員が1/2ポジションを意識することで、全体がコンパクトになる仕組みです。マンマークと比較していただけると違いがわかると思います」

1/2ポジションの一例。敵の後方からのビルドアップに対して両ウイングと中盤の3人が1/2ポジションを取り、1人で2人をマークする態勢を作る。万が一、プレスを外されても大きなサイドチェンジの間に1列後ろの選手が寄せられるので、フリーの敵選手を作らせない効果がある

──なるほど、考えられていますね。これはオランダサッカーの主観部分なんですよね?

 「そうです。アヤックスではクライフや彼が連れて来たコーチ陣が中心になって、グアルディオラを含む世界の流れを分析し、アカデミーの中で具体的に『何を指導するのか』を体系化しました」

──世界で最も理詰めなオランダサッカーだからこそ、変化があった時に根元の「サッカーとは何か?」という客観部分が揺らいだのかもしれません。完成度が高過ぎるからこそ、変化に時間がかかった。しかし、今後は期待できそうですね。

 「アヤックスの哲学の一つに『他のチームが実践していない革新的な方法に挑戦すること』というものがあります。変化を続けるサッカーに対する客観部分のアップデートが終わった時、オランダの各クラブからユニークな主観部分が登場してくるかもしれません」


■プロフィール
Hiroyuki SHIRAI
白井裕之
(オランダ代表ナショナルチームU–13・14・15Futureゲーム・ビデオ分析アナリスト)
1977.7.10(40歳) JAPAN

18歳から指導者としての活動をスタート。アヤックスのサッカーに魅了され、指導者ライセンス取得を目指し2001年にオランダへ。アマチュアクラブで13歳から19歳までのセレクションチームの監督を経験した後、11-12シーズンにアヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ兼ゲーム・ビデオ分析担当者として抜擢される。13-14からはアヤックスアカデミーに籍を移し、現在はオランダ代表ナショナルチームU–13・14・15 Futureゲーム・ビデオ分析アナリストを兼任する。

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アヤックスインタビューオランダ白井裕之育成

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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